JIIAフォーラム講演要旨

2007年2月13日
於:東京・ホテルオークラ


リチャード・マニング OECD開発援助委員会議長

「ODAをめぐる国際的な援助動向と日本の役割」

私が議長を務めるDAC(Development Assistance Committee:開発援助委員会)は、1960年、OECDの内部組織として設立された。その主要な任務は、国際協力・開発援助に投資することが有意義であることを主張し、それを効果的なものにすることである。最近では、ドナー(援助国)間の協力関係の緊密化を図って、「開発のクラスター」を形成して活動を行っている。開発援助において最も基本的なことは、それが開発への道のりの一部をなすものに過ぎないこと、すなわち途上国の自助努力を支援するものであるということである。また、緊急事態などへの人道的な支援も行われているが、これまで開発援助のみで開発に成功した国はこれまでない。開発援助とは決して万能薬ではなく、自らの努力を支援するものである。

DACでは、4〜5年サイクルで各国の開発援助をレビューしているが、それに基づいて最近の諸動向を考察したい。過去5年間の開発援助総額を概観すれば、興味深い傾向を指摘できよう。90年代に開発援助は世界的に減少傾向にあったが、2000年以降、公的な開発援助は一貫して増加傾向にある。特に2005年の増加は顕著であるが、その理由は、第一にイラク・ナイジェリア両国に対する債務取り消し、第二にインド洋津波被害などへの人道支援の増加、第三にアフガニスタン・イラクへの大規模の復興支援である。今後も開発援助の額は増加すると予想される。

伝統的に大きなドナー国は日米両国であり、それにフランス、ドイツ、イギリスといった欧州諸国が続く。日本は90年代を通じて世界最大のドナー国であった。一方、アメリカは97年のアジア経済危機以降に開発援助額を増加させ、特に2000年以後は顕著な回復を見せている。その多くは、イラクとアフガニスタン、そしてアフリカ諸国に向けられている。各国の開発援助総額に占める割合を概観すると、日本のシェアの低下が見られる。日本の相対的な重みがDACの中でも相当変化したといえよう。2005年のグレーンイーグルズ・サミットで、日本は重要な誓約を表明した。すなわち、十分かつ信頼できるレベルのODAを拡大し、今後5年で2004年比100億ドルのODA増額を目指すということである。これは非常に重要な試みではあるが、全ての人々が楽観的な見通しを持っているわけではなく、2010年の日本のODA額はドイツ、フランス、イギリスを下回ると推測する者もいる

また、最近の新たな動向として注目すべきこととしては、韓国、トルコ、ポーランド、チェコ、ハンガリーなどの諸国、サウジやクウェートなどの中東産油国、そして中国も重要な役割を担いつつあるということが挙げられよう。ODAをめぐっても多極分化の状態に向かいつつある。さらには、民間の財団なども重要な役割を果たすようになってきている。これら諸アクター間の協力をより緊密なものにすることが今後の課題となるであろう。

かつては被援助国として上位に位置していた国々の中で、タイやポーランドなど東南アジアや東欧などの「成功した国」への援助は減少していることも最近の動向といえよう。また、危機というリスクの回避は開発援助にとって非常に重要な要素であり、予防的にそれを回避することは援助を司るDACの重要な課題となってきている。そして、DACがODAの運用において、そのアプローチを調整するということも必要となっている。パリ宣言に明言されているように、被援助国側に主体性を持たせ、持続可能かつ長期的なシステムによって運用することが肝要であろう。

日本についてレビューすると、その開発援助に関する諸スコアは高得点を示している。2003年にDACは日本に対するレビューを行ったが、その際に次のような勧告をいくつか示した。まず、日本はいかに開発援助に対してよりよいビジョンを形成するのかということであり、そのためには国民が日本の国際援助への寄与・貢献を支持するようにしなければならない。幅広い社会的なサポートが開発援助には必要であり、今後はNGOなど市民社会レベルの協力体制構築も重要であろう。被援助国の経済状況が改善を実現できるようにバランスの取れた投資がいっそう必要であろう。また、すでに動きつつあるが、事業ベースの開発援助から国ベースへの援助への移行も、日本の政策に適する形で行う必要があろう。

以 上