JIIAフォーラム講演要旨

2007年3月7日
於:都内 ホテルオークラ


ナジブ マレーシア副首相

「東アジアにおける包括的安全保障の構築について」

現在、われわれは「安全保障」というものが日常的な関心事となる世界に住んでおります。「安全保障」という概念は、テロや国境を越える犯罪といった「非伝統的安全保障」の対象だけではなく、経済、文化そして環境といったものまで含むものとなっています。また、脅威の源泉は国家を超えて、非国家的アクターにまで及んでいますので、二国間、地域間そしてグローバルなレベルでの協力関係が求められております。

東アジアにおいて特定の安全保障上の問題がないわけでなく、潜在的に紛争の火種があります。たとえば、地域における核の拡散、朝鮮半島問題や台湾海峡の問題などです。このような問題とともに、陸上でも海上でも未解決の領土や主権に関わる問題があります。国境を越える犯罪も増加しており、特にテロ問題は既に重要な関心事になっております。

経済的側面から見れば、東アジアは成長の過程にあります。20億の人口があり、世界のGDPの約30%を占めており、貿易、投資そして金融は、急成長を遂げるこの地域ではライフラインになっております。
経済的な相互依存の増大とともに、国家レベルでの安全保障問題も顕著になりつつあります。東アジア地域における経済格差が広がりつつあります。10年前に経験した経済危機は、「地域的・集団的協調体制が欠けていると、いかに地域の平和と安定が脅かされるか」ということを気づかせました。

また、エネルギー安全保障も、急成長する地域の発展を支える上で、主要な関心事になりつつあります。代替となるエネルギーが見つからない中、国々が持続的なエネルギーの供給を追い求めると、領土問題が深刻になる可能性もあります。
Mark J.C. Crescenziは『世界政治における経済的相互依存と紛争』の中で、「国家間の相互依存が増大すればするほど、紛争を起こすような政治的な要求というのは、その関係の中では減少する」と述べています。ですから、経済と安全保障における協調があれば、誤った判断、誤解を回避でき、直接的な外交やその舞台裏での良好な交渉をする機会を増大させます。

何十年も前には、社会問題や環境問題は安全保障とは個別の問題として扱われましたが、今日では、地域の平和と安定に影響する問題として考えられております。グローバルな安全保障と環境破壊の関係は明確ではありませんが、最近の国連環境レポートによりますと、将来、環境破壊が地球規模の被害を与え、人々の生活を脅かすであろうと予測させる十分に科学的な発見があります。環境破壊が深刻になれば、国家間また地域での紛争の火種になる可能性があります。

このような意味で、総合的な安全保障環境の構築が重要であり必要とされています。この地域で、健全な国家間関係を促進し、規範と価値を共有することが重要であります。国家の規模、力に関係なく対等な関係でなければなりません。地域おける永続的な安全保障と人々の福祉が何よりも重要であります。

そのような安全保障環境を育む努力として、ASEMやAPECと同様に、ASEANやASEANが牽引するARF、ASEAN拡大外相会議、ASEAN+3そして、東アジアサミットなどがあります。このように東アジアでは、様々なフォーラムが重なり合うように、安全保障の環境を構築しています。しかし、北東アジアでは6者協議を除けば、このような政治的、安全保障上の枠組みがそれほど発展しているとはいえません。

経済統合の深化と拡大という面でみると、東アジアは北米地域やEUに遅れを取っております。しかしながら、歴史的敵対意識が残る中においても、東アジアはこれらの地域に追いつきつつあります。自由貿易協定のネットワークやや金融の枠組みは急速に発展しております。関税障壁の低減という意味では、AFTAは顕著な例であります。

二国間、多国間、地域レベルで未だに課題はありますが、例としてAFRを挙げますと、数年前には想像できなかったようなハードな問題についても議論が行なわれるようになっております。ARFにおける議論が、東アジア諸国の安全保障に対する取り組みが変化し始めていることを証明しています。しかしながら、北東アジアでも同様のことが将来起きるとは楽観でません。しかし、私はこれまでの我々のコミットメントや期待が揺らぐことはないという点では楽観しております。
総合的安全保障環境の構築のためには、そのような行動をとるために実現可能な枠組みが求められています。

そのために、私が提案したい第一のものは、安全保障を考える上での我々の思考を変えることです。つまりもっと利他的な考え方を持つということです。

第二に、十分な価値ある安全保障環境を担保するためには、高い水準での経済成長と発展を続ける必要があることを理解しなければなりません。経済の停滞や格差の増大は、安全保障上の脅威となります。貧困は我々の社会の解決すべき基本的な問題でありますが、アリストテレスが述べたように、「貧困は発明の源」でもあります。
このように我々の課題は、経済分野での深化を進めることを必要としており、金融、貿易そして投資の促進をはかるように行動しなければいけません。経済的相互依存は、経済的利益以上のものを我々にもたらします。地域のおける緊張を緩和させ、相互不信を解き国家の利己的な行動を抑制させることになります。

第三に、自分達自身を国家建設に関わる広範囲な問題から孤立させるべきではありません。国家の安定は、永続的な安全保障を考える上での基礎であります。国家が、自国民と同様に隣人と地域に説明責任を果たせる国家があってこそ、地域の安全保障の拡大という長い道のりを進むことができるのです。

第四に、「我々がおなじ地域にいる」という意識を持つために、「互いに助け合う」という共通の価値を育てる必要があります。その芽は、津波災害やジョグ・ジャカルタでの災害援助などに見られますが、よりいっそう組織された努力ができることを私は信じております。

ここで私は、人道援助を調整するセンターの設置を提案します。それは、市民と軍人からなる組織で、地域で大きな災害が発生した場合に迅速に行動をとれるものです。もし我々が同じ考えを持ち、このようなセンターを作ることができれば、包括安全保障環境の構築への兆候となるでしょう。

最後に、我々は軍事外交―軍事に関する交流―を拡大する必要があります、またそれを外交活動の一つの形態として考えるべきでしょう。一般的な間違った認識と違い、軍事に関わる人が最も戦争を行なうということに対して慎重であるからです。

日本への信頼は厚く、東アジアにおける包括的な平和と安定に顕著な貢献をしていると思います。日本は、軍事力の不行使と国際平和の促進という国連の理想の最も強い主唱者であります。
私は、日本の近年の対外関係の構築に非常に関心があります。価値の外交―「自由と繁栄の弧」―と言われるものは、日本の他国への絶え間ない協力への努力の表れであると思います。それは北東アジアも含みます。この地域での総合的安全保障環境の構築のための我々の努力に対する価値を高めるものだと期待しております。

総合的安全保障環境の推進のために、様々な分野において協力の度合を高める必要があります。地域安全保障に関する提案と同様に、マレーシアは常に既存のフォーラムやメカニズムへの支援を行なっています。事実、マレーシアはASEAN、ARFやASEMの中で最も力強い主唱者の一つであります。これらの努力の過程が、地域の経済的そして政治的な結合力と安定に寄与すると強く信じております。
我々が極めて複雑で課題の多い世界に生きていることを否定する人はいないでしょう。我々はこの機会を受け止め、すべての地域の住民がより良く平和に暮らすための意義ある安全保障環境を構築し始めるときです。

以 上