JIIAフォーラム講演要旨

2007年3月23日
於:日本国際問題研究所


ロドルフォ・セベリーノ元ASEAN事務局長
バーナード・ゼプター元駐日欧州委員会代表部大使

「地域化に対する教訓とその反映
          - 欧州とアジア、それぞれの視点から」

セベリーノ元ASEAN事務局長:

東アジアの地域化は、20世紀後半から21世紀にかけての国際政治を象徴する現象だ。東アジアと欧州の地域化は、経済が大きな推進力となっているという点は同じだが、プロセスが異なる。

東アジアでは、プラザ合意による円高と中国の市場開放が、地域主義の推進力となってきた。域内貿易は1995年から2004年の間に52%から55%に拡大、現在では60%近くになっている。この割合はNAFTAの水準より高く、EUの水準に近づくものだ。日本にとっては、長く米国が最大の貿易相手国だったが、中国が米国に追い付こうとしているし、ASEANは米国、中国に次ぐ第3の貿易相手となっている。中国にとっても、米国が最大の貿易相手国だが、それ以下は日本、香港、韓国とアジアの国々が占める。ASEANにとっては、ASEANが総貿易額の24.9%を占める最大の貿易相手であり、以下は米国、日本、EUと続く。

一方で、国家間の敵対心や疑念、日中の競争意識、朝鮮半島の核問題、台湾問題、日中・日韓の領土問題といった問題もある。しかし、東アジアはこうした問題を、分裂ではなく地域統合の契機として克服していく必要がある。東アジアも欧州も、戦争を回避し経済的利益を共有することが地域統合の基盤となっている。

他方、両地域にはプロセスの面で違いが見られる。東アジアでは長く、制度化を伴わない、いわば無意識の地域化が行われたのに対し、欧州では正式な条約や組織、法律が地域化を推進してきた側面が強い。マレーシアのマハティール首相が初めて東アジアでの共同体構想を打ち出した時は、EUやNAFTAへの拮抗力としての考え方が強かったが、その後は1997年の第1回ASEAN+3首脳会議、1999年の東アジアの平和と安定・相互理解の推進を謳った共同宣言を経て、開かれた協力関係を深めてきた。現在では16の協力分野を48のメカニズムが管理する体制となっている。こうした協力関係の拡大は、正式な制度化や強制力を伴う合意なしに進められてきたが、勢いは加速している。

地域化のメリットとしては、①ASEANが他のアジアの国々と連携できること、③東アジアが台頭する地域としてのまとまりをもつこと、③アジアでの国家間の規範作りに貢献すること、④日中韓が付随的な問題解決の場として利用できることなどがあげられる。北東アジアにはない、政治・経済的な問題解決を知的に解決する場としての機能が期待できる。

ASEANにとっての今後の課題は、地域化で主導的役割を果たすために、いかに政治・経済面での連携と知的な貢献を強化できるかだ。ベトナム・カンボジア問題やインドシナでの難民問題などで政治的リーダシップを発揮したが、政治力にはまだ課題が残る。経済では様々な統合のための枠組みが提唱されてきたものの、実現に時間がかかっている。結束を強化するためには、ASEAN憲章の採択も有効だろう。

ASEAN+3がさらに成長するためには、具体的で実現可能な分野に焦点を絞った議論が必要だ。価値観や政治体制が多様なアジアでは、EUを手本とすることに躊躇する傾向があるが、EUから学べるところは学び、政治的理解を深め、経済統合のための条件を明確すべきだろう。


ゼプター元駐日欧州委員会代表部大使:

アジアと欧州では物の見方が異なるところがあり、地域化のルートは一定ではない。一方で、グローバリゼーションは両地域に大きな影響を与え、共通の価値観も生み出している。

欧州地域化の特色は、歴史的、制度的側面から捉えることができるだろう。ヨーロッパという言葉がギリシャ神話では小アジアの王女が欧州に来て誕生したように、地域的なまとまりを作るという考えは古くからあった。しかし、真の統合が始まったのは第2次世界大戦後に、戦争を克服し、社会や哲学に根ざした共通の価値観から共に復興に取り組もうという機運が生まれてからである。また、国際関係の中で、古典的な外交から地域主義、多国間主義への転換があったことも重要だ。かつては国内問題とされていた安全保障、犯罪、環境保護、社会問題について、欧州や国連など上部機関で対応する門戸を開いた。

制度的には、欧州では統合にあたり「主権を共有する」という新しい概念を生み出し、国民国家でありながら国際組織を構成することになった。これは、大胆で勇気あるやり方で、今では大成功だったといえる。欧州委員会のなかで各国が権限を分担し、共通の目標の下に、統合された政策を実施する。各国は法的、政治的なコミットメントをするが、協力のレベルは各国の事情に応じて様々だ。こうした広範な協力を可能にしたのは、EUが制度より実体を重視し、ボトムアップ方式を採用したことによる。まず安全保障や経済繁栄といった課題があり、それに応じた制度を作るというやり方だ。

今年は、ローマ条約調印から50周年にあたる。現在EUは3万5千人のスタッフを抱える組織に成長した。このうちの多くは、23の公式言語を持つEUの事情を反映して翻訳作業に関わっており、効率の面では問題といえるかもしれない。しかし、我々は異なる言語を一つのルールに置き換えるのではなく、文化・行政・法律上の問題としても理解するよう努めている。

EUの基本原則は、民主主義と法の支配だ。価値観と利害を共有しているほど結束は固く、新たな加盟国にも、この原則の遵守が求められる。分権の問題は国民国家を制限するものと誤解されがちだが、EUの創設者はこの点に十分配慮して、EUの特性を踏まえた連邦型の統合を考案した。とはいえ連邦制のルールを明確にする時期にきており、誰が何をするのか、共通政策の限界を定義した欧州憲法の批准が大切だ。連帯感を深めるには、経済的利益を共有するだけではなく、精神的、社会的な一体感も重要となる。

今後の課題としては、まず、単一市場をさらに発展させ、域外との関係を深める必要がある。日本への関心は高く、協力関係を構築することで大きな市場を生み出すことができるだろう。また、ユーロはアジアにとって、ドルに代わる基本通貨としての役割を果たせるだろうし、EUの共通通商政策をアジアに向けることで、貿易パートナーとしてアジアの成長と発展を後押しすることも可能だろう。

EUが現在直面している最大の課題は欧州憲法の批准だが、問題となっているのは条約改正などのテクニカルな部分であり、私は先行きを楽観視している。他には、EUの拡大がどこまで進むのか、外交・安全保障での協力はどこまで行うのかといった課題がある。また、市民社会の関与を高めることも必要だ。

EUは長い間アジアに関心を向けてこなかったが、同地域をもっと大きく取り上げる必要がある。年率6%の成長を続けるアジアは市場として魅力的なだけでなく、アフガニスタンやイラクなどの地域紛争や環境問題に両地域がパートナーとして取り組むことは、国際的にも大きなメリットがあるはずだ。

アジアにとってEUの域内協力は青写真とはならないかもしれないが、原理・原則に目を向けることで参考になる部分はあるかもしれない。隣国との共通理解をベースに、あまり野心的ではない、実現可能な部分から一歩一歩進めていくのが地域化の原則といえよう。これは忍耐が必要なプロセスだが、何より、国家間の協力には、一国で達成できる以上のメリットがあるのだと人々を説得することが重要だ。

以 上