2007年2月13日に成立した6カ国協議の成果文書(2月合意)について、北朝鮮・核問題の今後の見通しという観点から話を進めたい。2月合意は、米国の政策に劇的な変化が生じたことを表わしている。北朝鮮が秘密裡にウラン濃縮計画を進めていたことが発覚したことに続き、2003年、米朝間の枠組み合意が崩壊して以降、米ブッシュ政権は、北朝鮮の完全な核放棄を求め、さらに、厳しい金融制裁(マカオのデルタ・アジア銀行[BDA]における2500万ドルの金融資産の凍結など)を課してきた。しかし、北朝鮮はこうした制裁に屈する代わりに、6カ国協議のボイコット、2006年7月のミサイル実験、同年10月の核実験など、次々と報復措置を取ってきた。北朝鮮が核実験を行うと、米国は国連安全保理事会による制裁措置を限定的ながら勝ち取り、北朝鮮に対し交渉のテーブルに戻るよう圧力をかけた。しかし、北朝鮮がさらに核実験を行った場合、北東アジアは深刻な危機に陥る危険性が依然として残る一方、米国はそのエネルギーと注意をイラクやイランなどの中東情勢に注がなければならない情勢が続いていた。このような状況下、アジアにおけるさらなる危機的状況を避けるため、ワシントンは北朝鮮に対する完全な核廃棄の要求を取り下げ、北朝鮮の核兵器能力を制限することを目指す、より控えめな合意を受け入れたのである。
2月合意は、最初のステップとしては、有益なものである。合意された内容の中の第一段階では、北朝鮮は、5万トンの重油の供給と引き換えに、寧辺のプルトニウム製造設備を停止・封印することを求められている。さらに、米国は金融資産の凍結解除にも同意した。これら第一段階の措置は、1994年に成立した枠組み合意を復活させたことになる。しかし、残念ながら、これらの凍結措置は遅すぎた感があり、2003年から06年の間に北朝鮮が、6〜8個の核兵器を製造するだけのプルトニウムを追加的に蓄えるのを許してしまった。1994年以前に既に蓄えられていた1〜2個分の核兵器に相当するプルトニウムを加えると、現在、北朝鮮では、10個以内の核兵器を製造するだけのプルトニウムを保有しているものと見られる。
現在、第一段階の実施は、技術的な遅延によって危機にさらされている。BDAの凍結資産が北朝鮮に返還されれば、北朝鮮がIAEAの査察の下、寧辺の各施設を閉鎖・封印することは十分にありそうに思われる。(2月合意で定められた60日以内という期間よりは少し時間がかかるかもしれないが。)しかし、合意の第二段階の実施は、ずっと難しいだろう。第二段階では、経済面・エネルギー面などの支援と引き換えに、北朝鮮はすべての核開発計画を完全に申告し、無力化することを求められている。このほかにも、第二段階では、政治的問題(米朝関係や日朝関係の正常化など)を討議するための作業部会も設置されることになった。しかし、第二段階の実施には多くの問題がある。第一に、北朝鮮における核施設の申告は、非常に立ち入った措置なしに行うことは困難である。しかしながら、そのような措置を取ることに対し北朝鮮は抵抗するだろう。例えば、北朝鮮は濃縮プログラムの小規模な研究開発は認めるかもしれないが、この申告が遺漏なく正確なものであると結論付けるためには、(これに関わっている)科学者への聞き取り調査や、現場の念入りな点検、書類の調査、さらに施設周辺の環境を調べるためのサンプルの採取などが必要となる。第二に、北朝鮮は、さらなる非核化をすすめる見返りに軽水炉を供給するよう求めているが、米国はこれを拒絶している。第三に、関係者たちは、核施設の「無力化」が何を意味するのか、正確に定義する必要がある。当然のことながら、北朝鮮は必要に応じ、核開発を容易に再開できるような技術的措置を求めるだろう。一方、米国とその同盟国は、将来にわたり、北朝鮮の核施設を使用不可能にするような措置を求めている。
これらの核開発に直接関わる問題以外にも、より広範な政治的問題がある。例えば、北朝鮮はさらなる非核化の措置を取る見返りに、米国がテロリスト支援国家指定を解除することを望んでいる。しかし、日本は、現在は停滞している拉致問題で何らかの進展があるまでは、米国が北朝鮮との国交正常化を行わないように望んでいる。さらに、北朝鮮は、米国の次期政権と交渉した方が得だと考えれば、新政権の発足までさらなる合意の形成を遅らせる可能性もある。例えば、北朝鮮は、もし次の米政権が、(1994年の枠組み合意で軽水炉供給に合意した)民主党の手に移れば、軽水炉の開発再開に合意する可能性がより高くなると考えるかもしれない。
しかし、ブッシュ政権の残存期間、まったく進展が望めないというわけでもない。妥当だと思われる見返りが得られるならば、北朝鮮はさらなる非核化を進んで行うかもしれない。そうした見返りとしては、国交正常化や経済制裁の解除、軽水炉開発の再開などがある。しかし、ブッシュ政権にとって、米朝関係の改善はあまり優先順位が高い課題ではない。さらに、もっとも重要なことは、北朝鮮指導部は、核抑止は国外からの圧力や脅威から自分たちの国を守るために不可欠だと考えているということである。北朝鮮指導部は大きな見返りを得るために核兵器能力を制限することは受け入れるかもしれないが、完全に核兵器を放棄するということは非常に考えにくい。
結論としては、2月合意が朝鮮半島の完全な非核化につながるとは思われない。しかし、同合意は、北朝鮮の核能力を制限し、さらなる非核化や政治的措置に向けて交渉するための枠組みを提供することになる。ブッシュ政権がこの過程に着手したことで、民主党であれ、共和党であれ、次の政権にとっては、(北朝鮮を非核化するための)努力は継続しやすくなるだろう。おそらく、実際的な核廃絶は当面の間ありそうにないが、長期的にはある一定の条件が満たされた場合(例えば、朝鮮戦争を終結するための和平条約の締結)、最終的な核廃絶を求めて交渉することは可能かもしれない。そのような合意が形成されれば、米国およびその同盟国(日本や韓国)にとっては、核武装した北朝鮮の脅威を封じ込め、管理する手助けになるだろう。
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