JIIAフォーラム講演要旨

2007年6月1日
於:日本国際問題研究所


『米中関係−冷戦後の構造と展開』出版記念フォーラム

講師: 高木誠一郎   青山学院大学国際政治学部教授
中居良文 学習院大学法学部教授
中山俊宏 津田塾大学国際関係学科准教授


高木誠一郎 青山学院大学国際政治経済学部教授:

本書は、日本国際問題研究所での2001−2002年度の研究会の成果をまとめたものである。冷戦後の米中関係は、最近ブッシュ大統領も述べているように大変複雑だと言われる。この複雑さの中身を、中国・アメリカの双方の専門家を集めて米中関係を双方向から見てみようというのが、趣旨である。

私が考える複雑というのは、米中双方にとって、相手方の協力を要する要因、相手方に抵抗する/反発を招く/場合によっては紛争状態になりかねないといった要因の双方が、混在しているということだ。例えばアメリカの対外戦略には、大統領府が出す「国家安全保障政策」でも一貫して言われているように、①(軍事的な)安全保障、②経済的繁栄、③民主化促進・人権擁護の3つの柱がある。いずれについても、アメリカにとって中国は重要な存在であり、場合によって、中国の協力が必要となり、逆に中国が障害となる。

例えば国家安全保障の観点からは、アメリカは、核兵器を持ち国連常任理事国である中国の協力をとりつける努力をせざるを得ない。朝鮮半島問題でも、最近のアメリカは、中国に頼りきりの観がある。しかし、まだ、中国を協力のパートナーと言い切ることはできない。例えば、中国はイラク戦争に批判的であり、大量破壊兵器の拡散防止についても、ミサイル関連技術輸出規制レジーム(MTCR)には参加しておらず、拡散に対する安全保障構想(PSI)についても目的は是認しながらも一歩距離を置いている。経済分野では、市場として、アメリカの対外投資先としての中国の重要性は日々高まっているが、貿易赤字問題が深刻化しており、知的財産保護でも中国は問題を抱えている。人権擁護・民主化促進においては、依然、課題が残る。このように、アメリカにとって中国は、協力推進と対立の要因が混在しており、同じことが中国側からアメリカを見た場合にも言える。

問題は、両要因の比重が一定していないことだ。突発事項によって比重が変動するし、国内政治の要因も非常に重要となっている。本書は、米中間の問題ごとの駆け引(例えば台湾問題、朝鮮問題、大量破壊兵器拡散問題など)を扱った章と、相手国の政策が国内政治の文脈でどのように扱われているか、中国でも重要性が増す世論の影響等を扱う章の二分野を、中国とアメリカの専門家から検証したものである。


中居良文  学習院大学法学部政治学科教授:

二つエピソードを紹介したい。1999年5月、私は議会スタッフにインタビューするためワシントンDCにいた。ちょうど当時の小渕総理が訪米中で、ホワイトハウスには日章旗が掲げられていた。ワシントンは日本の話題で持ちきりなのかと思ったが、ワシントンのスタッフと話してみると、話題の中心は一ヶ月前に訪米を終えていた中国の朱鎔基首相だとのこと。朱鎔基首相がワシントンの政策担当者に与えた影響は大きく、当時、米中はWTO交渉の真っ只中であったが、同首相の訪米で大方、話が付いたとのことであった。また、東海岸から西海岸への移動中に、ユーゴラビアの中国大使館誤爆事件のニュースを聞いた。さて、どうなるか、が課題であったが、結果的には、半年後の11月にWTO妥結で型がついた。一連の過程は米中関係の重要なモメントなのではないかと考えた。

もう一つは、2001年、私が一年間、北京大学にいたときのことである。体調を壊し、漢方院に行った際に、私が持っていた朱鎔基の本を見て、90歳近い漢方医が、中国は非常に大きいので、朱鎔基が10名くらい必要だと話した。この話に見られるように、当時の中国では指導者に対する尊敬の念があるようには見えなかった。同首相に辛口の批判を加える研究者がいる一方で、民衆レベルでは依然として人気が高かった。この二つをどう結びつけるかが、このプロジェクトに呼ばれたときの私の課題の一つだった。

かつては、中国側は党・政府のトップらがすべてを取り仕切っているので、共産党や政府のキーパーソンの動向を掴んでいれば中国の動向はある程度把握できるものだと考えていたが、そうした時代は過ぎ去ったのではないだろうか。アメリカでは、大統領と議会の対立、共和党と民主党の対立を軸に、多角的・多元主義が機能しているが、中国の指導層の力関係には異なる力学が働くと中国研究者は理解していた。中国は、WTO交渉においてユーゴスラビアの中国大使館誤爆事件で危機的状況となり、天安門事件の前例に習って危機回避のために、日本と友好関係を築き、アメリカには日本・EUとともに経済制裁を打ち破って取り込んでいくといったパターンを表出させた。中国側の内部資料とアメリカ側の研究をみると、中国指導部内で、WTO加盟について積極派と消極派に分かれていたことがわかる。積極派の代表が朱鎔基、消極派の代表が保守派の李鵬や長老たちであった。両者の調整がキーになると考え、中国側の要であった江沢民の行動に焦点を当ててみたのが、本書の私の記述である。

江沢民は自らを権力の座にすえた訒小平のやり方を忠実に踏襲しつつ、危機的状況うまく利用して、訒小平が考えたであろう落としどころにうまく持っていった。その間には、朱鎔基らWTO積極派の意見がないがしろにされるといったコストもあったが、最終的には、党トップの江沢民が対米交渉の前面に出てきて、交渉妥結に持っていった。が、概してこうした交渉は妥結後が大変であり、実際、中国はWTOの内容の執行について問題抱えている。中国が次回、こうした多元的かつ効率的な判断を下す体制は、たとえば新たな反中政権の誕生といったような危機的状況に直面したときに見られるのではないかと考えている。


中山俊宏  津田塾大学国際関係学科准教授:

現在のアメリカは、中国の台頭に幻惑されている。ワシントンの主要シンクタンクはいずれも、大型の中国関連プロジェクトを立ち上げている。例えば外交問題評議会は、この春に中国関係タスクフォースの報告書を完成させており、戦略・国際問題研究所(CSIS)は経済界を巻き込み、安全保障に限らない包括的な報告書を1年前に完成させた。ブルッキングス研究所では、控えめであったチャイナ・イニシアティブが、1年ほど前にチャイナセンターに代わり、大々的なイベント等を行っている。つまり、中国関連は、お金も人も集まるものと認識されているのである。

余談であるが、日本関係については、CSISのジャパンチェアに一極集中の観がある。中国専門家は多いが、日本専門家は少ない。政府レベルの日米関係がいいのでグラスルーツレベルのチャンネルはいらないとの見方もあろうし、イギリス専門家がいないという点から別に特異なことではないとの指摘もあろうが、多元的な立場から日米関係を支えたほうがいいとの観点からは、いいニュースとは言えないだろう。日本関係のイベントは、同盟についてのテクニカルな議論か、ナショナリズムの台頭や歴史問題を否定的に取り上げるイベントが多い。また、中国については、たとえ衝突しても戦略という次元で話せるが、日本とはできないということをよく耳にする。本書では、米中関係、特にアメリカから見た中国を長いタイムスパンで捉え、現在に繋げようと試みた。

米中関係は、淡々とした関係ではない。米国は、中国に対してある種のロマンを抱いている。アジアにおける巨大な国を、自分と同じ姿に作り変えたいといった、アメリカ自身を映す鏡として中国を見ている。中国共産化時の「誰が中国を失ったのか」といった議論や、天安門事件の際にみられたように、裏切られたときの反動は大きい。こうしたサイクルが、80年代後半まで続いた。

しかし、冷戦後、米中関係は大きく変容し、加速度的に密度を高め、多元化している。単純なサイクルではなく、競合・協力、すなわち愛憎が混在する関係となっている。アメリカ側では、中国への過剰接近と過剰敵対が、互いに抑制しあっており、政策用語でいうエンゲージメントとヘジングが並存しているというのが、コンセンサスであろう。一方で、中国の台頭には合意があるが、将来的に中国をどう位置づけるかについてはコンセンサスがない。党派ごとにいずれに軸足を置くかは異なるが、この二つのアプローチには幅広い合意があり、対中強硬派と中国融和派のどちらかが急激に台頭するとは、現在の状況では考えにくい。ゼーリック氏が国務副長官時代に定式化した「責任あるステークホルダー」に相当するものが、外交エスタブリッシュメントでのコンセンサスと言えよう。しかし、アメリカの政治・外交においては、選挙の力学や議会の動向、圧力・利益団体の影響も無視できず、これらの競合関係のなかでアメリカの対中政策は出来上がっていく。

アメリカの大統領選で中国がどのように扱われるかに関心があるが、選挙でのスローガンに振り回されるのは得策ではないだろう。選挙戦後は、コンセンサスに帰っていくのがアメリカのパターンだ。現段階では、中国問題を前面に押し出している候補者はみられない。ミット・ロムニー・前マサチューセッツ州知事が「保護主義の誘惑に屈するべきではない」という文脈で、また、マッケイン上院議員が「中国の軍事的台頭」に簡単に触れているくらいである。マッケイン上院議員の外交・安全保障政策は、アーミテージ・レポートIIの共和党側参加者が支えているので、そのあたりの考えが反映されているのだろう。予備選も始まっていないので深読みするのは禁物だろうが、今後のアメリカ政治を考える上で一つ言えるのは、民主党にとって追い風が吹くなかで、雇用流失問題を取っ掛かりに、民主党の中から保護主義的な機運が出てくる可能性があるということだ。保護主義的な機運は、議会との関係から発生する。中国は、議会の行政府への介入、ロビー活動について急速に学習している。在ワシントン大使館でも、議会班に優秀なスタッフが集まっているといわれる。


以 上