JIIAフォーラム講演要旨

2007年9月6日
於:日本国際問題研究所


アトゥール・カーレ東ティモール国連事務総長特別代表

「東ティモール:平和と民主主義定着における国連の役割」

ポルトガルの植民地支配、インドネシアによる軍事併合に対する闘争、そして国連の暫定統治を経て、2002年5月に独立した東ティモールは、平和と民主主義に向かう安定した軌道に乗っていると考えられていた。だが2006年4〜5月の騒擾事件は同国の再建を停滞させる結果となったため、同年8月、国連は国連東ティモール統合ミッション(UNMIT)を設立し、再び支援を強化することになった。

私が率いるUNMITの主たる目的は、東ティモールの安定化、諸勢力間の対話と国民和解の促進、および社会的結束の醸成を支援することである。UNMITが最初に取り組んだ大きな課題は、大統領選挙と国民議会選挙実施に対する支援であった。散発的な対立にもかかわらず、一連の選挙は概ね平和裏に終了した。両選挙において投票率が八割を超えた事実は、東ティモール国民が民主主義に深い信頼を寄せていることを反映していると思う。また民主的な政権交代が実現したことも大変意義深い。

ただし、民主主義は選挙を通じてのみ確立するものではないことを銘記すべきである。交渉と妥協を通じて紛争を解決する能力を習得することが求められる。私は大統領、首相を始めとする新政権のリーダー達や、東ティモール独立革命戦線(フレティリン)や他の政党の代表者と会談する機会を定期的に持つようにしているが、彼らが一様に示す民主主義と平和に対するコミットメントにしばしば勇気づけられる。言わば仲介役としての役割を果たすことで、野党の建設的な役割と市民社会の育成を促進し、東ティモール社会全体に対話と和解の雰囲気を醸成する努力を続けている。そうした意味で独立したマスメディアに対する支援も肝要である。

依然不安定な治安情勢の中、治安の確保と維持はUNMITの重要な任務の一つである。治安の安定は人道援助や他の支援活動が円滑に進むための基盤となるものである。治安部門の脆弱さが昨年の危機発生の一因となった経緯もあり、軍や警察組織の改革を推し進めなければならない。かつて抵抗運動に従事した元兵士を独立東ティモールの軍・警察組織に統合するプロセスは、まだ完遂されておらず、統率の取れた不偏不党の警察要員を育成すべく訓練を継続していく必要がある。加えて、法と秩序を維持する能力を高めていく上で、司法制度の整備を含む民主的ガバナンス強化が欠かせない。この分野でも国連や国際社会の支援が引き続き必要とされている。

昨年の騒乱の背景には厳しい社会・経済状況がある。多くの東ティモール国民は独立を達成すれば生活条件は好転すると信じていたが、そうした期待感は満たされていないのが現状である。国民の80パーセント余りが1日当たり2ドル以下で生活している推定されている。とりわけ若年層の貧困と失業は深刻である。石油収入による国家財政改善が期待されているが、一般国民が裨益するには至っていない。UNMITは同国の社会経済開発のため、国連諸機関、国際金融機関、NGO、各国政府などと緊密に連携している。

昨年の騒擾事件を以ってして、東ティモールを破綻国家とみなすべきではない。同国はまだ若い民主国家であり、平和構築は長期的な作業であるということを認識しなければならない。PKOミッションの縮小・撤退は、各々の状況の特異性を考慮に入れるとともに、平和と安定の回復や民主的ガバナンスの定着、社会経済発展の度合いなど、客観的な基準に基づいて決定されなければならない。東ティモールが破綻国家に陥ってしまう前の段階で、日本を始め国際社会が十分な支援を提供することが最善の策であることを強調しておきたい。

以 上