本講演では、私が編者を務めた英国国際問題研究所刊行の『核の闇市場−パキスタン、A.Q.カーン、核拡散ネットワークの台頭』で新たに明らかとなった事実、問題点をお話ししたい。
カーンが登場するまで、国境を越えた核拡散ネットワークにおいて、闇市場の供給者は民間の商取引者であり、購入者は国家主体であった。しかし、現在の核拡散ネットワークにおいては、公的・民間双方のアクターが混在している。カーンのネットワークも同様であり、それは様々な国における供給者と仲介者を結節点とする緩やかなネットワークと表現できよう。かつては国家がコントロールしていた核拡散ネットワークは、今や違法な民間企業が大いに介在する状況となっている。カーンもこのようなネットワークの中で結束点の一つとして活動し、自らもこのネットワークの中で取引を行った。また、カーン・ネットワークは、海外における彼のパートナーによってしばしば自律的に機能していたとされる。
私が編集した『核の闇市場』では、カーンらのネットワークが完成させた闇取引の15の手法を指摘した。たとえば、パキスタン、イラク、イラン、北朝鮮は外交行李を利用することで、それぞれの国内に必要物資を運び込むという手法を取った。仲介人が通常の市場価格を上回る闇市場価格で西側の企業と直接契約を結ぶことで、物資を容易に購入するという手法もある。また、西側諸国の輸出管理の目を逃れるために大量の不要物資の中に必要物資を忍び込ませたり、隠れ蓑として外国企業を買収するなどの手法が取られた。2004年2月にブッシュ政権は、このような巧妙な手口を編み出したカーン・ネットワークを一掃したと宣言したが、潜伏期間を経て再び闇取引を開始したネットワークの構成者もいるとされている。
現在の闇市場の供給者は、その調達能力などにおいてカーン・ネットワークには遠く及ばないとされるが、将来的な核拡散ネットワークに関しては次の4つのシナリオを想定できるであろう。第一のシナリオは、国際的な武器密売人が核物質や生産技術を商品として扱うというものである。第二のシナリオは、パキスタンのような国において、宗教的原理主義者が核物質・技術にアクセスし、他国の原理主義者にそれを移転するというものである。第三のシナリオは、北朝鮮の犯罪組織や将軍が核兵器・関連技術をコントロールし、それを売却するというものである。第四のシナリオは、イラン革命防衛隊が核技術と核物質を入手し、それをさらなる革命のために用いるというものである。なお、イランはこれまでに中東の非国家アクターにミサイルなどの武器を輸出したこともある。
このような事態を防ぐために、核関連物資・技術の取引を監督する法的フレームワークの確立を求める国連安保理決議1540号の実施、拡散に関する安全保障構想(PSI)の実効力強化などに我々は取り組まなければならない。無論、これらの努力は日本にも関わるものである。闇市場に対する厳格な取り組み・コントロールこそが、核不拡散体制の崩壊を防ぐために不可欠のものである。
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