当研究所では今後一年間、2008年米大統領選挙に争点を当てたJIIA国際フォーラムを特別企画として開催する。本フォーラムはその第一弾であると同時に、当研究所における2年間の研究プロジェクトの成果である『アメリカ外交の諸潮流』の出版を記念するものでもある。
久保文明 東京大学教授・当研究所客員研究員:
通常、米外交論は、対中国・対欧州・対中東政策といった地域ごとの政策分析、あるいは外交史として歴史分析の形をとることが多い。本書では、こうした従来の形とは違った理解が必要なのではないかという問題意識から、異なる構成をとっている。その第一の理由は、日本では例えば近年ではブッシュ政権でのネオコンの外交論のみが強く伝わってくる傾向があり、米外交の多様な考え方が正確に認識されていない観があるためである。第二は、米外交の論争と形成は大変ダイナミックであるのに、特に国際政治・外交のみを見る人々の間では専門家の意見のみをすくう傾向があるためである。この一例としては、現ブッシュ大統領の2000年の選挙キャンペーン時に、ブッシュ・ライス両氏が論文・演説で盛んに主張した「国益に立脚した外交」の受け止め方があげられよう。国際政治では国益というとすぐにリアリズムと直結するため、ブッシュ外交はリアリスト外交との捉え方もあったが、ライスらの議論の中では、ソマリア・コソボ等への米軍派遣を行った狭い意味での国益を離れたクリントン外交を批判する側面が濃厚だった。また、仮にリアリスト外交をやろうとしていたのであっても、現在の共和党が宗教保守派の支持に依存していることやネオコンの影響を考えると、それに徹しきれない部分があると言わざると得ない。どの政権でも外交チームは複数の勢力のコアリッションとなる。現ブッシュ政権もそうであるし、現在進行中の大統領選挙を見ていても、専門家とは異なる勢力が大きな影響力を発揮している。民主党では反戦派、共和党では宗教保守派などがこれにあたる。米外交についての様々な類型・分析論は米外交史を通じたものが多く、現在の外交を理解する際では役に立たない部分がある。現在の米国政治は政党の枠組みが強くイデオロギーで分化されている(ベトナム戦争時には共和党・民主党で大きな差がなく超党派的に反戦の立場が形成されたが、イラク戦争については党派ではっきりと分かれている)。こうした現実の潮流に密着した類型論が必要なのではないか、というのが問題意識である。
本書では、民主党・共和党の枠組みのなかでイデオロギー的に左から右に勢力を配列する構成をとり、最後に独自の存在として軍を扱っている。簡単に説明を加えると、①民主党左派・反戦派はリベラル左派とも呼ばれるグループで、専門家はあまりいないが選挙を成り立たせる手足の部分である。②民主党穏健派は中道派で、専門家の層が厚い。③リベラル・ホークはインテリ肌の人が多く、民主党内では少数派の介入論を強く主張する。④共和党リアリストは国際派であり共和党内での穏健派と見られている。レーガン的な力の外交を支持するのが⑤共和党保守強硬派で、単独行動主義の傾向が強く米国の主権を守ることにこだわる。⑥ネオコンには、これにさらに使命感が加わる。⑦ブキャナン派孤立主義者は、排外主義的で第二次大戦に参戦したのが間違いであったと考える。共和党に伝統的な孤立主義者であり、現在では移民受け入れに強く反対している。⑧リバタリアンは、小さな政府であればあるほどいいとの哲学的立場から介入そのものに反対し、イラク反戦の論陣を張っている。⑨宗教保守派は、中国の人権問題を強く非難したり、90年代に国連分担金の支払いに強く抵抗した勢力で、専門家よりもグラスルーツで強い力を持っている。
この類型の特徴は、第一に国内政治基盤との関連が明らかになること。第二に、政治過程論的把握が可能になること。各勢力は、例えばネオコンがメディアで強い力を持っているように、影響力を発揮する場が異なる。第三に、時代状況を反映している点。第四に、コアリッションである外交安保チームについて、リーダである大統領の性格によってある程度の予測可能性をもてるであろう点である。
現在の米国では、民主党内では反戦に議論が集約しているが、共和党では大統領選の候補者がこの類件に沿って出揃っている。内政面での穏健派としてはジュリアーニ(外交ではタカ派)、ネオコンに近い人物としてはマッケイン、ブキャナン的孤立主義者としては移民問題で有名なタンクリード、リバタリアン的観点から反戦を訴えているロンポールがおり、ロムニー宗教保守と保守強硬派の間、ハンターは軍事的タカ派で強硬派の色彩が強いといえよう。イラク戦争後にネオコンの影響力は弱まったとも言われているが、共和党候補者の外交アドバイザーにはネオコン的人物が多く残っている。また、共和党支持者で固まっている軍内でも宗教保守の影響力が強まっている。本書での類型は、大統領選に限らず今後5年、10年の内政基盤を理解する上で役に立つのではないかと考えている。
高畑昭男 産経新聞論説委員兼編集委員:
【共和党について】
ブッシュ政権第一期には、ネオコン的理想主義的グループとラムズフェルド、チェイニーの保守強硬派が連合を組み、アーミテージ、パウウェルらの保守穏健派との路線対立を経て、イラク戦争に突入した。これをグラスルーツで支えていたのが、宗教保守派であった。第二期にはイラクが手詰まりになり、イラク政策グループという形でパパ・ブッシュ時代のベーカー、スコウクロフトらが登場し政策提言を行った。誰が大統領になっても、対テロ戦争とイラク政策、さらにイランの核疑惑が重要な争点になるだろう。大統領選支持率を調査するウェブサイト・Rasmussenによると、11月9日現在のトップ5は、ジュリアーニ、トンプソン、マッケイン、ロムニー、ハッカビーの順である。どの候補者に聞いても最良のアドバイスはヒラリー・クリントンと違う主張をすることとのことで、民主党候補がヒラリーに固まるにつれて、共和党の団結も高まるだろう。
対テロ・イラク戦争を推し進めたネオコン的部分がどのように各候補者に引き継がれるかを調べてみた。ジュリアーニ陣営では10人ほどの外交アドバイザーチームに、親イスラエル強硬派とされるイェール大学教授のチャールズ・ヒルズや外国要人の暗殺解除を唱えるマイケル・ルービンらネオコンが入り話題を呼んでいる。対テロ戦争を第四次世界大戦と位置づけるネオコン創始者のノーマン・ポドレッツも、(イラクを直ちに空爆せよとの過激な論陣を張ったため)正式なアドバイザーではないが助言を与えている。ジュリアーニはフォーリンアフェアズ誌で、自らが大統領になった際には「理想を掲げて外交を進めつつ、現実的手法を取る」、「リアリストの外交は視野が狭すぎる」と述べている。ネオコンが従来の国益に加えて民主主義など価値の拡大を狙っていることを考えると、ジュリアーニの主張にはネオコン的要素が入っているとも読める。ロムニー陣営でも、イスラムテロの目的はカリフ制樹立でありイスラエル抹殺や現代文明破壊を狙っているとし、ポドレッツの第四次世界大戦論に似た主張がみられる。ハカビー陣営は、イラク戦争を世代を超えたイデオロギー戦争と位置づけ、世界大戦を戦っているとの表現が見られる。
対テロ戦争を第四次大戦と位置づける見解は、ポドレッツ、さらにはそれに先立つジョンズホプキンス大学のエリオット・コーエン教授によって唱えられた、冷戦を第三次大戦と位置づけた上での見方である。特徴は、①イスラム過激思想とこれを支持するならず者国家を敵と位置づける、②戦場がグローバルである、③非軍事力を含む、④一世代以上にわたる長期戦である、⑤テロを封じる戦いが基盤である、⑥この大戦での勝利を同義的義務と位置づけている点である。マッケインも対テロ戦を「自由の灯火を守る戦い」と位置づけ、戦場だけでなく思想の戦いだとしている。
ネオコン的考えによって始まったイラク戦争がうまくいっていないにもかかわらず、対イラン政策も含めてイスラム過激派とどう向き合っていくかが争点となる中で、今後の共和党外交政策は、伝統的なリアリスト外交を選択する方向には向かわず、引き続きネオコン的理念の入ったものとなるだろう。
中山俊宏 津田塾大学国際関係学科准教授・当研究所客員研究員:
【民主党について】
ベトナム戦争時には、党派を超えたイデオロギー的な反戦派が形成されていた。それに比べ現在のイラク戦争では、イデオロギーではなく党派間の対立が目立つ。現在の大統領選においては、バラエティーに富んだ共和党候補者に比べ、民主党候補者間では政策面において大きな差はない。そのため、ここでは民主党の外交政策を歴史的に辿ってみることとしたい。
コネチカット州出身のジョン・リバーマン上院議員は、出身州の後に記載する所属党を表す部分に、2006年の中間選挙以降「ID(Independent Democrat)」と記している。(通常はD(Democrat)かR(Republican)。)これはコネチカット州の予備選で反戦候補に敗れ、本選でIndependentとして出馬して勝利したためである。最近、彼がジョンズホプキンス大学高等国際問題研究院(SAIS)で行った演説には、フラストレーションが強く滲み出ている。演説の冒頭で、自らは(ポール・ニッチェ、フランクリン・ルーズベルト、トルーマン、ケネディの系譜である)民主党のオールドスクールに属しており、これまでも今後もこの政策を支持すると言っている。これは、MuscularなForeign Policyと言われる、必要とあらば力の行使を躊躇しない民主党の外交政策を指す。例えば、公民権運動の影響からリベラルな政治家とのイメージがあるケネディは、大統領選におけるニクソンとの戦いにおいて、外交政策では反共タカ派を打ち出した。
この潮流は、60年代後半から80年代初めに民主党内で完全に否定される。具体的には72年の大統領選挙でサウスダコタ州出身のジョージ・マクガバンが、反戦・平和を掲げて共産勢力とのある種の共存とベトナムからの撤退を打ち出す中で、反共・タカ派的な伝統がマージナライズされることとなった。こうした流れに抗する形でポール・ニッチェがチームBを立ち上げたのであり、リバーマンはこの系譜に属するとしている。リバーマンが1989年に上院議員としてワシントンに来た頃には、すでにマクガバン的な平和主義が濃厚であった。湾岸戦争には民主党議員の多くが反対票を投じており、条件反射的に武力行使に反対する、安保政策ではあまり信用ならない党というイメージが出来上がっていた。
冷戦終結後に内政重視で誕生したクリントン政権は、90年代にソマリア、ルワンダ、コソボ等の状況に直面し、冷戦後に米国がどういった状況下で武力行使をするのかとの問題にそれなりにうまく対応した。リバーマンが副大統領候補としてゴアと組んだ2000年の大統領選を見ると、「価値の安全保障観」を掲げ、武力介入にも積極的とみられる姿勢さえ見られた。しかし、2001年の9・11事件でこの流れは決定的に覆り、民主党内に残っていた反戦・平和主義的DNAが再浮上する。対照的に、共和党内では価値に基づいた強硬主義が勢いを増していく。とはいえ2004年の大統領選時には9・11の余韻が強く、民主党内でも反戦・反ブッシュ・反イラクを正面から唱える戦う用意はなく、対テロ戦争を訴えたブッシュが勝利した。2006年の中間選挙はイラクがうまくいっていないとの認識のなかで行われたので、反ブッシュ・反イラク・反戦平和といった社会主義的エネルギーが相応の影響力を持ち、リバーマンは反戦候補に負けた。
民主党内では(インターネットとグラスルーツを掛け合わせた)ネットルーツと呼ばれる反戦平和の勢力が、資金・人数・メッセージ発信の点で無視できなくなっているのは確かである。このネットルーツを盛り上げているのが、第二章で大津留氏が触れている、反ブッシュ・反イラク感情である。一方、第三章で梅本氏が述べているように、外交安全専門家らは勝てる政策を考えようとしている。私が担当したリベラル・ホークは、民主党内で価値の戦争を続けようとした人たちであり、ブッシュ大統領を全面的に支持するわけではないが、人道危機を止められるのは米国しかないとの道徳的ロジックによってイラク戦争等の介入政策を支持した。現在はイラク政策の成り行きを見て沈黙しているが、そのなかでリバーマンは立場を崩さず、先の演説でも民主党候補を支持せずに本選では他の候補を支持するかもしれないとの含みを残している。
民主党は60年代後半から80年代にかけて大きな転換をし、90年代に新しい方向性を模索したが、2001年の9・11事件以降、支持基盤ベースで反戦平和勢力が力を得るようになった。しかし、2008年の大統領選で民主党が勝った場合には、ブッシュ政権とかけ離れた政策が突然出てくることはなく、いわゆる穏健派が政権を担当することになるだろう。これは、多国間協調の味付けをした単独行動主義といえるのではないか。選挙に貢献し、民主党を作り変えようとしているネットルーツと、実際に政策を担当する穏健派がどう妥協するのか、あるいは対立し続けるのか、が今後の民主党の外交政策を見ていく上での取っ掛かりとなるだろう。
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