今年設立40周年を迎えたASEANは、カンボジア危機(問題)やアジア金融危機など、さまざまな試練を乗り越えて今日に至っている。ASEANは、その中立性、非脅威的、受容性・寛容さなどをもって、さまざまな歴史的・政治的背景をもつ国々の間における、経済協力などのための対話の場として、そして東アジア共同体づくりの中核としての役割を担ってきている。
1996年にアジア・欧州会議の創設を経て、1997年の金融危機では、世界経済の原動力であった東南アジア諸国に対し、日本がIMFとともに(宮沢構想)にやった支援の助けもあり、乗り切ることが出来たのである。その経験から、強固な共同体の必要性が強く認識されるようになったのである(ASEAN+3(クアラルンプール)。
ASEANに関連するさまざまな協議の場が出来て、またインド、オーストラリア、ニュージーランドなどが東アジアサミットも始まるなど、外に向かって広がりを見せる一方で、東アジア共同体づくりの中核として、まとまりを強化し統合を強め、地歩・足元固め(地歩を固める必要性)をする必要性が認識されるようになってきた。ASEANが地域協力の原動力となることーASEANが運転手の席に座っていることー、そしてその運転手が免許を持ち、進むべき道を知っていることが肝要である。ASEAN憲章の構想がでてきたのはそうした背景からである。
去る11月にシンガポールで合意された憲章は、ASEANが今後の地域協力を推進していく上での青写真を提供するものである。またこの憲章の採択により、ASEANは法人格を持つことになり、責任と実効性を有するプレーヤーとして国際舞台に登場することになる。この憲章が、ASEANが進化を遂げていく土台になると確信している。歴史的、政治的、経済的、宗教的な側面・価値観の多くを共有するEUとは異なり、ASEANは文明と交通の要衝にあり、宗教的・文化的な多様性があり、経済格差も著しいのが現状である。そうした中で、様々な課題を克服していくには、日本を始めとする対話国の協力と支援の下、ASEAN自体の足元を固めなければならない。
ASEAN共同体は、3つの共同体から構成される。
第一は政治・安全保障分野である。1994年にバンコクで発足したARFは、安全保障・防衛分野で信頼醸成を目指した。近年六カ国協議が中心となって進めている朝鮮半島問題へのARFの目だった関与が見られないのは極めて残念だが、信頼醸成の段階にとどまることなく、予防外交、さらには紛争解決の段階へと歩みを進めていく中で、安全保障・政治領域における協力・調整を促進しなければならない。ASEANの立ち遅れが指摘されている同分野で、その能力を実証しなければならないと思う。
第二は、ASEAN経済共同体である。シンガポールで署名されたとおり、資本の移動の自由、関税の撤廃、非関税障壁の撤廃そして、熟練・知的労働者の移動の自由とともに、違法労働者の管理を徹底することが、その手段である。20年後の2070年には、ASEAN諸国の人口の1/3が中産階級になると予想さている。このことは、各国社会の安定とともに、中産階級の政治参加への欲求の増大も伴い、政府は透明性と説明責任を求められることになる。
第三は、社会・文化共同体である。社会・文化は数値化しにくい指標であるが、もっとも必要な分野である。すべての地域協力機構にとって、共通のアイデンティティが必要不可欠となるからである。地域の人々に、地域協力機構に対するオーナーシップが共有されなければ、その機構に貢献しようという人々の意識も芽生えない。ASEANが、地域の人々に貢献する機構であるならば、ASEANに対して人々は、「自分はタイ人であり、ASEAN人である」というアイデンティティを育むことができる。
最後に、ASEAN事務局と事務総長の役割について私の考えを述べる。
ASEAN共同体の三本柱の中で、社会・文化共同体が、政治・社会、経済共同体以上にもっとも重要だと考えているが、それは、ASEANとしての凝集性―つまりASEANというアイデンティティ―の育成が、共同体の成功にとってもっとも重要であり、それゆえ、ASEAN事務局はそのための、ツールとならなければいけないと考えている。
しかし、単純に加盟国すべての意見を聞き、調整するというのが事務局・事務総長の役割ではなく、ASEANの中心として、加盟メンバーをリードしていくべきである。だが、同時に、加盟メンバーの国民が自国の政治家に対して向けるまなざしと同様に、ASEAN事務局・事務総長もASEAN諸国の5億6,000万の国民からの評価にさらされているのである。ゆえに、本日の講演の題を「公証(公認)されたASEAN(A Chartered ASEAN)」としたのである。
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