JIIAフォーラム講演要旨

2007年12月19日
於:日本国際問題研究所


榎 泰邦 前駐インド大使

「躍動するインド経済と日印関係」

今や「アジア三国志時代」とでも呼ぶべき時代を迎え、日本、中国、インドという三大国の関係がアジアの繁栄と安定にとって重要な役割を果たすようになってきている。そうした中で、21世紀の日本のアジア外交における中心課題は、中国とインドとどう向き合っていくのかということになるであろうと、今年10月まで駐インド大使として勤務しながら痛感した。実際には「中印2強対中級国家日本」というシナリオが現実味を帯びてきており、良好な日中関係を維持するとともに日印関係を強化することが急務となっている。

私が大使を務めた約4年間の間に、日印関係は概して、政治は5倍、経済は3倍、国民交流は3割増、拡大したといえよう。日印政治関係は、インドが世界最大の民主主義国家であると同時に負の歴史遺産がない親日国であるという背景も手伝って、閣僚レベルの往来が近年活発化するなど確実に進展している。投資および貿易など経済関係も着実に拡大してきており、インフラの未整備や市場情報の不足などが障害として度々指摘されるが、今後は経済が日印関係の牽引役となるであろう。

インド経済の現況を理解するには、1960年代初めの日本経済を想起するとよいだろう。自動車が急速に普及するなど大衆消費時代に入る一方で、世界最先端のIT産業や携帯電話産業などがインド経済に活力を与えている。またインフラ整備が本格化しつつあり、インドは高度経済成長
期を迎えているといえよう。イギリスによる植民地支配の歴史をもつインド国民の中には、二度と外国からの経済支配は受けないという強い思いがある。そうした民族的DNAを原動力として、インドは1991年に経済自由化を断行して以来、IT輸出を主要な外貨獲得源として国際競争力強化に邁進してきている。一方で、11億の人口を抱え、宗教、民族、言語も多様なインドにおいて、高度経済成長と政治的安定のバランスをいかに図るかは、為政者にとって大きな課題である。

最後に中国との比較を踏まえつつ、インド経済の特徴を何点か挙げてみたい。第一に、輸出主導の中国経済に対し、インド経済は内需主導型である。近年日本企業のインド進出の動きが、大企業のみならず、中小企業の間でも顕著になってきている。加えて、そうした企業がインド国内市場の開拓にとどまらず、輸出基地としてのインドに関心を持ち始めていることに注目すべきである。インド経済の大きな強みは、輸出ドライブというカードをまだ使っていないことであると思う。第二に、外国産業への依存度が高い中国とは対照的に、インドの地場産業の層は大変厚く、インドでビジネスを成功裏に展開するためには財閥との関係構築が鍵となる。第三に、製造業の比重が大きい中国を世界の工場とするならば、第三次産業中心のインドは世界のバックオフィスということになろう。近年はそうした両国の経済が収斂化の傾向を見せている。最後に、今後数十年の過程において、中国は高齢化社会に向かうと見られるが、インドは若い労働力人口を確保すると予測される。こうした将来的な人口構成比の違いは、両国の経済成長の動向を展望する上で重要な要素であることを付言しておきたい。

以 上