JIIAフォーラム講演要旨

2008年2月4日
於:プラザホール(霞ヶ関ビル)



「2008年大統領選挙を読む」第2弾

「予備選挙を読み解く−現状と評価」



渡部恒雄(株)三井物産戦略問題研究所主任研究員

コメント:中山俊宏 津田塾大学准教授・当研究所客員研究員



渡部恒雄
2008年の米大統領選挙の特徴としては、まず第一に、現職のブッシュ大統領の支持率が低いため選挙戦の出足が早まっていることがあげられる。共和党でいえば、現政権内に有力な候補者がおらず、また候補者達が人気のないブッシュ大統領からの支持を求める必要がないため、候補者選びのプロセスが早く始まっている。一方、民主党では、2年前の中間選挙で勝利した勢いにのったまま選挙戦を乗り切りたいという思惑から、予備選挙が前倒しで行われた。第二の特徴としてあげられるのは、民主党に非常な勢いがあり、二人の有力な候補者の内、一人が黒人でもう一人が女性ということである。これは過去にないケースであり、今後の選挙戦の展開を読み難くしている。

米国民は、どのような視点から今回の大統領選挙を見ているのだろうか?現在、米国民の関心事項は、目下のところ、サブプライムローン問題に端を発した景気後退への不安であり、経済問題が選挙の主な争点になるだろう。ブッシュ政権と民主党議会は協調して景気刺激策を取っているが、米国民はアメリカ経済の先行きに大きな不安を抱いている。また、イラク戦争についていえば、最近米軍の戦死者数が減少しイラクの治安も改善してきているが、今後イラクの治安が悪化して、争点として再浮上する可能性もある。マケインはイラク派遣軍の増派を支持していたため、イラク情勢の好転が有利に働いているが、クリントンやオバマはイラクからの軍の撤退を主張しているので、イラク情勢の悪化は大統領選挙の行方に大きな影響を与えるであろう。

次にスーパーチューズデイに予備選挙が行われる各州の状況を見てみたい。組織力に優るクリントン候補は、カリフォルニアなどの大票田で強さを発揮しているが、オバマ陣営は着実にクリントンとの距離を縮めている。オバマの戦略としては、大票田でクリントンに迫ることと同時に、アラバマなどの民主党が弱く、黒人票が多い南部の州で着実に勝利することで、共和党に勝てる候補というイメージで勢いを拡大しようという戦術をとっているのでないか。マサチューセッツ出身のケネディ大統領以後、民主党からの大統領は全員南部出身であり、共和党の強固な地盤の南部州を崩さなければ、民主党候補は勝てないという認識がある。南部の州は票田としては小さいが、それらの州で勝利を収めることにより注目を集め、代議員数の獲得数をこつこつと増やすことで、オバマ陣営は、スーパーチューズデイ後に勝負を持ち越し、逆転勝利を狙うことができる。

オバマとクリントンの指名獲得争いの激戦の構図は、黒人対女性という構図ではなく、むしろ、クリントンが民主党の主流派を代表し、オバマが非主流派からの挑戦者という構図でみると理解しやすい。共和党は非主流派のマケインが優位に戦いを進めているが、ブッシュ政権の不人気のため、ライバルにも主流派がおらず、非主流派同士の戦いとなった。ブッシュ政権で主流の一部だった宗教保守派や対外強硬派だが、現在の共和党内では、ブッシュ政権がつくりだした財政赤字に不満を持ち、社会政策や対外政策では穏健な財政タカ派に主流が移ってきているという指摘もある。穏健な保守派にとってマケインは必ずしも不都合な候補者ではない。またマケインは、不法移民に恩恵を与えるといわれた移民改正法を議会に提出したことにより、ヒスパニック層からの支持を獲得することができた。他のライバル達をみてみると、当初、有力候補者と見られていたジュリアーニは、すでに予備選挙の序盤で、対人コミュニケーション能力が問われる小さな選挙区での自らの不人気さを認識し、リスキーといわれながらも、大票田のフロリダ州に集中せざるを得なかったようである。ロムニーも健闘しているが、序盤のアイオワやニューハンプシャーで勢いを出すことができなかったことと、ジュリアーニがマケインを支持したことが打撃となった。

今回の選挙の外交・安保政策へのインプリケーションについてだが、マケインにはアーミテージ元国務副長官やグリーン前大統領補佐官といった日米同盟重視派がついており、なにより職業軍人であったマケイン自身が同盟の意義をよく理解している。他方、クリントンは日米関係より米中関係を重視していると見られがちであるが、クリントン候補は今年になって、外交政策アドバイザーであるホルブルック元国連大使の助言で、日米関係の重要性を認識する声明を発表した。日本は、マケインにも、クリントンにも、オバマにも、チャンネルを持っているのだから、米国の政権の行方を占って心配しているよりも、自らの政策を準備し、新政権とどのような関係を作っていくのかを積極的に考え、働きかける時期であろう。


中山俊宏からのコメント及び質問
Q1:2006年の中間選挙で保守派のライジング・スター達がことごとく落選した。その中でもバージニアのアレン議員、サントラム議員は保守派の有力大統領候補と見なされていた。今回、保守派が混乱しているように見えるのは、たまたま彼らが一致団結して支持できる候補がいないからなのか、それともイデオロギー状況に大きな変化が起きている兆候なのであろうか。仮に保守思想が空洞化しているとすると、民主党は代替イデオロギーを提供しうるのか?それとも反ブッシュ以外にメッセージはないと見た方がいいのか?

Q2:共和党はマケイン上院議員が有利な状況にあるが、副大統領候補に誰を指名するかでマケインのイメージする戦い方がわかるのでは。ハカビー候補を指名して保守派を固めて戦うのか、それともインディペンデント・デモクラットのリーバーマンを指名して、支持政党無し層をアグレッシブに狙っていくのか、どちらの戦い方の方が有利なのだろうか?

Q3:共和党員の間で反感の強いクリントン上院議員が民主党候補になると、保守派を結束させることになるだろう。その意味で、迷走する共和党にとってはクリントン候補が最大の贈り物になるということはいえはしないか。オバマの政策的立場は実はオーソドックスなリベラル派といえなくもないが、なぜ中道派に人気があるのか?

Q4:民主党の東アジア専門家見渡してみると、そもそもアジア専門家の数はそんなに多くはないが、その中でも中国専門家が多い。中国専門家イコール「親中」というわけではないが、アメリカの東アジア政策を考えていく上でやはり米中関係をプリズムに考えていく「思考の癖」みたいなものがありはしないか。これが日本にとって不利に作用するというような場面は考えられうるか?


A:ネオコンが始めたといわれるイラク戦争が軍人にとっても不評であることが示すように、元来保守派(現実派)といわれた人々でさえもブッシュ政権の思想や政策には大きな不満を抱いている。2006年のバージニア州の上院選挙では、元軍人で、レーガン政権で海軍長官を務めた保守的思想をもったジム・ウェブが民主党に鞍替えし、ブッシュの後継者と見られていた共和党のジョージ・アレンを破った。民主党の候補者達にとっては、このようなブッシュ政権に失望した、中道・穏健保守派の心をいかに掴むかが重要となってくるであろう。少なくともクリントンは、イラクにおける米軍人の負担を軽減させるために米軍全体の人員数を増やすべきだと主張して、左派反戦派の主張にはない保守の流れに沿った政策を打ち出しているようにみえる。

マケインの副大統領候補選びは、相手がヒラリーかオバマによって違ってくる。敵が多いヒラリーであれば中道派を候補に選び、無党派層への支持の拡大を図るのも一手だ。相手が無党派層にも人気があるオバマであれば中道派で無党派獲得競争をするか、保守派で共和党支持層を固めるか難しい選択を迫られるだろう。

クリントンが民主党候補になれば共和党が有利になるともいわれている。しかし、ギングリッチ革命から始まった保守派の団結力も衰え始めてきているので、クリントンが民主党候補になったとしてもそれが保守派の団結をどこまで促すかは分からない。

以 上