JIIAフォーラム講演要旨

2008年2月13日
於:日本国際問題研究所


プラタープ・バーヌ・メータ インド政策研究センター代表

「インドと地球的課題」

インドは今、19世紀のヨーロッパや20世紀末の中国と同じように、重要な歴史的岐路に立っている。近年の目覚しい経済成長がインドにおける根本的な変革の原動力となっている。貧困の削減、教育制度改革、政治制度改革、公共サービスの改善など課題が山積しているが、高い貯蓄および投資率や企業家精神の発露などに支えられ、高度経済成長はかなり持続的なものになると見られる。

インドは伝統的に、大国としての地位を希求しつつ、世界秩序構築における役割を模索してきた。現在でもそうした願望がインドにおける外交政策をめぐる議論の根底に流れている。そこで重要になるのは、インドが如何なる世界秩序を求めているのか、また同国の外交政策はどのような要素から構成されているのかということである。ここではこうした問いに対し、幾つかの点からアプローチしてみたい。

インドが位置する南アジアは極めて不安定な地域であり、地域統合の促進は容易ではない。そうした中で、世界から孤立することなくグローバル経済との統合を深めることにより、国力の増大を目指している。インドが概して、多国間の重層的な制度や組織に積極的に加わる姿勢を示してきたのはそのためだ。

中国やインドの台頭により世界が多極化に向かっていると言われることがあるが、私はそうした見方に懐疑的である。なぜならば、インドに関して言えば、自らの主権を守ることや近隣地域における影響力保持に関心はあっても、アメリカに対抗したり、既存のグローバルなルールに挑戦したりする意思を持っているとは思わないからだ。インドも中国も今後の世界秩序のあり方について、平和、主権尊重、非帝国主義を超えた、何か思想的な枠組みを持ち合わせているわけではないと私は思う。インドは民主主義の伸長が近隣地域の安定に寄与すると考えているが、他国の民主化を促進するべく何か働きかけをするようなことはしないだろう。主権尊重の原則にコミットしていることに加え、外からの民主化の促進はナショナリズムの高揚を招く危険性があると認識しているからだ。

米国との関係は、原子力合意の行方如何に関わらず深まっていくであろう。米印関係緊密化の背景として、インドのエリート層とアメリカ在住のインド人社会との間に、深い相互依存関係が生まれてきていることが挙げられる。また中国との関係では、国境紛争を抱えており緊張する局面もあろうが、貿易拡大や相互理解の増進に後押しされながら改善する余地があろう。

インドは国際的な核軍縮の取り組みにコミットしている。インドが核兵器不拡散条約(NPT)や包括的核実験禁止条約(CTBT)に署名する可能性は薄いが、同国の核保有は最低限度の抑止力保持を目的としたレベルにとどまっており、核不拡散の実績も模範的なものである。しかし、どのような国際的核秩序を求めていくのか、またその中で如何なる役割を演じていくのかということに関して、インド国内で議論が尽くされているわけではない。

WTOドーハ・ラウンド交渉については、インドからは積極的な行動はあまり期待できないと思う。インドの主たる関心事はサービス分野の自由化であるが、移民政策との兼ね合いもあり難しい問題を含んでいる。また多くの零細農家を抱えるインドは、急速な貿易自由化がもたらす社会的影響を危惧する向きもあり、国内政治の観点から微妙な状況にあると言わざるを得ない。

気候変動に関するインドの立場は、最近の首相発言にもあるように、一人当たりの温室効果ガス排出量は、先進国の平均値を上回らないようにするというものである。もし先進国の排出量が減少すれば、インドもそれに応じた措置を取る必要が生じるわけであり、そうした意味で一定の重みを持つコミットメントといえよう。いささか悲観的な見方になるが、それ以上のコミットメントを今インドに求めることは、同国の国内政治上の制約もあり極めて難しいのではないだろうか。

以 上