JIIAフォーラム講演要旨

2008年2月26日
於:霞ヶ関ビル35階シルバースタールーム


ヨーゼフ・ヨッフェ「ディー・ツァイト」紙発行人

「力の失敗:なぜ軍事力で秩序を作れないのか
−イラク、レバノンそして歴史の教訓から」

なぜ軍事力で秩序が作れないのかということについて、非対称戦争(asymmetrical warfare)の観点から話したい。非対称戦争とは最近初めて起こった現象ではなく、旧約聖書のダビデとゴリアテの話にもあるように、昔から存在した戦争の形である。そこには3つの特徴がある。まず原始的な安い武器が高度な武器を打ち負かすということであり、そして迅速に先手を取り相手を政治的に驚愕させるという戦術の有効性、そしてイデオロギーが大きな役割を担うという点である。不正規軍が正規軍に対して戦う場合、誰が敵なのか特定ができなければハイテク兵器は役に立たない。また現地の人々は外からやってくる軍隊よりも有利である。

非対称戦争は西洋諸国にとって常に不利であったかというとそうではない。過去数世紀、非対称戦争は西洋諸国に有利であった。スーダンのオムドゥルマンではイギリス軍は高度な武器を使って現地軍に大勝した。フランスは3万4000人の兵力でアルジェリアを制圧した。しかし後にフランスは60万の兵を以ってしてもアルジェリアを維持できず、1962年にはアルジェリアから撤退した。軍事力の効用が逓減しているのである。この変化は軍事的な理由ではなく政治的な理由である。今日の軍隊はもはや一般市民も兵隊も区別せずに攻撃することはできないが、ヒズボラやハマスのように一般市民を巻き込むことに抵抗のない勢力に対する際には、こうした規範や戦時国際法上の規定は制約となる。それから今日の西洋諸国は、かつて帝国を構築した人々が良くも悪くも持っていた「明白なる使命(manifest destiny)」といったような文明への使命感を持っているわけではない。また、民主主義国は短期間で損害が少なく勝利に終わる戦争を好み、例えばアメリカのソマリア出兵のように、いつ勝利するのかはっきりしないが犠牲は明確に出ている戦争の遂行に対し、一般市民の支持を得るのは難しい。紛争地の武装勢力はそのことを知っており紛争が長引くことを厭わない。

近年の非対称戦争は体制をめぐる戦争になっているが、これが成功することはあまりない。アメリカのイラク政策は、イラクのフセイン体制を倒してイラクを民主化し、それを通じて中東地域の民主化と安定を図るものであったが、それは成功していない。逆にイランの対抗勢力を潰し、イラクのシーア派がイランと手を結ぶ可能性を増やし、イランの地域覇権に手を貸してしまう結果となっているのではないだろうか。
たとえ最新鋭の軍事力でさえも効果は限られている。軍事力で破壊はできるが建設はできないのであり、そもそも軍事力で民主主義を作るということは不可能である。重要なことは、バランス・オブ・パワー(勢力均衡)の原則に立ち返ることであり、国内体制と平和を結び付けて考えるカントやトクヴィルの考え方で軍事力を使うのではなく、クラウゼヴィッツやパーマストンのような冷厳な均衡論者の考えにもう一度学ぶことではないだろうか。相手の国内体制の転換のために軍事力を使うのではなく、相手のパワーを封じて有利な均衡を作るために軍事力を用いるのが有効な軍事力の使い方であり、手段と目的を混同せず、妥当なコストとスピードを考え、非対称戦争の罠に陥らないことが重要である。

以 上