JIIAフォーラム講演要旨

2008年3月26日
於:日本国際問題研究所


オクサナ・アントネンコ
国際戦略問題研究所(英国)ロシア・ユーラシア部長

「中央アジア情勢の現状と展望−その戦略的潮流を探る」

90年代初頭の研究者たちによる中央アジアに対する予測は外れた。中央アジアがバルカン半島のように紛争の中心地になるという意見が多かったにもかかわらず、ソ連崩壊後、タジキスタンを除けば、中央アジアでは大きな紛争が起こっていない。またチューリップ革命後にキルギスタンの民主化が進むという予測も外れた。中央アジアの情勢がこのように予測不可能な理由の一つは、伝統的な社会(イスラム)の復活とグローバル化の影響を受けて、ソ連崩壊以前のアイデンティティが崩れ始めていることである。また、多くの人は、中央アジアを大国間ゲームで見ようとするため、情勢を読み違えることがある。さらに、アフガニスタンの今後によっては、中央アジアに大きな影響を与えるため、この地域の将来には不確実性が高い。些細なテロ攻撃であっても、この地域には重大な影響を及ぼすことがあり得る。

中央アジアにおける経済情勢であるが、これからも順調な経済成長が続くと予想される。この地域における経済情勢では、カザフスタンのGDP規模が圧倒的である。また、中央アジア諸国の貿易パートナーについては、数年前までロシア・CIS諸国が主要な相手であったが、近年EUが急速に台頭してきた。ただし、キルギスタンでは、中国の割合も大きい。外国直接投資の受け入れ国は、カザフスタンが圧倒的に大きい。投資国としては、米国や日本、ロシアの割合は減りつつあり、一部のヨーロッパ諸国の割合が高くなりつつある。ただし、キルギスタンでは、カザフスタンからの直接投資が圧倒的であり、ロシアもEUもあまり重要な役割を果たしていない。さらに、中国の中央アジアに対する直接投資は過大評価されており、実際には余り活発ではない。
エネルギー供給源としてEUは、中央アジアに注目している。トルクメニスタンはすでに重要なエネルギー供給源であるし、これから輸出が増えると考えられているカザフスタンも注目されている。カザフスタンのエネルギー輸出は、すでにほとんどEUによって占められており、中国は限られている。これからも、カザフスタンの石油の大きな顧客はEUであり、中国ではないであろう。中央アジアからヨーロッパに通じるパイプラインや港湾施設構築も進んでおり、ゆくゆくはヨーロッパに直接石油を送ることになると考えられる。

もちろん中国も積極的に中央アジアのエネルギーを導入しようとしている。トルクメニスタンからの新しいガスパイプラインの構築もほとんど終わっており、トルクメニスタンのエネルギー資源をめぐってEUと中国による激しいエネルギー争奪が起こる可能性がある。そのため、EUはトルクメニスタンに対する外交関係を強めている。

ロシアと中央アジア諸国の貿易であるが、現在、中央アジアで唯一、カザフスタンがロシアとの貿易で黒字になっている。その他は赤字である。ロシアと中央アジア諸国の経常収支は、移民とその送金によって緩和される一面があった。そのため、中央アジアは、ロシアにおける移民労働の源であった。しかし、今、カザフスタンの台頭によって、中央アジアの移民がカザフスタンに向かっている。ロシアは、中央アジアからの安い労働力を失いつつあり、それを他に求める必要に迫られている。

中央アジア諸国には非民主主義体制も存在しているが、現在のところ、どこも安定している。この政治情勢は、これからも続くと予想される。ただし、安定は必ずしも賢明な経済政策を生むわけではない。また、中央アジア諸国は、現在、国家形成の過程にあり、いずれマイノリティーや中産階級の台頭に対応する問題に直面するであろう。さらに、中央アジア諸国はイスラムに対処することに迫られている。中央アジア国家は、イスラムを信仰しようという態度を見せているが、効果は低い。イスラムに対処できなければ、政権の安定性が失われるであろう。イスラムに対する脆弱性も、国によって差異がある。ウズベキスタンはイスラム過激派にも対応できるであろうが、カザフスタンは過激派に対して最も脆弱であろうと考えられている。

中央アジアの安全保障であるが、国家間紛争による脅威があるわけではないので、内政的な側面が強い。今、中央アジア諸国が直面しているのは麻薬の密貿易である。アフガニスタンの麻薬が中央アジアを通って輸出されている。これを防ぐためにEUも中央アジア諸国を支援しようとしている。しかし、中央アジア諸国の麻薬への取り組みはイランよりも遅れているのが現状である。次に、水資源管理の問題がある。中央アジアではタジキスタンとキルギスタンに水資源が集中しているが、これからの経済発展によって各国の需要が増えることを考えれば、深刻な問題になるであろう。また、イスラム過激派に対する安全保障政策も重要な問題である。現在、イスラム過激派であるイスラム解放党の活動が大きくなっており、中央アジアの世俗的な政権を脅かしつつある。中央アジア諸国は、この問題に対応できると考えているが、アフガニスタンからNATOが撤退するなどの事態に備える必要があろう。NATO撤退後の安全保障の空白を埋めるものとして、集団安全保障条約機構(CSTO)と上海協力機構(SCO)が想定されている。しかし、これらの機構が中央アジアで重要な役割を果たすことをヨーロッパ諸国は警戒している。現在、中央アジアでは、安全保障協力体制はまだ存在していない状態である。

以 上