1997年に米中間の軍事紛争が勃発するのではないかという心配があった。前年である96年に米中は台湾をめぐって対立していた。米国が李登輝の訪米を許すと、中国は大規模な軍事演習を行い、ミサイルを発射した。米国は、台湾海峡に航空母艦を派遣し、米国の決意を示した。これで中国は退いたが、次もそうなるとは限らない。1997年から米中は和解を始めたが、この時に気が付いたのは、中国の指導層は国内問題に大きな不安感を持っていることであった。当時、米国でも対中政策をめぐって国内で対立があったが、中国のそれは比較にもならない。それは中国共産党が崩壊するのではないかという不安である。中国人は、例外なく自国を超大国とは見ていない。誰もが中国は脆弱であると考えているのである。
中国を理解するには、中国の指導層が何を考えているのかを理解しなければならない。95年に米軍機がユーゴスラビアの中国大使館を爆撃して3名が死亡した事件で、私は中国に平身低頭、謝罪しなければならないと思った。クリントン大統領も国務省も謝罪しようとしたが、当初中国側に断られた。やっと謝罪と賠償が受け入れられても、それらの努力は無駄に終わり、北京など各地で反米デモが盛り上がった。この時期は、中国の指導層にとって、法輪功問題で頭の痛い時期であった。そこに、在ユーゴスラビア中国大使館の爆撃事件で学生が集結し、天安門事件が再来するという危機感があったのである。
なぜ中国の指導層は、それほど国内問題に不安になっているのであろうか。1989年の天安門事件で、中国の体制は根本から揺さぶられた。事件を前に指導層も分裂していた。その後、ソ連も崩壊したことで、指導層は大きな不安にかられたのである。また、中国の新しい指導層は、毛沢東や鄧小平など建国時のリーダーに比べれば威厳がない。胡錦涛は威厳があるように見せかけているが、実はそうでもない。
中国の経済は、25年にわたって毎年10%の経済成長率を遂げてきた中国の社会は劇的に変化している。国民所得も毎年8%成長している。毛沢東の頃と比べ、全く違う社会になってしまっている。また、インターネットなどによって、人々がより多くの情報が入るようになった。さらに、米国に比べても、所得格差が広がっている。貧困層は富裕層が汚職によって金儲けしていると不満が広がっている。
中国の指導層は大衆の不満を防ぎ、党の支配を続けるために「和階社会」を掲げて、貧困層に神経を使っていることをアピールしている。にもかかわらず、大衆の抗議は増えてきている。現在、中国の指導層は、大規模の不安を未然に防がなくてはならない、指導層の分裂を国民に知られないようにしなくてはならない、軍隊の忠誠を維持しなくてはならないと考えている。
2013年に退くまで、胡錦涛は後継者を任命しなくてはならない。しかし、集団指導体制の中国共産党では、独断でできるものではない。現在のところ、習近平が選ばれる可能性が高いが、今後5年間でどうなるかは分からない。後継者をめぐる指導層の分裂の情報が漏れることを指導層は防ごうとしている。また、軍隊の忠誠を維持するために、軍事予算は上昇している。また、中国共産党は、愛国心によって中国共産党に親近感を持たせるようにしてきた。しかし、政府が弱腰であるとナショナリズムによって批判することで、反政府グループが団結することも恐れている。ナショナリズムの源泉は、米国、日本、台湾である。これらの国々に対して強い態度で出なくては、中国共産党は国民の批判にさらされることになる。日本との問題でも中国政府が日本に強い態度をとったのは、国民のナショナリズムの圧力によるものである。
チベットの問題は、ナショナリズムの力学が繰り返されたものである。中国の国民は、ナショナリズムを発露して、フランスやCNNを批判した。しかし、中国共産党の指導層はこれを沈静化しようとしている。それは、指導層が重要視している北京オリンピックのためである。指導層は、ナショナリズムのために、またもや多くの犠牲を払ったのである。中国指導層は平和的なメッセージを出して、平和的な解決を望んでいるが、このような中国指導層の対処法がいつまでも続くかは疑問である。
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