須藤 隆也・(財)日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センター所長(司会):
日本は唯一の被爆国として核軍縮、核不拡散に努力してきており、これらは日本の外交政策の重要な柱の一つとなっている。同時に55基の原子炉を運転し、電力の三分の一を原子力でまかなうという、非核兵器国としては最大の原子力平和利用国である。原油価格の高騰等の国際環境のもとで「原子力ルネッサンス」とも呼ばれる原子力利用の見直しが行われている一方で、北朝鮮、イラン等への核拡散の懸念も増大している。原子力の平和利用と核不拡散をいかに両立させていくかが国際社会の課題となっており、来たるG8サミットでも議論されるだろう。最近の地震との関係で原子炉の安全性の問題も懸念されている。こうした問題意識のもとで昨年来、当研究所では「新しい核の秩序構想タスクフォース」を設置し、遠藤哲也・元原子力委員会委員長代理を座長に検討を重ね、去る1月に高村大臣に政策提言を提出した。本フォーラムでは、政策提言の概要説明と欧米との協議の成果について報告する。
遠藤哲也・元原子力委員会委員長代理:
G8サミットの今年の議題としては、地球温暖化、世界経済、アフリカを主とする開発問題、核不拡散等の国際政治の4つが考えられており、原子力問題は単独議題ではないものの、これらいずれとも関連する。最近の原子力問題については、CO2を排出せず、原料費の極めて低い安定した動力源としての「光」の部分と、北朝鮮、イラク、リビア、シリア等における核拡散への懸念といった「影」の部分の双方が顕著になっている。G8サミットでは過去10年間、必ず原子力問題が取り上げられているが、扱われるのは核不拡散のみで、平和利用や核軍縮については触れられていない。議長国としての日本は、核不拡散、平和利用、軍縮の3つをバランスの取れた形で取り上げるべきではないかと考え、タスクフォースでは原子力専門家以外に国際法、国際政治、核戦略、環境問題の専門家等も含めた8名のチームで検討を重ねた。
本提言は大きく4つに分かれる。第一は平和利用についてであり、これから原子力を利用しようという発展途上国に対する指標として、安全(Safety)、セキュリティ(Security)、保障措置(Safeguards)という「3S(スリー・エス)」を提唱している。一方で途上国に要求するだけではなく、先進国としても必要な資金・技術協力をしていく必要があると考え、例えば原子力発電計画は現在、世界銀行の融資から除外されているが、融資対象とすべきではないかと呼びかけている。第二は、地球温暖化対策のなかで原子力に正当な地位を与えるべきだとの主張である。現在の京都議定書の枠組みでは、西欧の反原発国(デンマーク、オーストリア、アイルランド)の反対により、原子力はクリーン開発メカニズム(CDM)の対象から外されている。第三は核不拡散についてであり、追加議定書の普遍化、輸出規制の強化、PSIといった伝統的措置とあわせて、核燃料サイクルに対して国際規制を掛けるようかびかけ、同時に核燃料サイクルを持たない国に対する燃料供給も保証するよう提案している。なお、核燃料サイクルに対する国際規制と保証を進めていく上では、日本だけでやるとの核燃料サイクル「一カ国完結主義」は考え直す必要があるだろう。第4は核軍縮についてである。G8には、米・英・ロ・仏という4つの核兵器国があり核軍縮への抵抗は強いが、NPTの成立過程において核軍縮と核不拡散が表裏関係にあることを考えれば、核軍縮についても強く打ち出すべきではないかと考える。
原子力についてのG8の立場は、核兵器保有国から、原子力廃止に向かっている国(ドイツ、イタリア)、原子力推進国(フランス、日本、ロシア)まで様々である。共通しているのは不拡散のみである。我々は、原子力問題がG8サミットの宣言あるいは首脳宣言に盛り込まれるよう、協議のためにフランス、ドイツ、米国を訪ねた。フランスは日本と立場が近く国際展開に熱心な一方で、核不拡散に寛大になりがちな点がある。脱原発政策をとるドイツは、安全性、高レベル廃棄物の処理の観点から原子力は持続可能ではないと主張しており、日本の打ち出すバランスの取れたアプローチにとって最大の障壁となっている。米国は平和利用の推進などで比較的日本と似ているが、核軍縮については米ロ間での削減努力以上のことを進めるつもりはない様子であった。ちなみに現在の大統領選では、いずれの候補も原子力問題に対する立場を明確にしていないが、概して民主党は日本の核廃棄物再処理に否定的であり、例えば2010年から検討を開始しようとしている第二再処理工場については厳しい態度で臨むだろう。民主党が政権をとった際には、原子力分野における政策対話が重要になるものと思われる。
秋山信将・一橋大学准教授:
日本の原子力や核を巡る国際環境が大きく変化しており、日本の一国主義は許容されなくなってきている。日本の原子力政策には4つの柱がある。第一は、原子力の平和利用であり、非核兵器国としては最大の民生原子力プログラムと核燃料サイクルを持っているということ。第二は、唯一の被爆国として安全保障面で非核政策を貫いていること。第三は、歴史的経緯、また近年では安全保障政策の合理性の観点から、核軍縮を推進していること。第四に、上記と矛盾するとの指摘もあるが、「核の傘」が日本の安全保障の根幹をなしているということ。突き詰めると相矛盾し両立しない価値もあるが、日本は今後も「Mission Impossible」のような4つの柱の両立作業を続けて行かなくてはならない。
平和利用、核軍縮、安全保障政策と核の関係等において、これまで許容されてきた日本のある種「独善的」な主張が困難になってきている。近年の「原子力ルネッサンス」ともいわれる原子力平和利用の見直しに対しては、「Atoms for Peace」の教訓を生かす必要があるだろう。この1953年にアイゼンハワー米大統領が行った演説により、米ソによる核の独占から各国の原子力平和利用に方針転換がなされ、原子力の平和利用が国際的に広がったが、20年後にはインドの核実験により「Atoms for Peace」路線は破綻をきたした。これは、原子力平和利用推進を優先するなかで核不拡散への配慮がおざなりになったためである。米国政策担当者は1950年代終わりに「これだけ保障措置を緩くすればインドのような国でさえ核兵器を持つことは可能であろう」と述べていた。同じことを繰り返してはならない。
この一年間で、米国は原子力平和利用を始めた複数の中東諸国(バーレーン、UAE、サウジアラビア、ヨルダン等)と二国間原子力協定を締結している。おそくらく、「Atoms for Peace」の反省に立ち、二国間で不拡散を担保しようという趣旨であろう。しかし現在は、米国だけでなくフランスやロシアも原子力を供給しており、中国のマーケット参入も予測されている。ビジネスを優先する国々と不拡散を優先する国々の間でどのようにルールを確立するかが問われるなかで、本提言では日本が率先して「3S(スリー・エス)」を国際基準にするよう呼びかけている。原子力供与の際には資金・技術協力も行うとの義務を確立することは、日本と需要国にとって、さらには不拡散というグローバルな価値にとってプラスとなり、ひいては日本の原子力供与の正統性強化にも繋がるだろう。
キッシンジャー元国務長官ら4氏が、去年と今年の2度にわたり、将来のゼロオプションも視野に入れたタイムラインを切った具体的話し合いをすすめるべきだと主張した。日本はこれまで「核の傘」を所与のものとして深く検討してこなかったが、2009年にSTART I、2013年にモスクワ条約が期限切れを迎えるなかで、米国が大幅削減に合意した場合に、米国の日本に対する拡大抑止の信憑性はどうなるのか。現在の国際環境化では、日本が自前の核兵器を保有すべきとの選択は受け入れられないだろう。米国の核と日本の安全保障政策について見直しが必要となっている。また、2010年にはNPT再検討会議が予定されているが、準備委員会では、前回の失敗を振り返すまいとの意思が感じられた。中でもイギリスを初めとする複数の核保有国が第6条(核軍縮の義務)について説明をしていることは、今後、核軍縮が米ロの二国間のみならず多国間でも進んでいくことを示唆している。核軍縮を政策として掲げる日本としては、非核国も関与する多国間での核軍縮検証作業の枠組み作りや、プルトニウムの安全管理技術の提供などで貢献できるだろう。
原子力平和利用、安全保障の双方において、日本が一国のみで対応していくことは不可能になってきている。日本が安全保障上、安全上の懸念を払拭していくことが、今後問われていくだろう。
秋元勇巳・三菱マテリアル(株)名誉顧問:
2050年までに世界の温室効果ガスの排出量を半減し、先進国では60〜80%削減するということがコンセンサスとなりつつある。これを原子力というオプションなしに達成することは難しいだろう。原子力利用の拡大にかかる懸念を払拭するために「3S(スリー・エス)」を広めていくことが大切だ。
大気中のCO2濃度は、産業革命前には280ppmであったものが、現在は360ppmにまで上昇している。今後どのレベルまで抑えるかについて、EUは今後の地球温度の上昇幅を2度以下に抑えるとの方針のもとに、現在のCO2排出を直ちに削減してゼロ排出にもちこみ、最終的には大気中CO2濃度を350ppmで安定させるという厳しい案を出している。一方、2050年までに地球温暖化ガス排出量を半減するとの目標を達成するためには、EU案ほど厳しくはないものの、いずれCO2排出量を頭打ちさせなくてはならない。様々な努力があるが、550ppmあたりで押さえ込むのが現実的というのが大方のコンセンサスである。外交の場とエネルギー関係者の議論の間にはこれだけの差がある。
日本で温室効果ガス排出量の半減を達成するためには、電力を2050年排出量の三分の一程度に削減する必要がある。このためには原子力を40%にしたり、効率を2割改善するなどの措置が必要となるだろう。
GDPとCO2排出量の関係については、CO2 = CO2/E+E/GDP+GDPという図式で表すことが出来る(CO2/E=炭素排出率、E/GDP=エネルギー消費率)。GDP増大にはエネルギーが必要であり、エネルギーが必要になるとCO2排出量が増加する。1971年から90年にかけてGDPは3.3%増加したが、この間、エネルギー消費率(E/GDP)は毎年0.8%改善し、炭素排出率(CO2/E)も毎年0.5%改善した。この結果、CO2ガスは2.0%(CO2=-0.8+(-0.5)+3.3)増加した。1990年から2002年にかけては、GDPは2.5%増加、エネルギー消費率は毎年1.1%改善し、炭素排出率も毎年0.2%改善した。この結果、CO2ガスは1.2%増加した。71年から91年にかけてCO2排出量が大きく改善(脱炭素化)したのは原子力利用が増加したためであり、91年以降エネルギー消費効率が大きく改善(省エネ化)したのは、日本などで省エネ技術が進歩し、省エネ機器が普及したためである。2050年までに温暖化ガスを半減させるためには、CO2の毎年1.4%削減が必要であり、GDP成長を現在の年率2.5%と見込むと、炭素排出率とエネルギー消費率を併せて3.9%改善する必要が生じる。以上からも半減シナリオが容易でないことがわかる。
毎年8倍のスピードでGDPが増加すると見込まれている路上国では、一人あたりGDPにおけるエネルギー消費が押さえられることが望ましい。そのためには、日本から積極的に省エネ技術を移転する必要がある。エネルギー効率は、日本を1とするとヨーロッパ1.6倍、米国2.7倍、中国9倍、ロシア15倍であり、先進国の間で日本と同じエネルギー効率にするだけで、CO2は20%削減できる。また、エネルギー収支比(EPR=得られるエネルギー÷取り出すためのエネルギー)で見ると、原子力は28.2(改善で40.6)と石炭火力の6.55、石油火力の7.9、太陽光の2.0、風力の3.9に比べて格段に効率がいい。原子力平和利用と省エネ技術で、日本はエネルギー脱炭素効率は世界一となっている。
原子力平和利用は世界のエネルギー需要が拡大する中で温暖化対策として不可欠となっているが、推進上の課題も残る。まずは原子力の必要性についての理解を向上させて、放射能・放射線への過度なアレルギーを払拭し、さらに、途上国の原子力利用の動向が注目される中で「3S(スリー・エス)」の核不拡散、核セキュリティ、原子力安全を確保することが重要である。核燃料サイクルを持つ唯一の非核兵器国として、日本は今後高まると予測される途上国等の日核兵器国による原子力平和利用の先導モデルとなり、国際的な連携を図りつつ「3S(スリー・エス)」を提唱していく必要がある。
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