JIIAフォーラム講演要旨

2008年6月4日
於:経団連ホール



「2008年米大統領選挙を読む」第5弾

「新たな秩序を求めて−ポスト・ブッシュ政権とその世界戦略」

読売国際会議2008 夏季フォーラム:
読売国際経済懇話会、日本国際問題研究所、読売新聞社共催

パネリスト:
 ミッチェル・リース ウィリアム・アンド・メアリー大学副学長
 ジェームズ・スタインバーグ      テキサス大学リンドン・ジョンソン
公共政策大学院長

 久保文明 東京大学教授
コーディネーター:
 五百旗頭真 防衛大学校長


五百旗頭真:

大統領の任期が4年2期制である米国は、少なくとも8年ごとに「革命」が起こる社会である。米国人は、常に変化を求めており、行き詰まると政権を交代させることによって新しい可能性を見出そうとする。もちろん米国は、歴史上、数多くの過ちを犯してきた。しかし、過ちは批判され、批判によって「革命」が起こる。それが制度化されている。
外交政策では、米国は引き続き、中東情勢に力を注いで行くと考えられる。しかし、東アジアの情勢はそれほど安定していない。米国の同盟国である日本や韓国は、米国との協力関係を強めることが重要である。現在の胡錦涛政権は米国との関係を重要視しているが、将来経済的な困難に直面すると、中国ではナショナリズムが台頭し、軍事力による振る舞いで世界を混乱させるかも知れない。そうならないように、日米が中国を国際社会に取り込んで行かなくてはならない。
米国のような超大国は、外国の意見によって動くことは稀である。日本にとって、米国と中国の双方と一度につきあうのは難しいが、日本にはその能力が必要である。日米同盟と日中協力を大切にすることが、日本にとって重要な課題である。今回の大統領選挙が、アジア・太平洋共同体に向けた良き転機となることが期待される。

ミッチェル・リース:

米国は国際社会では様々な問題を抱えているが、大統領選挙での国際問題の争点はイラクとなろう。共和党候補のマケイン氏は、イラクでの勝利は近いとして撤退に消極的であるが、何を勝利というのかは明確にしていない。また、民主党候補のオバマは段階的な撤退を主張しているが、米軍を撤退させても紛争は続くであろう。米軍が撤退すればアルカイダは米国を追い出したと宣伝するし、この地域における安定や米国の影響力は先行き不透明となる。両候補とも、イラク問題に関する長期ビジョンをまだ提示していないのが実情である。
また、対テロ対策も重要な問題となる。ニューヨークでの同時多発テロ以来、米国民にとって安全保障とは人間の安全保障を意味するようになった。アルカイダは再び米国を攻撃すると米国民は思っており、オバマ氏やマケイン氏はそれに対するビジョンを示さなくてはならない。争点は、テロリストを取り締まることが可能か、一定の司法制度で彼らを裁けるのか、安全のために自由をどこまで制限できるのかの三つが想定されよう。また、同時多発テロ以降、移民が抑えられる傾向にあり、ヒスパニック系移民の流入を制限することで共和党に有利となっている。
他に争点となる問題として、イランの核開発問題やテロ問題をめぐるパキスタンとの関係、中東和平プロセスが挙げられよう。また、自由貿易をめぐる争点がある。自由貿易を推進する共和党に対して、オバマ候補は保護貿易を提起している。
いずれにせよ新大統領は、就任後、米国のプレゼンスの低下に直面することになる。特に、東アジアでは相対的に米国のプレゼンスが低下し、中国は米国抜きの地域協力を進めている。新大統領は、反米の世界で米国のイメージを好転できるかが課題となろう。

ジェームズ・スタインバーグ:

今回の大統領選挙は特異である。オバマ候補もマケイン候補も現政権であるブッシュ政権の政策を引き継ごうとしない。さらに、1952年以来、現役の正・副大統領が候補として出馬しない選挙となった。また、いつもなら重要な争点となる国内政策よりも、外交政策が重要視されている。
両候補は、自らのアピールで強調する部分が異なる。マケイン候補は経験を強調する傾向が強いが、オバマ候補は変革を強調している。どちらが米国民にアピールできるかは選挙まで分からない。
さて、外交政策で重要な争点となるのはイラクであるが、両候補とも政策の選択肢に制約が多いため、具体的な政策の提示をしていない。ただ、二人の共通点として、国際法や国際機関を軽視しがちなブッシュ政権と異なり、両候補共に国際法と国際機関を尊重することを表明している。また、対テロ対策についてマケイン候補は最重要課題としているが、オバマ候補はそれに固執すると外交政策が硬直していると考えており、少し違いが見られる。貿易問題では、マケイン候補は自由貿易を支持するが、オバマは労働者保護の観点から自由貿易に慎重な態度を示している。
両候補は、外交政策の中心に民主的価値を置いており、ロシアや中国に対して懐疑的な部分があるが、武力によって民主化を押しつけることは誤りであると認識している。また、両候補は共に、地球温暖化対策で米国の責任とリーダーシップ発揮について認識している。この分野では日本との協力関係が不可欠である。

久保文明:

民主党候補選でオバマ氏が勝利したことは、黒人が大統領候補になったことで画期的である。ただし、オバマ候補は、黒人の利益代表ではなく、白人と黒人の共通問題に取り組んできた。彼の政策は民主党リベラル派のスタンダードな政策と考えられる。
民主党候補選で、オバマ氏は「できる」という非常に強いメッセージを送って人々を感動させてきた。反面、対抗馬であったクリントン氏は政策に詳しかったが、感動は与えなかった。夢を見たい人はオバマ氏、生活が大切な人はクリントン氏に投票する傾向があったと思われる。
大統領選挙でオバマ候補が勝てるかわからないが、80%の国民は米国が悪い方向に向かっていると考えており、そういう場合は与党である共和党が弱くなる傾向がある。一般的に民主党が有利といえるが、大統領選挙では個人対個人になりやすいので、まだ五分五分の状況であり、かなり接戦になると予想される。
外交政策では、オバマ候補とマケイン候補のいずれが大統領になるにしても、ブッシュ政権と異なることは間違いない。イラク政策でも大きく変わるであろう。ただし、期待値が高すぎた場合、公約を破ると急に支持率が落ちることになる。オバマ候補は通商政策で保護主義を提唱しているが、もし当選後に自由貿易主義に変われば人気が落ちるであろう。また、日本にとって重要な北朝鮮の核問題についてであるが、オバマ候補は直接の交渉を重視するが、マケイン候補は交渉を否定することがありうる。
日本の政界や経済界では、共和党政権の継続を望み、民主党政権を警戒する声があるが、それはビル・クリントン政権期における通商摩擦と中国重視の記憶に基づいている。しかし、中国に関しては民主党の中でも厳しい見方をしているものが多い。それに、共和党政権の期待に対して、日本は十分に応じられない事情がある。むしろ、多国間外交で開発援助を推進する民主党は日本にとって協力しやすい面があるといえる。

以 上