JIIAフォーラム講演要旨

2008年7月9日
於:日本国際問題研究所



「2008年米大統領選挙を読む」第6弾

「2008年米国大統領選挙と外交政策:分析と展望」


シーラ・スミス 米外交問題評議会シニア・フェロー

コメント:中山俊宏 津田塾大学准教授・当研究所客員研究員


外交問題評議会のフェローとして、またワシントンに在住するインサイダーとして、2008年のアメリカの大統領選挙は歴史的分岐点であると痛感している。オバマが大統領候補になったことはそれ自体まさに画期的といってよい。しかし、それのみならず対外政策という点から見ても2008年の大統領選挙においては大きな変化を迎えつつあるように感じる。今回の講演では、ブッシュ政権の外交政策からの決別という視点にのみで選挙を近視眼的に捉えるのではなく、長期的展望にたって眺めることが重要だという認識をもっている。そこで、まだ選挙の結果は出ていないが、今日の講演では対日政策・対アジア政策に関して、現時点まででわかる範囲のことを手がかりに今後の展望を含めた見取り図を描いてみたい。

1:選挙におけるアジア政策の位置づけ
まず、今回の選挙におけるアジア・イシューの位置づけに関して触れてみたい。まず民主党の予備選挙をみていて感じられたのは、アメリカでのアジアに関する話題の中心が中国にあったという事実である。例えば、そこで盛んに議論されていたのは対中貿易、チベット問題、地震、そしてオリンピックといったようなトピックであった。これらの問題には各候補ともに否応無しに明確な立場を示すことが求められていたことも事実である。例えばヒラリー・クリントンが早くから中国に批判的姿勢をとってきたことは好例といえよう。
次に、予備選挙の結果、マケインとオバマの両候補が選ばれたわけであるが、両候補ともに徐々にアジア政策に関する考え方を鮮明なものとしつつある。では両候補はアジア政策に関してどのような立場をとっているのだろうか。この点に関してより詳しく考える手がかりとして、共和党のアジア政策に関してマケインとリーバーマンによる記事を紹介しようと思う(参考:John McCain and Joseph Lieberman, “Renewing America’s Asia Policy”)。次に、民主党に関してはダンジグとナイによる論説を紹介したいと思う(Richard J. Danzig and Joseph Nye, “Japan Dialogue Key to U.S. Interests in Asia”)。一言でいえば、マケインの立場は「同盟国重視路線」(”Alliance First”)であり、オバマの立場は「単独主義からの決別路線」(”End of Unilateralism”)であるといえよう。

2:今後六ヶ月でおきる出来事は次期政権のアジア政策にどのような影響を及ぼすだろうか
今後半年のうちに展開が予想される問題で、将来のアジア政策に影響を与えるような要因には以下のようなものがある。

第一に北朝鮮の問題である。いうまでもなく六者協議の帰結はアメリカの今後のアジア政策形成に大きな影響を与えるであろう。今の時点では何ともいえず、性急な結論を急ぐべきではないが、六者協議の結果は全くの空振り("No Deal”)かもしれない。それとは逆に大きな成果を生むかもしれない。いずれにせよ、濃縮ウラン問題/核拡散問題/北朝鮮とシリアおよびイランの関係といった諸問題が六者協議の結果によってどのような展開をみせるのか。この問題が次期政権の政策形成に大きく影響するであろうことは疑いない。

第二に中国の問題である。中国とはアメリカにとって何者であり、われわれはそれにどのように対応するのかという問題に明確な解答を与えることは容易ではない。例えば、今現在起こっている問題を列挙するだけでもオリンピック開会式のボイコット、チベット問題、環境問題、デモといった問題があるが、これらが今後のアジア政策の趨勢に影響を与えることはいうまでもない。

第三に経済が下降局面に突入しつつあることも問題である。ガソリン高騰にみられるエネルギー問題、食糧問題、そして強いドルの問題、インフレ、住宅問題などの問題は目下アメリカ人の最大の懸案といってもよく、これらの問題が選挙に見逃しがたい影響を与えることが予想される。

第四にイラクとアフガニスタン問題がある。これも問題となるであろう。イラクの問題はあまり議論されなくなりつつあり、世論はすでに固定化している。早期撤退を第一に考えるものは概ねオバマ支持であり、撤退問題をより長期的に捉えているものはマケインを支持する傾向が強い。問題は「いつどのように」撤退するかである。

3:日米関係について
次に、日米関係の展望に関して述べようと思う。まず、現在において日本国民の間でアメリカの対日政策が変化しつつあるのではないかという懸念が高まっていることは理解している。しかし、ワシントンで働く多くの人々にとって日米関係は両国の国益にかなっており重要なものであるという揺ぎないコンセンサスが存在しており、オバマ、マケイン両陣営も当然ながら日米関係の重要性を認識している。

第二に、今後の日米関係を占う上で重要と思われるアジェンダには下記のようなものがある。
第一に、日米同盟である。日米同盟はうまく機能しており、日本の国益にもかなっているということを日本に理解してもらう方途が必要であろう。第二に、イラクおよび中東地域において日米の協力は不可欠であり、これは今後の日米関係の重要なアジェンダの一つである。第三に、米軍再編(特に沖縄問題)も重要なアジェンダであることに疑いはない。第四に、日本の国内政治の変化とその帰結という問題も重要である。例えばもし解散総選挙になった場合、その結果は日米関係にも大きな影響を与えることが予想されるからである。

4:今後あるべきアジア政策の方向性に関して
最後に日本にとどまらず、広くアジア一般に関するアメリカの政策の方向性とその展望について話したいと思う。第一に今後の米韓関係に関して言及しておきたい。現在、米国と韓国がさまざまな問題をめぐって対立し、韓米関係が岐路に立たされていることは周知のとおりである。李明博政権、およびアメリカの次期政権はこのような行き詰った関係を打開しうるのか、何らかの変化は期待できるのだろうか。米韓関係の問題は今後のアジア全体に対するアメリカの政策の方向性を占う上でも看過できない重要性を孕んだ問題である。第二に、北東アジアにおける地域安全保障の問題が挙げられる。アメリカが北東アジアにおける地域安全保障にどのように関わっていくのかということも非常に重要である。例えば、六者協議のメカニズムは北東アジアにおける地域安全保障にとってどのような意義・インパクトを有するのであろうか。よりよい代替的アイディアはあるのだろうか。あるとすれば、それはどのようなものなのか。誰が大統領になるにせよ、いずれアメリカの北東アジアにおける関与に関する新たなアイディアが生み出され、それが政策に有効に反映されていくだろう。

以 上