JIIAフォーラム講演要旨

2008年7月28日
於・霞が関ビル・プラザホール



「2008年米大統領選挙を読む」第7弾

「オバマとマケイン:インターネット戦略の比較から」


 足立正彦 住友商事総合研究所
北米担当 シニアアナリスト
 前嶋和弘 文教大学人間科学部准教授
コメント:  
 中山俊宏 津田塾大学准教授・当研究所客員研究員


【足立 正彦 氏】
「John McCainの選挙キャンペーン戦略」

ジョン・マケインについて、彼がどのような経緯で共和党の指名を獲得し、どのような選挙戦術を用いて選挙を戦おうとし、またどのような問題を抱えているのかを概観していきたい。
第一に、ジョージ・W・ブッシュは現在、支持率において歴史的低水準を記録している。共和党政権への支持率は僅か28%であり、与党は空前の低空行を余儀なくされ続けている。くわえて、参考資料にもあるように、ブッシュ政権下の現在のアメリカで現状に満足していると答えたものは僅か14%、不満であると回答したものは84%にのぼる。共和党政権への支持率はきわめて低く、アメリカ国民が現状に不満を募らせている状況を見て取れる。
第二に、イラク政策や財政赤字、そして不法移民といったイシューをめぐって共和党保守連合は「劣化」しつつあるように見受けられる。
第三に、予備選挙への参加数・政治献金額、および連邦下院議員の補欠選挙を共和党が三連敗していることなどから見て、共和党内部の「党内地盤」はきわめて低調といってよい状態にある。
第四に、ロン・ポールはイラク政策を、そしてボブ・バーは「大きな政府」批判、すなわちブッシュ政権の財政政策を批判し続けており、リバタリアンが共和党に反旗を翻した状況にある。
これら四点を総合すると、現在は共和党にきわめて不利な政治状況が現出しており、共和党内部においても党内求心力が作用しにくい状態にあるといえよう。しかし、そのような状況におかれているからこそ、逆にマケインという共和党内の「一匹狼」(Maverick)が指名獲得に成功したのである。

しかし、マケインは指名を獲得したものの、予備選挙の結果を分析するとテネシーやジョージア、アーカンソー、あるいはアラバマといった深南部でハカビーに負けており、境界南部諸州でも接戦となっている。これは「一匹狼・マケイン」が決して党内で保守派の支持を得ておらず、その基盤が脆弱性であるという事実を示すものである。では、なぜマケインはかくも党内での基盤が脆弱なのであろうか。それはマケインのこれまでの保守派に対する数々の言動が原因であると思われる。
第一にマケインはかつて保守派を「不寛容な連中」(Agents of Intolerance)とまで形容し、ブッシュ政権の減税政策や最高裁判事の任命に反対し、ステムセル研究を支持するなど、保守派の政策案に抗う姿勢を鮮明にしてきた。特にブッシュ政権およびその支持者とマケインとの間には、いまや容易に埋めがたい距離感が生じているように思われる。
第二に、マケインは保守政治行動会議(CPAC)の2007年年次総会を欠席し、政治資金規正法や移民法改正、あるいは地球温暖化防止法案では民主党議員と協力して法案を提出し、ジョン・ケリーが大統領に立候補した際には副大統領候補の一人でもあった。
このようなマケインの姿勢ゆえに彼を「民主党より」と批判する声は少なくない。ただし、マケインはベトナム戦争での従軍・捕虜性格や国防/安全保障分野での信頼性、そして何よりもその独自の政治姿勢が無党派層や穏健な民主党員からの支持獲得が見込めるという「利点」があることも確かである。しかし、現在の経済不況・景気の後退、エネルギー高騰といった経済状況の悪化が与党候補であるマケインに不利であることはいうまでもないし、共和党内の保守派は依然としてマケインを懐疑的な目で見ていることは確かである。また、マケインは高齢であり、健康不安説がささやかれているのも懸念材料の一つである。

マケインは以上のような状況のもので選挙戦を進めているが、決して順調とはいえない状況におかれている。マケインの選対本部幹部が相次いで辞任していることは日本でも報じられているし、マケインの選対本部と共和党全国委員会は意思の疎通を欠いているといわれている。しばしば、過去四ヶ月のマケインの選挙キャンペーンは「機能していない」といっても過言ではない状況にあるとまでいわれる。そのような選挙キャンペーンの苦戦と混乱を受けて7月2日、マケイン陣営はリック・デイヴィスからスティーヴ・シュミットへの大幅な権限の委譲を行い、選対本部のオペレーション刷新を企図した。すなわちシュミットが選挙キャンペーンの戦略を練り、日程調整し、メディア対応を統括し、デイヴィスは副大統領の選定と共和党全国党大会の準備に専念するという職能分担が新たに定められた。その結果、カール・ローヴの影響力が増大し、政治的手法においても共和党支持者を掘り起こすためにデータ重視の手法が導入されるなど、マケイン陣営の選挙キャンペーンに今までとは異なる変化がみられるようになった。

そのような変化しつつあるマケインの選挙キャンペーンに関して、今後最も重要になってくるのは以下の点である。
第一に、副大統領の選定条件と発表時期である。副大統領選びのシナリオは競合しており、年齢/党内保守への配慮/経済問題/接戦州への配慮/無党派重視/安全保障重視など、どの点をもっとも重視するかによって人選も変わってくる。
第二に、北京五輪や全国党大会など副大統領の発表時期も重要になってくるであろう。
第三に、民主・共和両党の接戦が予想される州でマケインがどのように民主党と競っていくのかという点も注目されるべきであろう。
第四に、マケインがどのような争点設定(安保重視か、経済重視か)を行っていくのか、無党派層にどのように対応するのか、低所得の白人労働者層にどのように対応していくのか、といった選挙戦略の今後の展開と変化についても見逃すことはできない。

総括すると、冒頭でも述べたように、戦争や経済不況、エネルギー高騰など、今回の選挙では与党共和党が不利、民主党が有利な状況が現出している。さらに世論調査、あるいは過去の一般投票数や選挙結果などのデータなどから考えても、今回の大統領選挙は接線になるのではないかと予想される。以上に述べたマケイン陣営のこれまでの選挙キャンペーンとその問題点を考慮しつつ、今後の趨勢を見守っていくべきであろう。


【前嶋 和弘 氏】
「オバマ陣営のメディア戦略:21世紀型「予備選勝利の方程式」」

かつての選挙とは大きく異なり、いまや選挙戦略の中心が「スピン」へと移りつつある。ここでいう「スピン」とはメディアを有効に利用して自陣に有利な状況を作り出して言うことであり、その専門家を「スピン・ドクター」と呼ぶこともある。実に、選挙資金の7割から8割がメディア戦略費に費やされていることからも、この「スピン」の重要性が見て取れる。

これは特に1976年選挙以降に顕著になった現象であり、現在の「予備選勝利の方程式」であるといっても過言ではない。この背景には代議員選出方法の改革が作用している。かつてのようにボス政治家が密室で候補を選ぶ時代は過去のものとなり、予備選挙を活用して選挙を戦うのが一般的なやり方となった。このように「開かれた予備選挙」の登場とともにメディアがキング・メーカーとなっていった。このような状況を受けて、フロント・ローディングで、よく早く、より多くのリソースをアイオワ、ニューハンプシャー両州に投入する選挙戦術が一般化していった。このように、選挙戦略は常に新しいタイプの候補を生み出していくといっても言い過ぎではない。

では、オバマ陣営のメディア戦略はどうだろうか。そこから何がいえるのだろうか。第一にいえることは、オバマの選挙活動の中心にあるのが、インターネットであるという興味深い事実である。オバマはマケイン(2000年)やディーン(2004年)という先駆者の活動をふまえて、「フェイスブック」などインターネットを本格的に使いこなす選挙戦術を確立したといってよい。これはオバマの選挙戦術における最大の特徴であるといってもよい。このことをさして、「初めての21世紀型選挙戦略(the First 21st-century Campaign)」(National Journal 4月1日号など)などといわれることがある。まさにオバマの最大の特徴に一つは「ネットワーク化された選挙戦」を巧みに戦っているという一言に尽きるのである。

オバマの選挙を観察していると、そこから「21世紀型「予備選勝利の方程式」」とでもいうべきものが浮かび上がってくる。
第一に、有権者・支持者とのインターフェイスを提供する公式サイトを拡充することが選挙を勝利するにあたって重要である。そこで資金集め、選挙ボランティア募集、スタッフ募集、選挙スポット、投票呼びかけなどを有効に行った候補者が勝利を収めていくであろう。
第二に、候補者本人による「公式サイト」以外にも派生的に次々と生まれる「ネット勝手連」とその効果的活用が選挙勝利の鍵を握っている。すなわち、ユーチューブ、マイスペース、フェイスブック、政治ブログなど、多極化する参加型選挙メディアとそれぞれの相乗効果をいかにうまく活用していくかということが今後の選挙における勝敗の鍵を握るであろう。
第三に、インターネットに精通した専門家を選対本部に雇い入れ、高度なデータマイニングによる潜在的支持者の割り出しなど、集票・支持者の掘り起こしに活用することが重要である。
第四に、今回アイオワでの勝利に代表される党員集会での強さに示されているように、選挙動員はネットを通じて社会運動化している。そこでは選挙運動組織はトップダウンからネットを通じてボトムアップへと変革しており、さらに政治に対する熱意も知識もある層へのアウトリーチにより、潜在的に大量の動員が可能となっている。
第五に、オンライン献金に関しても、広い層からの小額の献金が可能であり、それを束ねる草の根版「バンドラー」の存在と役目が重要になってこよう。オバマが今回の選挙で公的助成の辞退したことは大きなニュースになったが、ネットを通じた以上のような献金が新しい「公的資金」となる可能性を秘めている。
第六に、伝統的な選挙運動との相乗効果に関しても、インターネットでのスピンがテレビなどの伝統的なメディア戦略にも波及しており、これは意外な波及効果を生んでいくことも予想される。例えば、オバマはヨーロッパ諸国を歴訪し、対外経験の無さを補うとともに、女性票開拓を目指してヒラリーへの支援も行っている。これは世論調査に対応したイメージ作りの好例であるといえるだろう。

最後に、いくつか展望を述べておきたい。以上に様なオバマのネット選挙戦術は今後の選挙戦の雛形となるものであろうか。すでにヒラリーやマケイン陣営もオバマの戦術を模倣しはじめている。このような新たな選挙戦術をいち早く取り入れ、「改革者」となるもののみが成功するといってよいのであろうか。いずれにせよ、選挙戦術の刷新が新たな候補を形作っていくことだけは確実にいえる。また、このような新しい選挙戦術には陥穽も存在することを忘れてはいけない。アメリカの公明な政治学者セオドア・ロウィはメディアを通じて有権者は候補者に親近感を抱くが、候補者が当選すると距離を感じ始めるという現象を「パーソナル・プレジデンシーの欺瞞」と呼んだ。インターネット技術の発達と新たな選挙戦術のもとではこのような欺瞞を超えることができるのだろうか。

以 上