JIIAフォーラム講演要旨

2008年8月28日
於:ホテルオークラ


ハッサン・ウィラユダ インドネシア外務大臣

「日本・インドネシアの50年:
地域・国際社会における二国間関係」

私は訪日する度に、東アジアの将来について新たな発見をする。今年は日本とインドネシアが国交を樹立して50年目の記念の年でもある。両国が東アジアの地域統合のために何ができるのかを皆様と一緒に考えたい。

日本は半世紀に渡ってインドネシアの最も緊密かつ重要なパートナーであり続けてきた。日本からの投資が東アジアの経済成長を牽引してきたのであり、インドネシアもその例外ではない。投資やODAを通して日本はインドネシアの経済・社会発展に深く関与し、二国間貿易は一貫して成長を続けてきた。また、日本はインドネシアが民主的体制に移行するための支援も行ってきてくれた。2004年の一連の選挙においては、20名の選挙監視団および技術専門家を派遣し、スマトラ沖地震の際には真っ先に救援に駆けつけ、現在も引き続き破壊されたコミュニティーの再建のために貢献してくれている。これらは、まさに最も純粋な形の友情といえるだろう。

2006年に署名された「平和で繁栄する未来に向けての戦略的パートナーシップ」と題する共同声明により、日本とインドネシアの協力関係はさらに包括的なものに高められた。二国間関係を肉付けするものとして、最近では経済連携協定(EPA)も結ばれ、両国間の貿易、投資、経済開発における関係が一層強化されるものと期待される。この二国間関係を特別なものにしているのは、負の遺産がないということだ。つまり日本とインドネシアは戦後初期に和解を果たし、共に未来に向かって前進することが出来たために、歴史の浮き沈みにとらわれることがなかった。

一方で、世界を見渡してみると、非伝統的な安全保障上の脅威が伝統的脅威と結びつく変化が見られる。我々は、大量破壊兵器拡散の脅威に注視すると共に国家間の武力衝突の可能性にも目をみはり、さらに伝染病の発生や自然災害、地球温暖化、世界金融システムへの打撃、原油価格の高騰といった事態にも気を配らねばならない。世界第二の経済大国であり政治的にも安定している日本は、これらの問題の解決に貢献できよう。一方で我々ASEAN諸国の経済成長には陰りがみられる。2007年には6.5%であった平均経済成長率は2008年には5.0%に減速すると予測されており、ベトナムは年率2.9%のインフレに苦しんでいる。そして、こうした経済の失速にはマレーシアやタイなどにおける政治不安が関係している。しかし、ASEANには危機に対応した経験がある。10年前の金融危機はインドネシアとタイに大きな政治的影響をもたらしたが、ASEAN諸国は内向きになるのではなく経済統合によって乗り切った。その後ASEANは、「ASEAN+3」といわれる中国、日本、韓国との連携を深め、現在では経済、政治、社会文化の3つの柱に立つ真の共同体として、またASEAN憲章の採択によるルールベースの共同体として変貌しつつある。日本などの域外協力国の支援を得て、ASEANは以前にも増して危機に対応できる力をつけている。

インドネシアは、こうした原油高や食糧危機といった世界的状況の中で健闘してきた。2年前の燃料への補助金撤廃により引き起こされた社会的緊張は、最貧層への直接の金融支援など、時間をかけた措置により緩和することが出来た。また、インドネシアは国内のエネルギー需要をまかない、農産品の輸出等も増加している。分離独立をめぐり30年間対立が続いたアチェにおいて和平に向けた暫定合意が達成され、パプアでも住民協議会が結成されるなど、政治的成熟度も増している。イスラム系政党も中道化しており、世界最大のイスラム国家としてイスラムと民主主義の共存が可能であることも示している。インドネシアの現在の課題は、民主主義をさらに強固にし、国民に安定と繁栄をもたらすことである。

インドネシアは経済の安定と民主主義の強化により、また、変貌をとげたASEANのダイナミズムを通して、東アジア全体の繁栄に貢献したいと考えている。ASEANは、2015年までに安全保障、経済、社会文化の3本柱にたった統合を完成させるというプロセスの最終段階にある。また、ASEAN憲章が発効すれば、ASEANに法的人格が与えられることになり、組織的、制度的に共同体が強化されるだろう。ASEANでは当初、安全保障問題は議論しないとの了解があったが、1994年にはASEAN地域フォーラム(ARF)が発足し、現在では信頼醸成と予防外交を超えたより具体的な措置の検討が進んでいる。これには、マラッカ海峡の安全保障、非伝統的安全保障への対応、防災などが含まれる。

「ASEAN+3」は加速し、2004年には東アジアサミット構想が立ち上げられた。これはASEANが域外国との関係強化を通して、東アジアの概念の再定義したものである。東アジアは民族、文化的に多様だが、目的と価値の共有によって結びついている。ASEANはこの東アジア協力の運転席を占めるものとして中心的な役割を担っている。ASEANは域外対話国6カ国と自由貿易協定の交渉を行っており、2015年までには東アジア自由貿易圏の確立に繋がるかもしれない。

ASEANは人口にして5億6千万人。これに中国、日本、韓国を加えた東アジア全体では20億人となり、世界の全人口の3分の1近くにあたる。ASEAN全体のGDPは約1兆ドルで、これに中国、日本、韓国を加えた東アジア全体では9兆ドルとなる。東アジア経済を牽引しているのは中国であり、また、同国の軍事予算の増大を鑑みると、中国を地域統合の対話に取り込んでいくことが極めて重要になる。

日本も世界第二の経済大国として、引き続き東アジアの安定に中心的な役割を果たしていくことになるだろう。日本が平和主義憲法の再検討を行っていることは、米軍の世界的再編の流れのなかで理解できることである。しかし、私は日本が中国と軍備競争を行うことは望んでいない。日本には自信を深める中国と建設的な関係を築いていってもらいたい。ASEANとの関係深化においては、戦略的な東南アジアの海上交通路の確保など地域安全保障の分野で貢献できるだろう。

東アジアでは、ASEANがこれまでに築いてきた経済を中心としたネットワークを基に、政治的一体性を求める動きが図られている。これには各国の協調が必要だ。政治的一体性が達成されることは東アジア共同体への歴史的な加速となり、これを基に、長期の安全保障、安定、繁栄が図られることになるだろう。そうすれば、我々が行っている作業が東アジアの境界を越えて世界にポジティブな影響を与え、人類の将来に貢献するものだと確信することができるだろう。

以 上