JIIAフォーラム講演要旨

2008年9月29日
於:霞ヶ関ビル33階「望星の間」



「2008年米大統領選挙を読む」第9弾

「共和党・民主党の全国党大会を振り返って」


 中林美恵子 跡見学園女子大学
 マネジメント学部 准教授
 渡辺将人 ジョージワシントン大学
ガストン・シグール・センター客員研究員
コメント:  
 中山俊宏 津田塾大学准教授・当研究所客員研究員



【はじめに】

 2008年米国大統領選挙が佳境に入った。特に両党の全国党大会以降、副大統領候補に対する報道が目立って増え、リーマンブラザーズの破綻に端を発する金融危機が大統領選挙にも大きな影響を与えている。このような状況を鑑みて、今回のフォーラムにおいては中林美恵子先生と渡辺将人先生をお招きして両党の全国党大会をそれぞれ振り返っていただき、正副大統領候補や両党の現状、あるいは浮き彫りになった様々な課題などについてお話いただいた。講演の内容は以下のとおりである。


【中林先生の発表内容】

                    「本選挙を展望する:党大会後の共和党」
予備選挙、全国党大会、そして9月26日の大統領候補討論会を経て大統領選挙はかなり熱を帯びた状況になってきている。特に最近になって起こった金融危機は大統領選挙のあり方に大きく影響を与えており、大統領討論会でも40分近い時間が外交安保上の争点ではなく金融危機への対応に割かれてしまった。いったい大統領選挙は今後どのような展開を迎えていくのだろうか。選挙の全体像を視野に入れつつ、マケインと共和党陣営に関する分析を行っていきたい。

支持率の推移
まずブッシュ大統領の支持率をみてみたい。数値をさまざまに検証していくと支持率は概ね20%後半から30%前後で推移しており、不支持率は概ね66〜68%ほどである。この数値からもわかるように、現状に対する不満が共和党の現職大統領に対する不支持となって数値に反映されている。これを受けてマケインは圧倒的に不利といわれる状況にあったが、ペイリンの指名で支持率が急上昇し、その後は再び若干下降している(9月28日現在でオバマ支持47.9%、マケイン支持43.1%)。選挙区ごと、地域ごとの支持率はまた異なっていると思われるが、共和党をとりまく全体的ムードを把握するのには有益な数値であろう。

重要な争点
次に、選挙で最も重要な政策問題は何であろうか。ヒラリーが注目を集めていた時点では健康保険がイシューとして注目された時期もあった。しかし景気が急激に悪化し始めた今年の頭から経済問題が重要視されはじめ、9月27日現在で53%が経済を最重要な政策課題であると答えている。このためマケインも経済政策を重視せざるを得ない状況になっている。マケインの経済政策に注目すると、彼は共和党のドグマともいえる「小さな政府」を信奉しており、雇用を創出するセクターに十分な減税を行って人々の雇用創出に務めるべきであるとするトリクル・ダウン政策を提唱している。またブッシュ減税の恒久化や法人税減税を打ち出していることも特徴的である。またマケイン陣営で経済政策を担当していたフィル・グラムが「不況は心理的要因によるものである」とする発言を行ったために更迭され、現在はダグラス・ホルツィーキンが替わって経済政策の中心的役割を担っている。

経済政策以外でマケイン陣営に注目するべき政策にはどのようなものがあるだろうか。エネルギー・環境分野ではマケインは環境保護派から油田開発賛成の環境規制撤廃派へとシフトした。また医療分野では市場メカニズムを活用した医療保険改革を提唱しており、政府の役割をなるべく小さなものにとどめようと考えている。外交安保分野では現実主義外交を主張して「強いアメリカ」を第一に掲げており、イランや北朝鮮との無条件交渉を主張するオバマには厳しく批判的である。また民主主義国家間の連携を重視するマケインは価値外交を推進しようともしている。くわえてグルジア問題の際の言動から伺われるようにロシアに対しては厳しい姿勢で臨んでおり、G8から外すように主張している。イラク・アフガン問題では増派の成功を主張している一方で捕虜への虐待・拷問には一貫して反対しており、戦争遂行方法に関してもブッシュとは対立的である。さらにいえば、国際貿易に関しては自由貿易を主張しており、FTAで相手国労働環境への干渉を控えるようにも主張している。

大統領討論会について
次に9月26日に行われた第一回大統領討論会の結果について述べたい。世論調査の結果から見ればオバマがマケインに勝っているように見受けられるが、CBSの調査では37%もの人が引き分けと回答した結果が出ており、両者を五分とする見方もある。討論会にはさほど目新しい何かがあったわけではないし、政策的にもこれまでの主張と何ら変わるところはなく、失言や失敗もなかったように思われた。ただし、共和党内部にはこれを「大成功」ととらえ、評価する声もある。イシューごとに見ていくとさらに興味深い結果が浮かんでくる。CNNの調査によればグローバルな政策課題では両者五分、イラク問題ではオバマ52%・マケイン47%、経済問題ではオバマ58%・マケイン37%という結果が出ている。

ここからもわかるようにマケインは経済の側面で大きく水をあけられている。また男性ではマケイン支持の傾向が高く、女性ではオバマ支持の傾向が高いという面白い結果も出ている。ヒラリー効果で女性票がマケインに流れるという予測もあるが、この調査結果を見る限り、女性票がそう単純にマケインに流れるというわけではなさそうである。さらにABCの調査を合わせて考えると経済政策ではオバマ、予期せぬ危機への対応という点ではマケインを支持する声が強いようである。この点から考えても、今後の経済情勢いかんで大統領選挙の行方が大きく推移する可能性が高いといえる。それでも、今回の討論会では、金融危機に対処するための自身の財政運営と政策の変更可能性について、何ら触れられないままに終わった。

マケインの抱えるリスク
次に、現在マケインが抱えているリスクを分析していきたい。
第一にサラ・ペイリンがマケインにとって最大のリスクとなっている。ペイリンは指名直後こそ支持率を上げる効果をもったものの、いざ表舞台に立つとなるとどうなのだろうか。この間、ようやく3回目のTVインタヴューを終えたペイリンであるが、共和党内からの反応は芳しくない。Kathleen Parker, Bernard Goldberg, Bill Kristolといった保守派のアナリストやジャーナリストはいっせいにペイリンに批判的な目をむけ、マケイン陣営の選挙戦略そのものに疑義を呈する向きもある。このような重圧の中で行われる10月2日の副大統領候補討論会を果たして本当にペイリンは切り抜けられるのであろうか。マケインにとって「起死回生」ともいえるペイリン起用であったが、それは同時にマケインにとっての大きなリスクともなってしまっている。
第二に、側近であるRick Davisのファニーメイ社からの収賄スキャンダルともあいまって、経済・金融分野でマケインがどれほど信頼を勝ち取れるかも大きなリスクである。
第三に、ブッシュ政権の不人気はいまだに続いており、同じ共和党所属のマケインがその余波から逃れるのはそう簡単ではない。
第四に、最後に年齢も大きなリスクとなってきている。統計的に見た場合、1996年のボブ・ドールに比べればマケインの年齢問題は重要ではないと考えられてきた。しかし、討論会でオバマとならぶとどうしても年齢が際立ってしまうことも確かである。

今後の展望
今後の展望に関していえば、結局のところ選挙の結果がどうなるのかは世の中がどのように変化し、それに大統領候補者がどのように対応していけるかにかかっていると考えられる。
その点に関して、両陣営のスピーチ・プライス・タグを分析してわかることであるが、金融危機の発生以降は両者とも様々な形での景気対策を公言している。これは70兆円ともいわれる巨額の出費につながることはいうまでもない。これを捻出するために出費を切り詰める必要があるなかで果たして歳出増加につながる他の経済政策、教育、エネルギー、健康保険、国土安全保障、退役軍人といった政策はどうなるのだろうか。これらの諸政策への出費はNTUFの計算に依拠すればマケインで総額92兆円、オバマでは総額292兆円にものぼるが、果たして本当に金融危機対策とこれらを両立できるのであろうか。金融危機に直面し、約75兆ドルもの政府資金の供給を検討している現在、政策とそれにかかわる歳出の優先順位や規模の変更は、当然なされるべきものである。それをどこまで正直に表明することができるのか。

くわえて、危機的状況を受けてマケインは就任100日以内の①全中央省庁の支出・役割の再点検と必要に応じた省庁の閉鎖、②金融危機につながるような政治行政改革の断行、③ウォール街の規制、④民主党からの閣僚起用、⑤外交での政策革新といった「変革」を公約に掲げて危機を脱しようとしている。これら公約は有権者をひきつけるものとなりうるのであろうか。全米で8%の有権者はいまだマケインとオバマのどちらに投票するのか決めていない。このような無党派層は激戦州といわれる6州における60人の選挙人を左右し、ひいては大統領選挙の結果を左右することが予想される。しかし、目下のところ選挙勢力図から見ても共和党は不利であることは否めず、選挙資金でもマケインはオバマに劣っている。マケインが選挙を勝ち抜けるかどうか、あまり楽観はできないのではないだろうか。


【渡辺先生の発表内容】

                                     「党大会後の民主党」
党大会を中心に民主党内部の全体的雰囲気についての分析を行う。まず、マケインが選挙の行方を楽観視していないことはよく知られているが、オバマ側はオバマ側で、「せめて10%以上マケインをリードしていないと選挙結果に関して決して楽観できないのではないか」という厳しい現実認識も存在する。オバマは人種的にみても特殊な候補であるし、若干のリード程度では接戦が予測される選挙を勝利できないと危惧する声が強くある。

民主党大会に参加して
デンバーの民主党大会に参加して思ったことは、オバマ陣営は自らを印象付ける場として党大会をかなり積極的に捉えていたということである。オバマは党大会を利用してかなりの注目を集めることに成功したが、その直後のサラ・ペイリンの副大統領指名でインパクトが薄まった印象がある。民主党側の予測の中には「マケインはジョー・リーバーマンを指名し超党派で戦いを仕掛けてくるのでは」というものもあったが、蓋を開けてみると無名のペイリンが指名された。ペイリンの印象は鮮烈で、9月の報道はまさにペイリン一色であった。これによって党大会で弾みをつけて本選挙になだれ込むというオバマのもくろみは出鼻を崩されたかのように思われた。

党大会でのオバマの目標の一つはヒラリー支持者とどのように折り合いをつけていくかという点にあった。そもそもオバマにとって予備選挙での最大の目標は反ヒラリーで民主党内のリベラル派を結束させることにあったため、両者間の不和はある意味では当たり前である。そこでオバマは党大会の二日目にヒラリーを際立たせるなどして、ヒラリーを支持するブルーカラー、ユダヤ系、そしてヒスパニックとの融合に努めてきた。ヒラリー陣営との融合を図るという意味において、党大会は成功であったといってよいであろう。

副大統領について
また副大統領候補問題に関して述べると、オバマがバイデンを選んだのは外交経験の豊富さのほか、「女性への暴力に関する法」( Violence Against Women Act)の超党派の推進者であったバイデンを選ぶことで女性層にアピールするという意図、さらにカトリックでブルーカラー出身のバイデンを選ぶことでブルーカラーを取り込むという意図も作用していた。バイデンは政治経験の豊富で議論が巧みな人物ではあるが、副大統領討論会でどのような形で議論を展開するのか今の時点ではまだわからない。オバマ陣営はバイデンが行き過ぎず、かつ有効にペイリンを制していけるようにコントロールせねばならないが、両者の連携は上手くいっていないとする見方もある。

民主党の中にペイリンの共和党副大統領選出を予想していたものはほとんどいない。宗教右派的な色彩を強く有するペイリンであるが、彼女が女性であるからという理由だけで人工妊娠中絶などでリベラルな姿勢をとるヒラリー支持層がペイリン側に流れることはあまりないと民主党は見ている。しかし、無党派層の女性有権者はペイリン側に流れていく可能性があるだろう。さらにペイリンはオバマのコミュニティ・オーガナイザーとしての独特の経歴などを効果的に攻撃しているが、オバマ側は有効な形で反論ができていないばかりか、ペイリンへの反論で時間を無駄に費やしている状況である。

メディア戦術の変容
オバマのメディア戦略の面からいえば、陣営が作成した政治広告をメディアがニュースとしてとりあげて放送するという新しい形での広告活動が行われるようになっている。くわえて従来までの政治活動のように集票活動ではなく、ソーシャル・ネットワーキングを活用した形での新しい集票も行われている。こうした集票は予備選挙の段階では若年層の投票率獲得が重要であったため効果的であったが、本選挙では若年層よりも郊外の中年女性、ブルーカラー、エスニック集団などが重要になってくるため、予備選ほどの効果がないのではないかとする内部批判がある。

今後の展望
最後に人種イシューに関して述べたい。様々なイシューと並んで、人種をめぐる問題が選挙を左右するイシューになる可能性もあるが、人種をめぐる観念は複雑で、世論調査には表面化しにくい。それゆえに人種にどれほど票が左右されるかということはかなりの程度未知数である。脱人種候補といわれているオバマではあるが、最終的には人種ファクターに悩まされる可能性もあるであろう。

以 上