JIIAフォーラム講演要旨

2008年9月30日
於:日本国際問題研究所


ムタイア・アラガッパ
東西センター・ワシントン事務所特任上級研究員

「21世紀のアジアの安全保障と核兵器」

私は、過去3年の間、アジア太平洋地域主要国の核政策と地域安全保障における核兵器の役割を明らかにすることを目的とした研究プロジェクトを実施してきたが、今日はその研究の成果を基に話を進めていきたい。私は、それら研究成果からは、主に11の命題を導き出した。

第一に、核兵器は、各国の安全保障戦略の中で非常に大きな役割を果たしている。元来、核兵器は通常兵器の「付属物」であるという見方がされてきた。しかし、核兵器は、危機への対処法や紛争における軍事オプション、通常兵器の使用方法にも影響を与えている。また、核兵器は確かな脅威に直面する国家にとって国家の安全を保障する究極の兵器であるといえる。

第二に、核兵器の主な役割は抑止(他国からの大規模侵攻を未然に防ぐ)である。攻撃・防御兵器としての核兵器の意義は微々たるものである。核兵器は、急激に変化する安全保障環境の中で、国家が自国の安全保障や戦略的自主性を確保することに貢献している。

第三に、抑止力の確保が核兵器配備の最大の理由であることは核保有国の間で共通しているが、抑止戦略は多岐に渡っている。例えば、低レベルの核運用能力しか持つことのできない国家は最小抑止戦力を、多くの核弾頭を保持することができる国家は最大抑止戦略をとる傾向がある。

第四に、深刻な対立が存在せず、比較的低レベルの核兵器しか存在しないアジアでは、核抑止戦略は特定の脅威を定めない曖昧性を伴っている。

第五に、「拡大抑止」という概念は、冷戦終結後も、アジアにおける米国の同盟国の安全保障戦略の中で重要な位置を占めている。しかし、「拡大抑止」は、基本的に象徴的・心理的なものであり、主に同盟国が独自に核武装することを防ぐために作られた概念であるといえる。

第六に、核兵器は、強大な通常兵器を持たない弱小国にも一定の抑止力を与えることができるが、その国の国力を大幅に増加させたり、国家間の友好・敵対関係に大きな変化をもたらすことはできない。例えば、核兵器を保持したからといって、北朝鮮やパキスタンが大国とみなさえるわけではない。また、パキスタンが核兵器を装備したからといって、パキスタンと中国の友好関係が崩れるわけではない。

第七に、核兵器は国家の抑止力を大幅に高めることができるため、防衛・抑止力を高めるために他国と軍事同盟を結ぶという行為の意義を大幅に低下させる。しかし、だからといって核を持った国が軍事同盟を結ばなくなるというわけではない。例えば、非核保有国が拡大抑止を求めて核保有国との軍事同盟を求める場合もある。

第八に、核兵器は、紛争解決に貢献するものではない。核戦争の恐怖が、紛争解決に軍事力を使用したいという当事国の誘惑を押しとどめることもある。しかし、紛争解決がうまくいくかどうかは、結局のところ当事国の政治的意志によるものであり、核兵器の存在がそれに直接的な影響を及ぼすことはない。

第九に、核兵器は、大規模戦争の防止や地域秩序の維持、抑止概念の拡散、紛争解決における軍事的手段の意義の低下を促進することによって、アジア地域の平和と安定に貢献している。

第十に、アジア地域は、「新たな核秩序」の構築に迫られている。冷戦期に作られた核秩序は、新たな核保有国や核の拡散問題が存在する現在のアジアに適しているとはいえない。

最後に、安全保障や軍縮を専門とする研究者は、地域安全保障における核兵器の新しい役割を明らかにするためにより一層の努力をするべきである。また、核保有国が対話を通じて核兵器の役割に関してアイデアを共有することは、地域秩序の安定につながっていくだろう。

以 上