JIIAフォーラム講演要旨

2008年10月16日
於:ホテルオークラ

「イスラームとの共生―課題と展望」

ムハンマド・フアド・アブドッラー マレーシア・イスラーム理解研究所理事
ヤシャル・ヤクシュ 元トルコ外相
エンジェル・ラバサ 米国ランド研究所上席政策アナリスト
中西久枝 名古屋大学教授
コーディネーター
内藤正典 一橋大学教授

内藤正典:
10月15〜16日に日本国際問題研究所において、マレーシア・イスラーム理解研究所の協力の下で、イスラーム理解という根源的な問いに基づいて国際会議「アジアとイスラーム」が開催された。このパネル・ディスカッションその会議の延長線上に位置付けられる。

しば言われるように、イスラームは「タウヒード(神の唯一性)」という言葉にも見られるように、統一性も重んじている。その一方で、東南アジアや中東など様々な地域に広がっているイスラームは同時に多様性にも富んでいる。本日は、マレーシア、トルコ、米国、日本という4ヶ国からパネリストにお越しいただいている。このパネルでは、パネリストにそれぞれの専門地域の今の状況について、政治・経済・国際関係で焦点となる点についてお話をいただく。

最初にマレーシアのアブドッラー氏に、イスラーム金融を中心にマレーシアの現況についてお話しいただく。


ムハンマド・フアド・アブドッラー:
私からは、第一にマレーシアにおけるムスリムと非ムスリムの共存について、第二にイスラーム金融の発展について話をしたい。宗教としてのイスラームは普遍的な宗教といわれている。

まず、第一の点について、イスラームに関して重要なのは、宗教としてのイスラームは普遍的な価値体系・教義を有し、基本的・原則的な枠組みはひとつであるということだ。そして、一方、さまざまな文化に受容される中でイスラームは文化・生活慣習に応じた実践形態を取っているということだ。ある国民がイスラームを選択するとき、宗教としてのイスラームの大きな枠組みの中で、歴史的・文化的な差異を伴ってイスラームの実践がなされる。マレーシアでは、交易や学術交流を通じてイスラームがもたらされた。商人や学者によって平和的にもたらされたのである。英国植民地期に、中国系・インド系の住民がやってきたが、寛容の精神を持って共存を図ってきた。独立に際しても、非ムスリムにも対等な市民権付与し、信仰の自由を憲法で定めることにより、平和的かつ寛容な共存に努めてきた。

第二のイスラーム金融について、マレーシアはこの分野の先端を走っているとしばしば言われる。イスラーム政治をめぐっては各地で様々な差異がみられるが、イスラーム金融に関してはそれほど大きな差異は見られない。イスラーム金融の重要な基本原則は、利子の禁止である。これは、取引の平等性・公平性を担保し、貸し手と借り手の間でリスクと利益を共有することに現われている。イスラーム金融には様々な形態があるが、この基本原則に従って全ての取引はなされている。マレーシアでは中央銀行のシャリーア(イスラーム法)委員会がイスラーム的に合法か違法かの判断・指針を示し、調整機能を果たしている。


内藤:
ヤクシュ氏はトルコ与党の公正発展党の重鎮であるが、2002年にトルコがEU加盟交渉を始めた時期に外相を務められ、現在もトルコ国会EU委員長を務めている。ヤクシュ氏には、西洋とイスラーム世界をつなぐ位置にあるトルコの現状と将来的展望についてお話しいただく。


ヤシャル・ヤクシュ:
トルコの欧米とイスラーム世界をつなぐ役割について、イスラームとの共存を念頭に考えたい。まず、共存について考える場合、一つの国家に複数の宗教共同体が存在する際にすべての宗教が平和裏に共存できるか否亜が重要である。

私の所属するトルコ与党公正発展党(AKP)は、元々はイスラーム政党がその起源である。起源となった政党は憲法の定める世俗主義に反したため、解散処分となった。その際、旧党内の保守派・改革派2つのグループが、それぞれ新しい政党を形成した。私の所属するAKPは後者のグループが結成したもので、現大統領もその一員である。欧米の一部にはAKPをイスラーム政党だとする声もあるが、我々はその認識を改めさせようとしている。たとえば、党綱領からは宗教的色合いを拭い去り、憲法に従って非宗教的側面を強調した。そして、結党に際して我々は世論調査を行い、国民の声を反映させた。これは、ムスリム以外のキリスト教徒などにも理解してもらえる内容である。

そして、AKPはEU加盟を重要公約として掲げた。その理由は次の諸点を実現できると考えたからである。①EUの枠内での普遍的な価値の実現、②統治の強化、③国民の権利と自湯の擁護、④民主主義の円滑的機能、⑤市場経済の透明性確保と汚職・腐敗の抑制。そして我々はEU加盟のために必要な国内改革に努めている。EU内部にはトルコ加盟に否定的な見解もあるが、トルコは常に短期的ではなく長期的な視座に立ち、国内の秩序・体制がEUの要求に合致するように改革を続けるつもりである。

トルコが世俗主義を採用した背景には、大昔から多数の宗教が国内に存在したという歴史のためである。トルコは非宗教的な世俗主義を国家体制に採用することによって、ムスリム・非ムスリムに平等な機会の付与を実現した。我が国はこのような歴史を辿ってきたが、長所も短所もある。共存のために最も重要なのは、お互いに学び合うことであろう。


内藤:
東南アジア専門家のラバサ氏には、米国人研究者から見た東南アジアのイスラーム、アフガニスタンなども視野に入れて米国の対イスラーム世界政策についてうかがう。


エンジェル・ラバサ:
米国が東南アジアに関して最も関心をいただいているのは、第一に民主化の進展、第二に地域の安定である。米国の関心からいくつかの論点を考えたい。

まず、東南アジアにおける民主化であるが、米国の民主化促進政策はこの地域においては概ね成功を収めているといえよう。90年代の経済危機のもたらした混乱を克服した東南アジアは、インドネシアで自由な大統領選挙が実施されるなど、民主化の進展を指摘できる。また、アチェなど各地における紛争もこの流れの中で沈静化してきた。

テロとの戦いについても、東南アジアでは進展が見られる。米国にとっては、テロとの戦いが一定の成功を収めた地域といえ、他地域にとってのヒントとなりえよう。例えば、ジェマ・イスラミヤ(JI)は基本的に敗北を喫している。各国当局がJI潰しに努めただけではなく、」JIが地元住民やイスラーム法学者の支持を得られなくなったことが重要な要因である。サウジアラビアやアルジェリアでは、アル・カーイダはローカルな反政府勢力を自らのグローバルな争点に取り込むことで成長したが、東南アジアでは失敗している。一方で、過激主義は全て根絶されたわけではないので、今後も注意が必要であろう。

また、フィリピン南部やタイ南部などにおける内部反乱が残っているが、これらは決して宗教的な運動ではなく、民族的・政治社会的なものである。宗教的なレトリックを使用する場合もあるが、当事者は宗教紛争になることを避けてもいる。米国、日本、マレーシアなど関係国が平和的解決に努力しているが、安定化を実現し、経済発展をもたらすことにより、さらなる安定が期待できよう。

最後に米国の新政権について、基本的な戦略については現政権とそれほど変化はないであろう。特に安定している東南アジアについては、現状通りと思われる。イラクについては、アル・カーイダが基本的に敗北した現在、治安が安定すれば、米軍の撤退も進むであろう。それにより、米国とイスラーム世界の摩擦の要因が一つ減じるかもしれない。アフガニスタンについては、タリバンの復活もあり、次期政権にとっても予断の許さない状況にある。


内藤:
 イランからアフガニスタンが専門の中西氏には、米国とイランの関係についてお話をいただく。


中西久枝:
 米国とイランの関係について述べたい。イランはイラクとアフガニスタンの間にあり、この位置取りが米国とイランの関係にも影響を及ぼしている。11月の大統領選挙後の米国の中東政策はほぼ変わらないだろうとラバサ氏は述べたが、私も同じ意見である。また、来年のイラン大統領選挙でも、私は現時点では保守派が勝利するであろうと見ている。それでは、米国とイランの関係を規定する障害は何であろうか。両国間には様々な歴史的問題があるが、今日の二国間関係に影響を及ぼしているのはむしろ第一にイラクの治安問題、第二に核問題、であろう。

第一のイラク問題に関して、昨今、両国間では話し合いが度々もたれた。イランもイラクの治安に対して努力を払うことを明らかにし、実際にイラクの治安は改善している。さらに、アフガニスタン情勢も両国間関係に影響を及ぼしている。イランはソ連のアフガン侵攻以来、多数のアフガン難民を抱えてきた歴史もあり、同国にとってアフガニスタン情勢の行方は重要な問題である。アフガニスタンに展開するNATO軍の今後についても、いつまで駐留を続けるのかを巡りNATO内部で意見が対立していると報じられている。日本にとっても、対イラン政策をどのように取るのか、米国との協力の下でいかなる対アフガニスタン政策を取るのかは、重要な問題である。

第二の核問題について、イランは「平和利用のための核開発の権利」を主張しているとされるが、実際に同国が一貫して主張しているのは「ウラン濃縮をする権利」であるという点である。イランは核問題をIAEAとの間の問題と見ており、透明性を求める12項目をクリアすれば、問題は解説すると考えている。一方、米国やイスラエルは、イランが核兵器を持つ可能性の有無を問題としており、これを巡って様々な憶測が飛び交っている。イランと米国の間の見解のすれ違いは今後も続くであろうと思われる。

最後に、経済制裁のイランへの影響であるが、人々の生活に影響を与えるレベルにはまだ達していない。イランがグローバル経済から隔離されているという特異性ゆえ、その効果は限定的であると思われる。

以 上