JIIAフォーラム講演要旨

2008年10月31日
於:霞ヶ関ビル・プラザホール



「2008年米大統領選挙を読む」第10弾

「本選挙直前のアメリカ」


 阿川尚之 慶應義塾大学総合政策学部長・教授
 久保文明  東京大学法学部教授
コメント:  
 中山俊宏 津田塾大学准教授・当研究所客員研究員


大統領選挙を目前に控えた2008年10月31日、阿川尚之先生、久保文明先生、中山俊宏先生をお招きして選挙を目前にしたアメリカに関してご講演いただいた。概要は以下のとおりである。

【阿川尚之教授】
選挙にどちらが勝つかという予測やその原因の分析ではなく、憲法史・アメリカ史の観点からみてこの選挙がどのように位置づけられるのか、自分の考えを述べたい。

先日、共和党の票田である大統領選挙直前のケンタッキー州を訪問したが、あまり選挙活動が熱心に行われていないことに驚いた。そこでの人々の関心は地元の上院議員が再選されるかどうかにあり、同じアメリカでも地方により大きな差があることを実感した。いったいアメリカはどのような方向に進むのだろうか。日米関係にどのような影響を及ぼすだろうか。

今回の選挙をみていて思うのは、やはり黒人であるオバマの存在感である。熱心な共和党員ですらオバマ優勢を認めているが、これは実に感慨ぶかい。南北戦争以来のアメリカの歴史をみれば、ついにアメリカが人種の壁を破りつつあるのだろうかという思いを抱かざるを得ない。このオバマは黒人だけではなく白人の支持も得ているという点は非常に重要だと考える。また、エドワーズは二つのアメリカを主張していたが、オバマは一つのアメリカを主張して支持を得ている。さらに、オバマは変革を掲げる候補だと思われているが、「アメリカの夢」を語るという点では実に「正統的」でもある。くわえて、オバマは楽観主義の候補であることも見逃せない。黒人であるオバマが掲げているのは決して「革命」ではなく「変革」なのである。

オバマはリンカーン由来の地イリノイ州スプリングフィールドで選挙運動をはじめ、彼と同じく「分裂してはいけないアメリカ」、「一つのアメリカ」を強く掲げていった。しかし、人種の壁はいまだ乗り越えられていないという見方も成り立つかもしれない。オバマは奴隷の子孫ではないが、何とかアフリカ系の支持を得ることで予備選挙を突破した面がある。民主党の他勢力との間には軋轢も生じていた。人種の壁は突破されたといってよいのだろうか。オバマに関しては彼を「最後の希望」とみる向きも多い。共和党員でオバマに期待をかける者も実は多い。それをどのように考えるのか。

アメリカは分裂に疲れている。そこでアメリカ人はオバマに何を賭けていくのだろうか。オバマに求められるものは何か。危機の時代の大統領には何が求められるのだろうか。それは国民に希望を与えることではないだろうか。「楽観主義は決断である」という言葉がある。根拠のない楽観主義には意味がないが、すべての材料を集めたうえでの行動と決断、これこそ楽観主義に他ならない。同じく国難の時代にあって楽観主義的なメッセージを与えた大統領はリンカーンとフランクリン・ローズヴェルトである。彼らのように、オバマは就任演説で国民が求めるメッセージを与えうるだろうか。それともオバマはカーターのように一過的に終わってしまう存在なのか。はたしてオバマはアメリカに永遠に残るような遺産を残せるのか。我々はそれを見守る必要がある。

【久保文明教授】
直近の世論調査の結果はまちまちで3%程度しか開いていないものから、7,8%オバマが優勢という数値もある。どれを信じるかで結果予測も変わってくる。ただ、州ごとの情勢ではマケインが不利であることは確かである。マケインが遊説を行ってきたのは自分の比較優位があるところ中心だが、オバマは攻勢をかけている。

いわれているブラッドレー効果に関しては、本当にそのような効果が今回の選挙で効力を発揮するかどうかはわからないとしかいえない。過去いくつかの州レヴェルの選挙でそのような効果が見られたことは確かであるが、それがどの程度今回の国政選挙でみられるのか定かではない。

今回の選挙で鍵になるのは年齢ファクターである。30歳代では圧倒的にオバマ、60歳代ではオバマとマケインが拮抗している。また今回はじめて選挙で投票する層が非常に多いこともいえるし、その他にも不明とせざる点が多い。

オバマについていえば、彼が頭角を現したのは2004年の民主党全国党大会での基調演説であった。そこでの「ひとつのアメリカ」というメッセージにほれ込んだ人々がいた。当初は反戦派と黒人が多かったが、オバマに自分の夢を託そうとするような人々も超党派でその輪に加わっていった。黒人の指導者層は当初ヒラリー陣営についていたが、それは黒人自身がオバマ勝利を不可能視していたためであった。オバマは反戦派などの左派と学歴や教育の高い無党派層、そして黒人とヒスパニックという連合をくみ上げることに成功した。ブルーカラーの支持は当初あまり強固ではなかったが、金融危機以降は支持を固めることに成功した。

オバマは黒人の代表という色彩は強くない。ジェシー・ジャクソンは白人批判を含む黒人利益をぶつけていく代弁者という色彩が強かったが、オバマは黒人ではなく全体の代表とみなされている。さらに世論調査の結果から見ると、オバマ陣営のほうが「情熱度」が高いように思われる。

またオバマは選挙人の人数でいえば320票以上の「圧勝」を収めたいとねがっているはずである。これは圧勝することによりアメリカ人民からマンデートを付託されたという印象づけを行いたいという思惑がある。くわえて連邦上下両院議員を一人でも多く自分と一緒に当選させることで議会に対する強い影響力を持ちたいと願っているはずである。勝ち方がどのようであるかは重要である。僅差の勝利か圧勝かではその後の政権運営にも差が出てこよう。この意味で特に政権初年度が重要である。閣僚の選択は迅速にうまくいくであろうか、あるいは勝利におごることなく政権運営を進めていけるであろうか。

さらに今後、金融危機は第二、第三の問題を引き起こすかもしれない。このような危機の時代に相応しい大統領は一貫した信念に基づいて特定のイデオロギーを背負ったりするタイプではなく、実験的にいろいろなアプローチを柔軟に試していけるようなタイプのほうがいいのかもしれない。オバマもマケインもこの意味では共通の側面がある。

最後にオバマは党の壁を壊すと述べてきたが、党派的な政権運営ではないということは何を意味するのか。閣僚に穏健派共和党員を数名任命するという程度の意味か、それとも省庁の下位レヴェルにまで超党派的な人事を思い切って行っていくという意味であろうか。

以 上