JIIAフォーラム講演要旨

2008年11月14日
於:日本国際問題研究所


ブラート・スルタノフ

カザフスタン共和国大統領附属戦略調査研究所長

「カザフスタンの外交戦略−対露、中、米、EUそして日本」

カザフスタン共和国の対外政策のプライオリティーは、急速な経済的、社会的、政治的な近代化のために良好な対外政策の条件を構築することにある。ナザルバエフ大統領が1991年12月1日に就任して以来、「マルチ・ベクトル外交」として欧州とアジアを結ぶ架け橋としてのバランスのとれた関係づくりを目指している。このような立場は、カザフスタンの地政学的重要性と多民族・多宗教国家としての性格や今日の経済発展の段階などに起因するものである。

カザフスタンにとって、アフガニスタン、パキスタン、中東諸国といった近隣地域からの非伝統的な脅威(国際テロリズム、宗教原理主義、麻薬取引、不法移民、伝染病、環境汚染など)に対処することが対外戦略の重点となっており、中央アジアにおける効果的な安全保障システムの確立を目指している。そのためには、第一に、アジア信頼醸成措置会議(CICA)や上海協力機構(SCO)、集団安全保障条約機構(CSTO)といった多国間協力の枠組みへ積極的に参加すること、第二に、ロシア、中国、中央アジア諸国との経済的、政治的な関係を強化すること、第三に、欧米諸国、特にアメリカ、EUやNATOとの間での関係を拡大していくことが課題になっている。

具体的な取り組みとしては、2010年のOSCE議長国就任に向けた準備、2003年と2006年にカザフスタンが開催した「世界伝統宗教指導者会議」や2008年の「ムスリム・西側諸国外相フォーラム」のような文明・宗教対話の拡大・深化に向けた取り組み、また非伝統的な脅威への対処方法として、二国間のみならず国際・地域レベルでの取り組みを推進することを目指している。中でも重要なのが上海協力機構の枠組みでの政治、経済、軍事、文化と多岐にわたる協力である。ただし、上海協力機構は政治・軍事同盟ではなく、その活動が他国や他地域と対抗するために行われるものではないことを強調しておきたい。あくまで、加盟国の安全、平和、安定の保障、核不拡散、テロとの戦い、国際犯罪との戦いにおける国際的な取り組みの中での同機構の役割の強化に焦点を当てている。同時に、エネルギー、運輸、農業、貿易や投資、またヨーロッパとアジアを結ぶ環大陸輸送網の構築といった経済分野における協力の促進にも尽力している。

中央アジアにおける安定と安全保障のためには、ロシアや中国、キルギスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンといった近隣諸国との政治、経済、文化面での互恵的な協力関係推進のための条件づくりが必要になる。特に重要なのがロシアとの二国間関係である。1992年5月25日に調印された「友好協力相互援助条約」をベースとして、両国は、政治、経済、民族、言語、宗教、地理などの多方面での深いつながりがある。ロシアとの商品取引額は他の中央アジアの国を上回り、2007年には163億ドル(対前年増加率30%)に達し、ロシアの対外貿易に占めるカザフスタンの割合は24.7%である。カザフスタンには1600以上の企業にロシア資本が参入している。両国の協力関係は、石油やウランなどのエネルギー面だけではなく、宇宙基地「バイコヌール」といった宇宙開発へも及んでいる。

中国との二国間関係も大変重要である。2002年12月23日に締結された「善隣友好協力条約」では両国の国境が画定し、領土保全と相互不可侵、「一つの中国」の原則、核の不使用、上海協力機構を通じた安全保障・信頼醸成の強化などが謳われた。経済関係も急速に進展しており、2007年の中国との商品取引額は91億ドルになった。今後は、これまでの石油パイプラインの敷設や資本提携を通じたエネルギー分野での協力に加え、鉄鋼、建設、機械、繊維、食品、通信、輸送などの幅広い協力関係の強化が見込まれる。

中央アジアの安全保障強化のために、国際社会でリーダー的な役割を果たしているアメリカとの建設的な協力関係を推進することも大切である。カザフスタンによる核廃棄の決定は両国関係を推進した。経済関係ではエネルギーセクターの果たす役割が大きい。シェブロンはカザフスタンで事業を始めた最初の外国企業の一つである。現在、アメリカはカザフスタンへの最大の投資国のひとつであり、直接投資額は150億ドルほどである。カザフスタンには374の合弁企業、91のアメリカ企業の駐在事務所がある。

EU諸国との互恵的な関係を強化することもカザフスタンの重要な対外政策の一つである。ロシアが自国の政治的・経済的利益を前面に押し出した対外政策を展開するなかで、EU諸国はロシアに代わるエネルギー供給国の確保に努めている。ヨーロッパの専門家は、その選択肢として、カザフスタンをはじめ、トルクメニスタン、ウズベキスタンといった中央アジアに注目している。現在でもカザフスタンは、EU諸国が輸入するガス・石油全体の20%を毎年供給しており、主要なエネルギー供給国である。カザフスタンとEU諸国との貿易も盛んであり、2007年では275億ドルに達する。カザフスタンと中央アジアの通信・輸送網の近代化といった、エネルギー分野以外での協力も進んでいる。ヨーロッパと中国を結ぶ全長8445キロメートルの国際自動車道のうち、カザフスタンの通過部分(2787キロメートル)の建設は2013年末に完成する予定である。

イスラム諸国との関係においては、カザフスタンは、政教分離を推し進める国家としての立場から、イデオロギーや宗教ではなく国家利益や国際法に立脚した関係構築を行っている。

カザフスタンがアジア太平洋地域で特に重視しているのは日本との関係である。2006年8月の小泉首相によるカザフスタン訪問と、2008年6月のナザルバエフ大統領による訪日は、両国関係の発展に大きく貢献した。2007年の対日貿易額は17億ドルで、カザフスタンからの主な輸出はチタン、希少金属などの原材料、日本からの輸出は自動車、機械部品、家電などである。日本企業からの投資は主として石油などのエネルギー分野が中心である。日本企業は、アゼルバイジャンの油田採掘への参加、BTCパイプライン建設への投資や、カザフスタンのカシャガン油田開発国際コンソーシアムの株式取得など、活発な活動を展開している。日本では、ウラン開発やウラン供給分野におけるカザフスタンとの協力にも関心が集まっている。カザフスタンは、今後日本企業がエネルギー分野の他に、製造業、機械、輸送・通信インフラ、医薬品といった多方面でのプロジェクトに参加してくれることを願っている。

最後に、2008年のカザフスタンの対外政策を考えるにあたって、中央アジアの安全保障上の脅威となりうる以下の状況を指摘しておきたい。世界秩序が「一極集中主義」から「多極化」へと変わりつつあること。国連をはじめとする主要な国際機関の危機と国際司法制度の崩壊。世界のプレーヤーとして返り咲いたロシアと世界の列強へと成長することを目指す中国の存在。ユーラシアで積極的な活動を行っている地域機構が世界機構へと変貌しつつあること。アメリカによる「偉大なる中央アジア」誕生プロジェクトの実現。世界の列強や多国籍企業の自己中心主義的な行動。中央アジアに近い地域(アフガニスタンとイラク)での紛争が未解決であること。核保有国パキスタンの政情不安。中央アジアに隣接する、トルコ(クルド)、中国(チベット、新疆ウイグル自治区)での分離主義の活性化。急進原理主義、国際テロリズム、国際組織犯罪、麻薬取引の増加。エネルギー資源の輸送ルートに関する問題の先鋭化。地球の気候変動、世界の人口増加、そして不法移民を含む世界的な人口移動などである。これらの問題は地政学的な情勢に大きな変化を及ぼす可能性があるものとして、今後のカザフスタン外交にも大きな影響を与え得る要素である。

以 上