JIIAフォーラム講演要旨

2008年11月21日
於:石川県能美市
石川ハイテク交流センター大会議場


「日本・ベトナム両国関係の将来―協力の深化を求めて―」

日本国際問題研究所、石川県共催


グエン・タイ・イェン・フォン博士 ベトナム外交戦略研究所副所長
鈴 木 勝 也 元ベトナム大使
グエン・ティエン・フォン博士 ベトナム外交戦略研究所副所長
小 笠 原 高 雪 山梨学院大学法学部教授


【グエン・タイ・イェン・フォン博士】
今年は日本とベトナムの国交樹立35周年にあたる。日本は1992年にベトナムが国際社会に復帰後、最初に援助してくれた国の一つでもあり、ベトナムはこれまでに日本が果たしてきた役割に非常に感謝している。日本はベトナムにとって最大の援助国であり、特に教育分野での日本の貢献は大きい。例えば、10年間で2万人の博士を養成するというプロジェクトの下、日本政府から2007年にはベトナムで500人の博士を養成するために援助があった。2008年7月には、ベトナムにおける大学学部レベルの教育の発展のために2009年度には日本政府が4億円以上を支援するという約束があった。

経済面での関係も深い。ベトナムにとって日本は2番目に大きい輸出市場であり、原油、織物、魚介類などを輸出している。日本からは機械類をはじめ多様な品目を輸入しており、3番目に重要な貿易相手である。ベトナムの貿易全体に占める日越貿易のシェアは14-16%を占めている。日本からの直接投資も2007年では13.4億ドルと3番目に多い。相互交流も盛んになっており、去年は38万人の日本人がベトナムを訪問した。

現在、日越関係は協力の深化を求めて新しい局面を迎えている。2006年10月のグエン・タン・ズン首相が日本を訪問した際、「アジアにおける平和と繁栄のための戦略的パートナーシップの構築に向けて」と題された共同声明が発表され、貿易、投資、経済協力や文化・教育面での交流促進のために多くの協定が締結された。翌月には安倍晋三首相が日本の産業界のリーダーらを伴ってベトナムを訪問した。そして2007年11月にはグエン・ミン・チェット大統領が訪日し、「日越間の戦略的パートナーシップに向けた協力プログラム」に基づく関係強化で合意した。戦略的パートナーシップという枠組みはアジア太平洋地域においてモデルになりつつある。すでに中露関係、中越関係、米印関係などに適用されており、双方が共通の利益を実現するために強力なコミットメントを行うことを示している。日越間でも、精力と資源を注ぎ込んでこの関係を構築するに値する。

両国の戦略的パートナーシップの構築に向けて、いくつかのポイントを指摘したい。第一に、日越関係は、東アジア共同体創設への動き、メコン地域開発、安全保障理事会を含む国連改革の早期実現に向けての共同での取り組みなど、国際社会でともに行動するときに大いに発展するということである。第二に、外交・安全保障・経済などの分野でのあらゆる種類の対話を促進することで、両国関係はより調整された効果的なものとなり、戦略的パートナーシップの構築へとつながるに違いない。そのためには、政治家の相互訪問や政府間の相互信頼醸成努力に加え、文化、教育、観光やスポーツの分野での交流のいっそうの促進が必要である。こうした動きは、まさにこれまで日本とベトナムが行ってきたものである。そのため、両国は戦略的パートナーシップの構築に向けた正しい道を歩んでいるといえる。


【鈴木勝也大使】
「チャイナ・プラス・ワン」が最近の日本の経済界で流行語になっている。今日、日本にとって中国は最大の投資先であり、日本企業が大小合わせて約2万社進出している。この言葉は、今まで低賃金に惹かれて生産拠点を中国に移してきた企業が、近年中国の臨海地域で賃上げ圧力に直面するようになった結果、ある種の本部機能は中国に残しつつ、生産拠点をより賃金の安い周辺の国々に移す可能性を探るという考え方を示したものである。移転先として検討対象になるのは、ベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマー、フィリピン、バングラデシュなどである。なかでも今日本の経済界が最も注目しているのはベトナムである。

ベトナムは今も社会主義の看板を降ろしていない国であり、政治体制はベトナム共産党の一党独裁のままである。とはいえ、1986年に「ドイモイ」政策を打ち出し、中国に約10年遅れて改革開放の政策に転じた。以来20年以上を経た今日のベトナムは、米欧日や韓国・シンガポール・タイ・台湾・香港・中国の企業が多数進出し活発に活動する舞台となっている。

ベトナムは、日本の0.9倍という国土と8300万以上の人口(フィリピンより少し多い)を有するASEAN第二の大国であり、識字率は90%以上を誇る。勤勉さと労働力の質の高さは自他共に認めるところであり、宗教や人種の対立もなく、対日感情も良好である。国土は南北に非常に長く(2000キロ以上)、東西に非常に短い(一番細いところは50キロ以下)。北部、中部、南部では気質も文化も異なる。ハノイを中心とする北部は歴史と伝統と文化があるが、経済を得意としない。他方、ホーチミンを中心とする南部は経済発展を誇っている。中部は、グエン王朝の首都だったフエとベトナム戦争で有名なダナンが中心であるが、人口が少なく総じて貧困の色濃く残る地域である。ベトナムの最大の弱点はインフラの整備が遅れていることである。しかし、日本企業の進出はめざましく、2008年10月現在、ハノイの日本商工会議所には315社、ホーチミンの日本商工会議所には428社の登録がある。日本はベトナムに対する最大の援助国でもある。

このように、ベトナムはいずれASEAN(東南アジア諸国連合)で指導的な国家になる資質を備えているポテンシャルの高い国である。日本は、ベトナムにもっと進出していくべきである。その意味で、中国を中心においてベトナムをその周辺国としてしか位置づけない、言い換えると中国が将来危ないかもしれないからベトナムに保険をかけておこうというような「チャイナ・プラス・ワン」の考え方は誤りであり、注意しなければならない。


【グエン・ティエン・フォン博士】
冷戦後の国際社会では、平和と安定、そして協力が経済発展のための最優先課題になっている。日本とベトナムもこうした国際関係の潮流に合わせて、外交政策を調整してきた。日本はアジアへの回帰政策をとり、ベトナムも善隣友好外交を目指している。90年代以降の日越関係は、友好・協力・互恵関係の強化をはかっており、特に経済分野での関係強化は目覚しい。

日越間の貿易は、双方に最恵国待遇を認めた1999年以降順調に増加しており、特に2003年以降の伸びはめざましい。日本はベトナムにとって3番目に重要な貿易相手であり、今年の貿易額は150億ドルに達しようとしている。近年の戦略的パートナーシップ構築への動きは経済協力をいっそう推進するための望ましい条件を作りだし、2008年9月には経済連携協定で大筋合意を得た。一方で貿易面での課題も残っている。ベトナムから日本への輸出は、海産物、織物、原油、木製品といった原料中心であり、しかも日本の輸入額全体の1%を占めるにすぎない。日本は、発展途上国の輸出を増すためにより低い関税にするため一般特恵制度をベトナムに適用しているが、ベトナムからの輸出品は依然として非関税障壁に直面している。自由貿易協定の締結はまだであり、今後の貿易拡大に向けて取り組むべきことは多い。

直接投資に関して言えば、2003年11月に日越投資協定が締結され、2007年末までの日本の直接投資は938プロジェクト、91.2億米ドルに達しており、日本はベトナムへの主要投資国の一国である。ベトナムは、政治的安定性に加え、高い経済成長率、豊富で安価な労働力などの利点がある。また、日本とベトナムでは文化的な共通点も多い。近年では法体系などの投資環境も整備されつつある。とはいえ、ベトナムではまだインフラの発達が不十分であるし、2008年に入ってからはインフレが進んで経済成長も鈍化している。アメリカ発の金融危機が今後どのような影響を与えるのか、不透明な部分も多い。

日本の貢献はODAでも目立っている。日本は1992年から2007年までベトナムへの最大の援助国である。累計では130億ドルに達し、これはベトナムへのODA総額の30%を占める。分野としては、人材育成、輸送と電力プロジェクトの建設、農業と地方のインフラ整備、教育、衛生や環境問題が中心である。日本とベトナムは経済面では補完関係にある。両国の経済関係の強化は双方にとってメリットがあるため、今後もいっそう推進していくべきである。


【小笠原高雪教授】
ベトナムと日本は文化的に大変近い存在である。人々の喜怒哀楽の表し方、行動の仕方、組織や社会の運営の仕方といった広義の文化での類似性が多い。東南アジア諸国のなかで、日本との文化的な距離が最も近いのはベトナムである。この文化的な近さの底にあるのは歴史の共通性、つまり両国はともに文化的には中国の影響を強く受けながら、政治的には独立の存在であったという点にある。

ベトナムとの交流はベトナム戦争その他の事情で途絶えがちであったが、第二次大戦後の日本が最も早くから交流してきたのが東南アジア諸国であったことは忘れられるべきではない。日本にとって東南アジアは中国と並んで重要な地域であるが、東南アジアの中で鍵を握る立場にあるのがベトナムである。近年、日本とベトナムの関係は、経済や政治の分野における利益の共通性があるため、ますます緊密となっている。

しかし、文化的に多くの類似点があるからといって、我々は日本とベトナムの関係を手放しで楽観してはならない。むしろ、日本とベトナムの付き合いにおいては、類似点が落とし穴になるケースも珍しくない。たとえば、ベトナムに留学や駐在をすると、ベトナムを大好きになる人々と大嫌いになる人々とに分かれることが多い。ベトナム好きの日本人でも、付き合いの過程においてかなりの気持の揺れを経験することが多い。その最大の理由は、日本とベトナムの文化的な距離の近さにある。ベトナム人なら日本人の意図や事情を理解してくれるはずだから細かく説明しなくても判るはずだ、と日本人は考えてしまいやすい。しかし、いくら類似点が多くてもベトナムはやはり外国である、という点をしっかり確認しておくことがベトナムとの付き合いにおいては重要である。また、ベトナムの絵画を見たり、料理を楽しんだりした日本人がしばしば発する言葉に、「中国の絵画や料理に似ている」というのがある。日本人に悪意は全くないのだが、これは大変に失礼な言い方である。ベトナムは独自の歴史を有する誇り高い独立国である。彼らの気持を最も理解できるはずの日本人であるのだから、十分な感受性をもってベトナムと接するようにしたいものだ。

経済的な関係でもすべてにおいて両国の立場が一致するわけではない。日本の経済協力はベトナムにも大きな利益となっているが、だからといってベトナムが日本のすべてを受入れることはありえない。むしろ、両国の関係が深まれば深まるほど、ベトナムの独立性を保とうとする心理も強くなるはずだ。政治の分野でも違いがある。日本は中国と海を隔てているのに対し、ベトナムは中国と陸続きである。そのために、中国に対する愛憎の念は、ベトナムのほうが日本よりもはるかに強い。また、ベトナムはアメリカとは祖国の統一のために戦い、ベトナム戦争の終結から20年後の1995年に国交を結んだ。両国関係は着実に前進してはいるが、ベトナムとアメリカの関係が、日本とアメリカの関係と異なることは当然のことである。

現在のベトナムは、ASEANの一員として自己の足場を固めつつ、中国、日本、アメリカ、ロシア、インドなどの諸国とバランスのとれた友好関係を構築しようとしている。しかし、さまざまな歴史的、地理的な要因から、日本の外交上の立場とベトナムの外交上の立場が完全に一致することはない。「日本とベトナムの戦略的パートナーシップ」における「戦略的」という言葉は、「長期にわたり重要な」という意味である。日本は、文化の類似性、経済や政治の分野における利益の共通性を認識しつつ、この大切な関係を10年、20年といった長期の視点でじっくりと育ててゆく必要がある。
以 上