JIIAフォーラム講演要旨

2008年11月27日
於:当研究所大会議室


ロビン・ニブレット
王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)所長

「欧州の難局と舵取り
〜世界経済の不安定化と欧州の取り組み〜」

欧州は世界的な危機の中にあるが、欧州は構造的な弱さを抱えており、欧州自体の課題に直面している。危機が去って回復するのを待つだけでなく、果断な対策をとることが必要である。欧州では、金融危機が英国に始まり欧州のほぼ全ての国を覆っている。欧州各国は当初各国毎にまちまちの対応を取ってきたが、欧州レベルで協調した政策を取れるようになってきた。特筆すべきは、ユーロ圏と英国が協調するようになったことである。EUと英国の特別な関係を考えると、これは特筆すべきことである。また実体経済の危機、ドルに対してユーロが弱含んでいる、欧州はいくつかの弱点を抱えており、米国よりも脱却に苦しむのではなかろうか。

欧州には6つの構造的リスクがある。第1に人口動態の変化である。今日、高齢化が進んでいる10カ国のうち7カ国が欧州の国である。そうした国は年金制度の維持などに課題を抱えている。第2に欧州各国の福祉制度が改革されておらず、手厚いという点では良いのだが競争力の点で不利な要素を抱えている点である。第3に移民の比率の少なさである。いくつかの国を除いて移民の比率は少なく、高齢化に伴う人口動態の変化を補うには不十分である。一方で欧州の移民の多くは文化面で困難を抱えており、政治的な緊張の火種にもなっている。第4は、単一市場の形成がまだ不十分であることである。EUは単一市場の形成において多くを成し遂げたが、銀行、運輸、郵便や通信などの分野や、法律や医療などの専門的なサービス分野など、いくつかの分野では単一市場の形成は停まったままであり、今後こうした分野での単一市場の形成が、生産性の向上や新たな雇用創出の鍵となる。第5は、欧州各国の経済の多様性である。各国によって経済の特徴は違う。ドイツのように輸出型の経済もあれば英国のような消費型の経済もある。巨額の財政赤字を抱えている国もある。したがってユーロ圏が存在するにもかかわらず、欧州中央銀行とEU各国政府は、財政および金融政策の協調の難しさという問題に直面している。第6に、欧州の政治的な多様性である。リスボン条約はまだ多くの国が批准しておらず、批准のプロセスはいまのところ失敗している。いくつかの国における保護主義的な動向は、欧州の将来的な統合推進に逆行することにもなりうる。

こうした構造上の問題にどう対処すべきか。このような構造的な弱さに対し、欧州はそれを克服する内在的な強みを本来有しているということは強調されてしかるべきである。人口動態の変化などもあるが、労働市場の改革により欧州の経済は生産性を向上させる余地がまだある。そして欧州の単一市場を積極的に活用することにより、各国経済はより大きな利益が見込める。EU各国は単一市場をまだ十分に活用していない。単一市場をもっと活用して、有効な投資に振り向け、また対外直接投資を引き付けるべきである。この点では欧州は成熟した市場としての強みがあり、今後対外直接投資を引き付けることは可能だろう。ただし保護主義にならないことが前提であるが。欧州企業の多くはデザインやテクノロジーなどの分野で依然強みを持っている。EUという巨大な単一市場を背景に今後さらに世界的に貿易を拡大することも期待できる。

これからEUにとっては、欧州経済をより競争力のあるものへと改革し、開放され適切に規制された貿易と投資の仕組みを整えることが急務である。欧州はいま危機にあるが、この世界的な危機をポジティブに捉え、欧州の持つ構造的な弱点を克服する好機とすべきである。

以 上