JIIAフォーラム講演要旨

2008年1月30日
於:国際問題研究所


シャフラーム・チュービン
ジュネーブ安全保障政策センター研究部長

「イラン核開発の中東地域への影響」

今日は核拡散の問題を中心に「核を持つイラン」(Nuclear Iran)について論じていきたい。イランの政治体制には不確実/不透明といわざるを得ない点も存在するため、そのような体制が核を保有するということ、そしてイランによる核拡散の懸念が問題視されるに至っている。
まず「核を持つイラン」という言葉についてであるが、これはウラン濃縮が可能な国という意味、ウランの備蓄量が一定以上あり何らかのデヴァイスを作り出すことが可能であるという意味、高濃縮イランが兵器化され運搬可能な状態など様々に定義可能である。またそのような具体的状況にイランが今後どのようなタイム・スパンで移行するかによっても「核を持つイラン」の定義は異なってくるであろう。

また次に問題となるのはウラン濃縮が可能になればそれはウランの自前調達が可能な状況になるということを意味する。ただ、この点に関しては明らかではない点も少なくはない。例えば、イランは核兵器開発に関する明確な意思決定を行ったのだろうか。濃縮を断念しないという点では明確な意思決定があるように思うが、そこから兵器化の段階まで推し進める意思があるかどうか、それとも例えば「瀬戸際」の段階で開発停止するのかどうか、必ずしも明確ではないように見受けられる。「核を持つイラン」というときに、これは核開発を遂行する能力はあるがそのような意思を持たない責任ある平和主義国家(「日本モデル」)とみるべきか、それともただ開発を停止しているにすぎない拡散国家なのか、様々な見方が可能である。

では「核を持つイラン」を抑止するものがあるとすれば何なのか。様々な提案がなされているが、1:イランに一定程度のウラン濃縮を認めるべきかどうか、2:濃縮をイラン国内で全て行うのか、それともスイスなど域外での濃縮を認めるべきか、という二点について論議している点では共通している。

イランが瀬戸際で核開発を断念した場合、潜在的な核保有国とはなるものの、NPTから直ちに脱退するというシナリオは想定できない。北朝鮮のようにイランが近い将来NPTを脱退するというシナリオも想定できなくはない。その場合は核実験にも踏みきるかもしれない。そのような場合、もしイランがNPTを非難するようなことがあれば、それは1974年におけるインドの例のように高いコストが伴うだろう。そのようなNPT脱退というシナリオにイランが踏み切ることがあるとすれば、イランが攻撃を受け、NPT脱退を正当化しうるようなシチュエーションに立たされたときぐらいのものであろう。

いずれにせよ、われわれは三つの疑問に直面せざるを得ない。1:イランの核能力から生じる影響はどのようなものか、2:イランの地域的目標はどこにあるのか、3:イランに対して他国(米国、EU、露中、イスラエル、アラブ諸国、安保理)はどのような反応を示すのか。
イスラエルがイランの核開発を懸念していることはいうまでもないが、アラブ諸国でもエジプトのような国はイランの行為を競争的に受け止めるかもしれない。いずれにしても、イランがNPTを脱退することがあるとすれば、そのようなシナリオが起こった際に各国がどのような対応を示すのか、それはとりもなおさずNPTの持つ意義そのものを問うていく営為であるといわざるを得ない。それは中東という地域の問題であることはいうまでもないが、日本を含めた国際社会が直面せざるを得ない問題でもある。

ただ、「核を持つイラン」がどのような政策的対応に出るかは時の政権がどのような性格を持つかにもよるであろう。現在のイランが有している通常兵器は米国やイスラエルの攻撃を想定した「抑止力」としては十分な基準を満たしているとはいえず、通常兵器の十分な増強は今後も望みがたい状況である。核開発はそのような状態に置かれたイランが欲している、いわば「保険」とみることも可能である。

現在、中東地域では米国は信用を失墜し、影響力を低下させた状態にある。米国の影響力低下の原因はイラク戦争の失敗にも少なからず求められようが、最も大きな要因はアメリカが自由や民主主義の普及を中途半端な形で投げ出してしまったことである。また、イスラエルはガザやパレスチナ問題で過剰ともいえる反応をみせている。イランは米国とイスラエルの戦略的団結を何よりも恐れており、西側の影響とプレゼンスを排除しようとすると思われる。2002年以降に顕在化したイランの核問題は、いわばこのような地域の文脈に即した米国やイスラエルに対抗するイランの野心を反映した形で浮かび上がってきたものということができよう。2006年のレバノン問題、2008年9月のガザ紛争ですでにイランの核の影響力が実際に発揮されていると見る向きもある。GCCはイランとの揉め事を避けようとするであろうし、サウジのようにスイスなど第三国での濃縮作業を妥協案として提示するなどの動きもあり、イランの核問題は地域各国に影響を与えるだろう

イランが核を持てば、地域でどのような行動をとろうとするか、例えばパキスタンのように何らかの拡大抑止力をとろうとするであろうか。核抑止力をイランが行使するようなことがあれば、何を持って本土と認めるべきか。また核拡散の懸念とリスクをどのように捉えるべきか。いずれにせよ、イランが核を持てば、地域に大きな影響が出ることは避けられえない。例えば地域における米国の役割を複雑化させるだろうし、イランのみならずイスラム世界、米国を含めた地域の勢力均衡にも影響が出るであろう。

以 上