JIIAフォーラム講演要旨

2009年6月30日
於 帝国ホテル


麻生 太郎 内閣総理大臣

「安全と繁栄を確保する日本外交」

外交の目的とは、一言で言えば「国家・国民の安全と繁栄の確保」であると思う。現在の世界は、北朝鮮などによる大量破壊兵器の脅威、頻発するテロや海賊事件、そして金融・経済危機など、一層厳しい状況にある。この厳しい国際情勢の下で、日本は何をし、また何をすべきか。具体的に私の考え方を話したい。

第一は、日本と世界の「安全」である。我々の目の前には北朝鮮という深刻な問題がある。北朝鮮のこの春以降の一連のミサイル発射と二度目の「核実験」の強行は、明白な脅威である。全会一致で採択された国連安保理決議第1874号が着実に実施されなければならず、日本はこの決議の実施のため具体的な行動を取っていく。この問題に端的に示されるように、日本の安全と繁栄は日本一国では確保できない。まず日米同盟の実効性を確保していくことが不可欠である。日本の国益を主張し、関係諸国の協力を得ていく上で、日本自らが目に見える形で国際的な責任を果たしていかなければならない。
最近、海賊対処法が成立し、日本は国際的な責任を果たす上で一歩前進した。中東のアデン湾・ソマリア沖では、毎年約2,000隻の日本に関係した船舶が航行している。これらの船の安全を確保するため、我が国も海上自衛隊の護衛艦とP−3C哨戒機を派遣している。同様に日本政府は、ソマリアの安定化のための支援やソマリアの周辺国のイエメンやオマーンの海上保安能力の強化など、いわば根本治療のための治安や民生上の支援も全力で行っている。テロとの闘いについても、日本は、インド洋でアフガニスタンのテロ対策の一環として海上自衛隊による補給支援活動を行ってきた。アフガニスタン情勢は8月の大統領選挙を控えこれからが正念場である。これまで日本はアフガニスタンで、教育や医療の分野で大きな実績を積んできた。アフガニスタンの問題は根深く、パキスタンや中央アジアを含む、より広範な地域の安定と一体でとらえるべきものである。隣国パキスタンの支援のために日本政府は4月に東京で支援国会合を開催したように、日本は引き続きこの点でもリーダーシップを取っていく。
イラク、インド洋、そしてソマリア沖への自衛隊の派遣や、日本の防衛と極東の平和と安定の基盤である日米同盟の強化など、これらはいずれも必要なことであり、政府・与党は、日本が進むべき方向を国民に訴え、日本の安全と繁栄を守ってきたと自負している。

第二は、日本と世界の繁栄であり、外交を通じて「繁栄」をどう確保するかについてである。いくつかの構想があるが、ひとつの例が、日本がパレスチナで進めている「平和と繁栄の回廊」というプロジェクトである。これはイスラエル、パレスチナ自治政府、ヨルダンと協力しながら、ヨルダン川西岸を開発し、共同の繁栄をもたらすことにより、当事者間の不信の壁を低くするというものであり、日本のアイデアと技術、資金を通じて、中東における「信頼」をもたらす仲介者となりたい。同様の新しい構想をいくつかお話ししたい。「自由と繁栄の弧」の真ん中に位置し、豊かな資源・エネルギーを有する中央アジア・コーカサス地域を「南北の物流路」と「東西回廊」で結び、ユーラシア大陸をタテ・ヨコ双方でつなげる「ユーラシア・クロスロード」構想に日本は協力している。こうした広域インフラの整備により、資源豊かな中央アジア・コーカサスと、経済的基盤を必要としているアフガニスタン、パキスタンを含む地域が一体となる。また、インドのデリー・ムンバイ間産業大動脈構想、インドシナのメコン経済回廊といった、アジアにおける一連の広域開発の構想をつなげて、太平洋に始まり欧州に至るユーラシア大陸全体を貫き、ヒト・モノ・カネが自由に流れるルートを整備する。いわば「現代版シルクロード」とも言える夢のある大きな構想を描くことも出来る。この地域で安定と繁栄が相乗効果を挙げれば、世界経済を大きく押し上げることとなるであろう。

第三は、世界への発信である。世界の「安全」と「繁栄」のために日本が積極的に行動するにあたって、世界に発信するメッセージが必要である。日本には、世界に誇れるソフトパワーが多くある。アニメやマンガ等のコンテンツや、映画やファッションなどは、「クール・ジャパン」と言われ、世界的な評価が高まっている。それだけではなく、日本のソフトパワーには、日本人の勤労倫理、優れたモノ作りの技術など、幅広く多様なものがある。これを世界に紹介し、各国の人造りや制度造りに協力することは、日本が得意とする貢献である。また「クール・ジャパン」への関心を背景に、日本語の学習に興味を持つ外国の方々が増え、海外の日本人学校にも地元の方々から熱い視線が注がれている。この期待にも何らかの形で応えたい。
そして、二国間関係においても国際機関に対しても、ODAを強化する必要がある。近年ODA予算の減少傾向が続いていたが、平成20年度の当初・補正予算ではこの減少傾向を逆転させた。日本が世界に約束した支援を確実に実施し、世界が直面する新たな課題に対応していくためにも、ODA事業量をしっかりと確保したい。

外交は「国家・国民の安全と繁栄」のためにある。言うのは容易だがこれを実現することは容易ではない。しかし私は日本外交の将来に明るさを見出している。それは、若い世代が個人の力を発揮し国際社会に貢献していく姿をこの目で見てきたからである。外務大臣時代、私は平和構築を担う人材を育てるため、「寺子屋」即ち人材育成事業を作ることを約束した。この「寺子屋」事業は、規模はまだささやかだが、平和構築のプロが巣立っており、彼らは世界各地の平和構築の現場で活躍し始めている。今後もこの平和構築のプロ(Peace Builder)を育てる「寺子屋」事業を、平和国家「日本」の旗印にすべく、大いに盛り上げていきたい。私は、この重要な局面において、引き続き、日本と国民の安全と繁栄を守り抜く。その決意を申し上げ、本日の話の締めくくりとしたい。

以 上