JIIAフォーラム講演要旨

2009年7月28日
於:(財)日本国際問題研究所


佐藤行雄 財団法人日本国際問題研究所副会長

「核廃絶運動『グローバル・ゼロ』について」

「グローバル・ゼロ」は、米国から始まった国際的な核廃絶運動の一つであり、2008年12月にパリで設立総会が開催され、2010年2月にパリで、国際社会の指導者を250人ほど集めた世界会議を開催する予定である。

私が「グローバル・ゼロ」に参加した理由は、「核兵器のない世界」の実現を目指す議論に日本の考え方を反映させたいと考えたためである。
きっかけは昨年7月に米国の友人から誘われたことだが、その際に見せられた、パリの設立総会への招待状の案文に、核兵器のない世界を目指すという考えを積極的に支持している国としてイギリスやノルウェーなどいくつかの国が挙げられていたのに、日本の名は含まれていなかった。この点については、日本が永年にわたり非核3原則を堅持してきており、また、毎年国連総会で、核兵器の廃絶を求める決議の採択に主導的な役割を果していることを説明して、リストの修正を求め、先方も直ちにこれに応じて、以後、リストのトップに日本の名を挙げるようになったという経緯があるが、この一事から、近年の日本の核軍縮外交が米国の戦略家達の目にとまっていないことに気付かされた。

今日の世界との対比において「核兵器のない世界」とは、北朝鮮とイランが核開発を断念し、NPTに参加していないイスラエル、インド、パキスタンが核武装を放棄し、さらにNPT上核保有国の地位を認められている米露英仏中が核保有を止め、かつ、その後、いかなる国もテロリストも核兵器を持つことが出来ない世界であって、当然のことながらこのような世界は直ちに実現できるものではないし、現在のところ、実現の展望すら持てない。
また、「核兵器のない世界」を達成するには、今日とは全く異なる国際秩序を必要とする。例えば、今日のような国連では、そのような国際秩序を作り、保つことはできない。

それにも拘らず、なぜ今日、「核兵器のない世界」があらためて追求されるようになってきたかと言えば、さまざまな危機感や問題意識の変化が重なった結果と言える。例えば、「相互確証破壊」という、冷戦時代に米ソ間の相互抑止の基礎となっていた、危険に満ちた戦略から脱却すべきであるという機運が世界的に高まったこと。北朝鮮やイランの核開発が象徴するように、核拡散が止まらないこと。とくに、9・11以降の米国で、核テロに対する危機感が高まっていること。精密誘導兵器が発達した結果、抑止戦略における核兵器の役割を低めることが可能になって来たこと。核兵器を維持するための経済的な負担が重くなって来たこと。来年開催される五年に一度のNPT運用検討会議で前回の大失敗を繰り返すことは許されないという意識が各国に共有されていることなどが重なって、核兵器のない世界を目指す議論が高まって来たということだと思う。

「グローバル・ゼロ」における議論は、米露をはじめとする核保有国による核軍縮をいかに進めるかに焦点をあてている。来年2月のパリ世界会議に提出するために、全ての核保有国の核兵器をなくすための道筋を描いた一つのモデルケースを作ろうとして、米、露から各5名、中、印から各3名、パキスタン2名、英、独、仏から各1名、そして日本から福田康夫元首相と私の、計23名によって構成される「グローバル・ゼロ・コミッション」で検討を進めている。7月に初会合が開かれ、次回会合は10月に開かれる予定である。
注目に値するのは米国からの参加者で、この運動全体の議長も務めるチャック・ヘーゲル前上院議員、レーガン政権下のSALT交渉の当事者の一人であったリチャード・バート、クリントン大統領第一期のナショナル・セキュリティー・アドヴァイザーだったトニー・レイク、米外交界のベテラン、トム・ピカリングといった人達が顔をそろえている。

「グローバル・ゼロ」の議論は米ロ中心になり勝ちなところがあるし、中国やインドといった国々からの参加者がこの場の議論にどこまでついてくるかも明らかでない。
しかし、核軍縮に係る様々な問題についての日本の見方、考え方を核保有国に示していくという意味で、日本からこの運動に参加する意義は大きいと思っている。例えば、核軍縮を進めていく過程における米国の拡大抑止やミサイル防衛の重要性、さらには、多国間、とくに、米、露、中三国間の核戦力バランスといった問題についての日本の考え方をこの場で発言していくことは大事だと思っている。
また、オバマ大統領の親友と言われるヘーゲル前上院議員や昨年の大統領選挙でオバマ大統領の外交政策についてのトップアドヴァイザーを務めたレークといった、オバマ政権に近い人物に日本の考え方を伝える一つの道としても有効だと考えている。
そのような見地から、例えば、昨年のパリ会議で私は、広島、長崎に言及して「核廃絶を求めることにおいて日本人は人後におちない」と述べた上で、核軍縮を進めていく上で、日本の視点から当面重要な課題として、第一に、米国の「拡大抑止」の信頼性向上、第二に、北朝鮮の核開発阻止、第三に、核開発と完全に切り離した形での原子力平和利用の推進の三つを挙げた。
核軍縮、核廃絶という目標の重要性には議論の余地はないが、問題はそこに至る過程で、その過程で日本の安全保障を確保することが不可欠である。そこで日本としても、米国の拡大抑止に関連する諸問題のみならず、いずれ核軍縮の過程で直面することとなる多国間、とくに米露中三国間の核戦力バランスといった問題について研究を始める時がきていると思う。
政府機関やシンクタンクにこの問題に関する研究に取り組んでいただきたいし、とくに、政府の内外で核戦略問題についての若手専門家の育成に力を入れる必要があると思う。
私自身は核戦略の専門家ではないが、1980年代初めにロンドンのIISS(国際戦略問題研究所)に行って以来、米欧の戦略問題の専門家達との友人関係を築いてきたので、若い世代の人達に外国の友人を紹介したり、友人から入ってくる様々な情報を伝えたりすることがこれからの役割だと考えており、「グローバル・ゼロ」についての本日の話も、そうした努力の一環と考えていただけると幸いである。

以 上        
  図書室便り