JIIAフォーラム講演要旨

2009年12月8日
於:日本国際問題研究所


トム・マリノフスキ

ヒューマン・ライツ・ウォッチ ワシントン・アドボカシー・ディレクター


「オバマ政権の人権外交政策とその課題」


私は1960年代に共産主義国のポーランドで生まれ、6歳のときに国を離れた。こうした経験から人権の重要性を認識し、これまで一貫して人権活動に従事してきた。1980年代には民主化運動が鎮圧されたミャンマーで人権活動に人生を捧げる多くの若者に出会い、最近では、壮絶な経験をした北朝鮮からのまだ10代と若い難民のグループと話す機会があった。彼らは国際社会から切り離され、国を出るまで民主主義国での暮らしがどういうものかを知らなかったが、それでも何かがおかしいことに気付いており、自由のために自らを犠牲にして、国を離れる決意をした人たちである。このことは人間には、尊厳を持って扱われたいという普遍的な人権に対する要求があることを物語っている。

過去50年の間に以上のような事態は、国際社会にとって深刻な問題だと認識されるようになった。一連の国際人権条約が成立し、日本や米国などの国々では人権は国内法によっても保証されるようになった。ヒューマン・ライツ・ウォッチは30年前にこうした人権規定の実施を支援するために設立され、現在では80カ国以上の国々で活動している。我々は人権状況をモニターし、スーダンやジンバブエ、中国など問題があると思われる国々に調査団を送り、政府や関係者をインタビューして責任者を特定し、政府に解決策を提案してきた。新聞の国際欄が削減されるなかで、これらは人権問題について客観的な事実を伝える重要な活動でもある。

米国政府の人権外交政策への提言も重要な活動である。グローバル化した世界では、例えば環境や中国の食の安全の問題が諸外国に影響を及ぼすように、他国の人権問題が戦略的な重要性を持つ。移民やテロリズムも、当該国の人権状況や統治体制と無関係ではない。中東諸国の大半の人々はテロの根絶を願っているが、政治的活動を行う自由を有しておらず、穏健な政府を樹立することができないでいる。20世紀、特にその後半の歴史を見てみると、大国である米国が人権や民主主義を尊重してきたことが国際社会に大きな影響を与えていることがわかる。もし独裁国家が大国の地位を得ていれば、今日の世界の状況は大きく異なっていただろう。現在、世界は中国の台頭によって新たな時代を迎えつつある。今後、世界の政治理念がどのように変化するかは、我々ひとりひとりに大きな影響を与えるだろう。その意味でも、日本や米国等の国々の人権外交は益々重要になる。

人権は、独裁国家の根絶を掲げ、特に中東における民主主義の普及を掲げるブッシュ前政権の主要課題でもあった。しかし、人権状況の改善という目的がイラク戦争と結び付き、グアンタナモ米軍基地における捕虜の扱いが問題化することで、ブッシュ大統領の人権政策の正当性は失われてしまった。オバマ大統領が就任二日目に、同基地施設の閉鎖と拷問の禁止を表明したことは象徴的だが、実際の基地閉鎖には政治的課題が残されている。米国は、イランやビルマなど人権状況が疑われる国々とも対話をすべきだが、行き過ぎに注意する必要がある。例えばオバマ大統領は中国訪問時に人権状況にソフトな姿勢で臨んだが、これは米国の弱さと受け取られかねない。大統領は訪中前にダライ・ラマと面会すべきだった。とはいえ、これまでのオバマ大統領の人権外交は、総じて、前政権の行き過ぎた政策を修正するバランスの取れたものと言えるだろう。

アジアの一部では米国の人権政策が軟化したと受け取られているようだが、これは正しくない。例えばオバマ大統領はビルマとの対話を打ち出したが、引き続きスーチー氏の解放と来年の選挙の実施を要求するなど、基本政策は変わっていない。ミャンマーの民主化のためには、民主化勢力を支援すると共に、すべての権力を握る軍部との対話も不可欠なのである。イランに対しては圧力と経済制裁という従来の政策を維持しつつ、対話も追求しており、さらに米国内ではイラン国内の民主化勢力を支援すべきかどうかという議論も行われている。アフガニスタンでは、90%以上の国民が平和を欲しているが、4%がどこの社会にもあるように犯罪者、1%が過激派で構成されている。米国のこれまでの過ちは、この1%の過激派に対処するために4%の犯罪者、すなわち麻薬取引等を行う軍閥と同盟関係を組んだことで、国民の大半を敵に回したことだ。オバマ大統領はこの問題を認識しているようだが、アフガン国民の支持を得るには、軍閥と距離を置くことが大切である。これはアフガン国民を守るための人権政策でもある。

私は日本の外交政策の専門家ではなく、日本の外交政策が米国のものと同じであるべきとは決して思わないが、両国が人権問題について理念を共有するのであれば、例えばスリランカについては、財政・政治的なポジティブな支援だけではなく、圧力も必要となるだろう。すでに日本は北朝鮮にその教訓を生かしている。北朝鮮は日本人の人権が侵害された例だが、同様の人権問題はベトナム、中国、ビルマなどでも起きている。これらの国々に対しても、飴とムチの両方が必要である。

人権は、今後の日米関係の重要な要素でもある。地理的な力関係や国家の経済力が共に変化するなかで、日米にとって人権や民主主義といった基本的価値を共有することは益々重要となるだろう。このことは両国が同一の政策を採るべきだということを意味するのではないが、ビルマ、中国、スリランカなどの国々に対して協力して対処することの重要性を示唆している。

以 上