戦後のアメリカの東アジアに対する姿勢は一貫して「反応的な地域主義(reactive regionalism)」であるといえる。アメリカは当初、アジアでも多国間アプローチを採用して日本を地域へ再統合しようとしたが、関係諸国の反対もあり、結局、安全保障の分野では二国間同盟を主軸とするハブ・アンド・スポークス体制を構築した。そして、以後のアメリカの対アジア戦略も二国間体制を基調として組み立てられてきた。経済分野でもGATTやIMFを中心とする多国間枠組みと二国間関係の双方を活用してきた。
1989年にオーストラリアがアメリカ抜きでの地域経済統合案を出した際、ベーカー国務長官はアメリカがアジア太平洋地域でのいかなる地域統合の試みにも含まれるべきであると発言し、それ以後のアメリカのAPECへの参加の契機となった。またマハティール首相がアメリカを含まないEAEG構想を出した際にもベーカー国務長官は激しく反発し、APECを重視する姿勢を見せるようになった。とはいえ、アメリカはAPECやARFにおいて実質的な結果が得られない場合には関心を失って関与を弱めるといった具合に、アメリカの役割は散発的で消極的なままである。
オバマ政権の誕生によって、アメリカがアジア太平洋地域への関与を強めるのではないかとの期待が高まっている。実際、オバマ政権は、TACへの署名、ASEAN10ヵ国と初の首脳会議の実施など、地域の多国間主義に対して積極的な姿勢を示しているようにも見える。先の東京での演説でも、アメリカがアジア太平洋地域の一国として今日的な課題に取り組む中で、東アジアサミットにより積極的に関与する意思を表明している。
ブッシュ政権からオバマ政権に引き継がれた通商政策上の課題としては、韓米FTA(KORUS)と環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)がある。オバマ大統領は訪韓した際に、2010年にKORUSを推進させることとそのために必要な課題を克服する旨発言している。TPPについても東京演説で、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイとともに、広範な加盟国による地域協定を実現する目標について言及した。アメリカがKORUSを批准しTPP交渉が開始されれば、アジア太平洋地域の通商協力関係は大きく変化することになるだろう。
来年は日本、再来年はアメリカでAPECが開催される予定であり、APECの再活性化のためには絶好の機会であるといえる。そこで問題となるのは、第一に、日米がどれだけ高いモチベーションを持つかであり、第二に、どのようなアジェンダをどの程度追求し、どのレベルの政策を目標とするかである。APECはこれまで自由貿易の推進といったビジョン設定という高い次元の政策と貿易促進のための諸措置といった低い次元の政策とで上手く機能してきた。今後は、その中間レベルでの努力が必要である。例えば、APECをより拘束性のあるものにすべく経済紛争の調停の手続きを強化したり、貿易や投資の自由化を促進するために各国の貿易障壁に対する透明度を高めることもできるだろう。そして、何よりも避けるべきは「クリスマス・ツリー」方式ともいえる、感染症や気候変動などあらゆるイシューをアジェンダとすることである。現段階では、オバマ政権の高いレベルで実際にAPECにコミットし始めたかどうかは分からない。野心的なアジェンダを設定するのには時間がかかるため、できるだけ早期にコミットして欲しい。
鳩山政権下で一部の指導者や学者が東アジア共同体構想について、日本がアジアに近づく一方でアメリカからは距離をとろうとする「ゼロサム」的な政策の一環として持ち出したやり方には問題があり、そのために結果としてアメリカ側で懸念を生じさせることになった。日本は、日米の協力関係を維持しながら東アジアとより緊密な関係を築くことが可能である。よって、「ゼロサム」的な発想は不必要であり、かつ間違った選択である。実際のところ、鳩山政権の東アジア共同体構想はアメリカにとってもプラスである。東京演説にもあったように、オバマ政権はアジア太平洋地域でのより積極的な参加と関与を求めている。アメリカとしては、アメリカ抜きでは東アジア共同体は中国が支配するものになるだろうし、透明性や法の支配、経済的な自由主義、民主主義的な規範に基づくものではなくなるだろうと考えている。アメリカと日本は、お互いのソフトパワー、経済的な専門性、ハードパワーをもとに、共通のルールと規範に基づく共同体を形成すべく協力していく必要がある。
|