EUは元々貿易や経済を主たる政策領域としてきた。安全保障政策は、以前は専らNATOの領域であった。しかし、冷戦終結後、統合ヨーロッパは2つのチャレンジに直面した。ひとつは、政策領域の拡大である。経済統合だけでなく、外交政策や安全保障政策の領域もまた、EUの共通政策の領域に含まれることになった。もうひとつは、地理的な拡大である。EUは冷戦期には東側に属した国々にも加盟国に加えることになった。
このようなチャレンジに直面し、EUはこれに対応できるような変化を必要とした。その変化を考えるに際してはEUの特徴に留意する必要がある。EUとは、法に基づく機関であり、条約に基づく機関である。機構のあり方を大きく変えるには条約を改正しなければならず、それには全加盟国の承認が必要である。
その意味で、1990年代にはEUはいくつかの機構改革を試みたが、困難に直面した。即ちアムステルダム条約とニース条約である。そして、EUは更なる制度改革を必要としたが、それは失敗した憲法条約である。これらを受け、リスボン条約が誕生した。
憲法条約やリスボン条約を起草する際には、それまでとは異なるプロセスを採用した。つまり、政府間会議だけで決めるのではなく、ジスカールデスタン元仏大統領を議長とする「コンベンション」を作り、起草段階で広く有識者の意見を集めた。憲法条約とリスボン条約の違いは、第一に名称である。憲法条約が失敗したのは、憲法という名前が懸念を呼んだからであり、リスボン条約ではこれを回避した。第二に、憲法条約が既存の条約の改訂ではなく一から条約を作ろうとしたのに対し、リスボン条約は既存の条約の改正条約であるという点が異なる。
ではリスボン条約で実際に何が変わったか。リスボン条約でEUが新たに得た権限というのは実はそれほど多岐に亘らないが、変化には大きなものがあった。一つ目はEUの正当性について、欧州議会の権限を拡大し、欧州議会が関与する領域を拡大したことである。二つ目は、実効性を高めたことであり、機構改革を行い、「外交安全保障上級代表」のポストや常任の「欧州理事会議長」のポストを新設したことである。三つ目は、EUに法人格を与えたことである。
EUの共通外交安全保障政策(CFSP)はリスボン条約によってどう変わるか。基本的に大きく変わるというわけではないが、これまでのCFSPの欠点であった、一貫性の無さなどの問題を克服すべく、一貫性と継続性を持った共通外交安全保障政策を実施するために、新しく設置される外交安全保障上級代表のポストは大きな意味を持つ。新しい上級代表は従来のCFSP上級代表の権限に加え、EU理事会の外務理事会(外相理事会)の議長を兼ね、また欧州委員会の副委員長を兼ねる。その意味で新しい上級代表は、EUの中で理事会と委員会をつなぐ重要な役割を果たす。そして新設される「外交庁(External
Action Service)」や各地のEU代表部のネットワークが上級代表の仕事をサポートする。
リスボン条約が発効したため、これに代わる新しい基本条約が模索されることはしばらくないと思われる。リスボン条約の運用が軌道に乗るには、外交庁の設置など、少し時間が掛かるであろう。地域統合としての欧州統合は、リスボン条約の発効を経て、現在移行期に差し掛かっている。
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