私は、ユダヤ人の父と母から生まれた「典型的ユダヤ人」である。ホロコーストを生き延びた父母の間で、戦後のドイツで誕生した。私の母はアウシュビッツを経験したユダヤ人であるが、ホロコーストは我々ユダヤ人にとって、最大の試練であったといえよう。また、現在に至るまで大きな影響・傷跡を残しているものであり、その経験はユダヤ人の心に深く根付いている。ホロコーストがなければ、ユダヤ人コミュニティーは現在とは別の姿になっていたかもしれないだろう。
私が副議長を務める世界ユダヤ人会議(WJC)は、世界80ヶ国のユダヤ人コミュニティー組織からなる機関であり、27人で運営される理事会・執行委員会を持ち、年2回ほど共通の議題を討議するために集う。WJCはユダヤ人に関する様々な議題を議論するが、その中でも最大の関心事はイスラエルである。私はベルギーに暮らすドイツ国民で、ドイツの選挙に投票し、新聞でもドイツの記事を注意深く読んでいるが、私にとってイスラエルは非常に重要な存在である。これは、私以外のユダヤ人にも言えることだ。我々は、政治的な諸問題に関して意見が常に一致するわけではないが、イスラエルが安全保障と平和を必要とするという点では、異論の余地がない。我々にとって、平和なイスラエルは不可欠なのである。いわば、世界のユダヤ人にとってイスラエルは心臓のような存在であり、心臓がなければ我々は生命を保てない。イスラエルに住んでいなくとも、イスラエル政治に完全に同意していなくても、我々にとってイスラエルの重要性には疑いの余地がない。
反ユダヤ主義は、我々が常々直面する懸念である。反ユダヤ主義は実際に存在し、今後もなくなることはないであろう。我々は反ユダヤ主義といかに対峙するのかを考えているのだが、この関連で、近年の最大の関心事はイランとなっている。アフマディーネジャード大統領のイスラエル生存権否定、ホロコースト否定の発言を、我々は決して受け入れられない。ユダヤ人にとっては、アフマディーネジャード大統領の発言自体も問題であるが、イランがベネズエラのような国々にも影響力を行使しようとしていることもまた問題である。彼が繰り返す発言は我々に恐怖を与え続けているが、私の使命はこれをやめさせることである。そのためには、イランに対する影響力を有する国々の協力が必要である。また、私は、日本があらゆる影響力をアフマディーネジャード大統領に行使し、発言をやめるように説得して欲しいと願っている。
現在、我々の暮らす世界は大きく変わりつつある。米国オバマ大統領の登場はその一つの事例であろう。また、新しいヨーロッパ、すなわちEUが順調に歩んでいることも新たな世界の一側面であろう。EUの成功は、20数年前では幻想でしかなかったようなことである。また、中国も新しい中国となっている。先日のコペンハーゲン気候変動会議での中国の存在感は、かつては考えられなかったことである。中国も急速に変わりつつあるのだ。変わり行く世界という点では、ヨーロッパにおけるムスリム・コミュニティーの拡大も挙げることができよう。近年、彼らの中にユダヤ人に対して敵対的・攻撃的な人々が現れつつある。例えば、ブリュッセルで、金曜日の集団礼拝を終えたムスリムにユダヤ教徒が襲われた事件も起こっている。両者間の信頼感醸成が難しい事態となりつつあることは非常に残念であるが、我々も何とか解決を見出す必要があろう。
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