JIIAフォーラム講演要旨

2010年3月10日
於:日本国際問題研究所

ドミトリー・ヴィタリエヴィチ・トレーニン

カーネギー・モスクワ・センター所長

「大陸アジアの安全保障」


アジアの安全保障と言うと、これまでは太平洋沿岸地域のアジアに焦点が当たることが多かった。沿岸諸国は確かに重要であるが、今回はそれを補完する意味で、大陸アジアからの視点でアジアの安全保障について話したい。

大陸アジア地域はかつて大国間の勢力の角逐の場であった。満州、モンゴルは日本とロシアの間で、チベットやヒマラヤ地域は中国とインドの間で、アフガニスタンは英国とロシアの間で、勢力争いが行われてきた。現在、大陸アジアにおいて、大国間で大きな火種は無い。中国が台頭し、またインドが台頭して核兵器を持ったが、まだ予見できた対応である。中印関係は良くなってきたが、依然として課題はある。インドの核武装はパキスタンよりも中国を意識したものである。
内陸部においては、ロシアがソ連崩壊後も依然大きな影響力を持ち、米国の影響は冷戦後相対的に弱まっている。米国は、9.11同時多発テロ以降、アフガニスタンなど大陸に積極的に関与してきた。この地域では、例えばパキスタンのようなイスラムの爆弾がメルトダウンした場合の懸念がある。この点は少なくとも現時点ではイランよりも危険である。パキスタンの一部は半独立状態にあり、タリバンにコミットしている。米中のみがパキスタンに政治的影響力を及ぼすことができる。パキスタン国家を崩壊させないことが重要である。

中央アジア諸国は、ユーラシアのバルカンと言える。ソ連崩壊から20年たったが、存続している。イスラム原理主義勢力に乗っ取られたり、内戦が起きたりはしていない。今後もそれが続くかは、国内情勢次第である。特にカギとなるのがウズベキスタンであり、後継指導者への継承がうまくいくかに掛かっている。フェルガナ盆地を押さえられるかが重要であり、これが失敗したら周辺諸国にも影響が及ぶ。カザフスタンとトルクメニスタンがそれぞれ違う理由で安定している。モンゴルは幸福な例で、中露間のバランスをうまく取り、米国や日本とも良い関係を築いている。ネパールも混乱はあったが国内社会は安定している。ネパールの安定には中印関係が影響している。

また極東ロシアについては、中露関係は国境画定をうまく行ったが、中国によるアムール川、ウスリー川の領土主張がある限り問題は残る。この地域のロシア人人口は少なく、中国が将来的に北方の不平等条約による領土の回復に目を向けることが懸念される。その原因はロシアがこれまで極東をきちんと統治してこなかったことにあり、そのことをモスクワは認識している。プーチン首相も極東を頻繁に訪問しており、極東地域を重視している。2012年のAPEC首脳会議をウラジオストックで行うことを決めたのもその現れである。ロシアの将来は、西側やコーカサスでの国際関係よりも、アジア側における国際関係に掛かっている。

次に多国間の枠組みについて話したい。まずこの地域には上海協力機構(SCO)がある。中央アジアにおける中国の一定の役割を認めたものであり、現在7カ国とインド、パキスタン、イラン、モンゴルがオブザーバーとなっている。中露の軍事演習は、テロ対策ということになっているが、本音はアメリカに向けてのものである。またCSTOがある。中露印の3ヶ国の関係が今後重要であり、特に中印の関係が重要である。ロシアは時には中印の調停役となりうるであろう。

朝鮮半島や台湾海峡など、これから太平洋沿岸地域のアジアでいろいろ問題があるであろう。しかし、これらの問題はその地域単独で起こるわけではない。大陸アジアにおける関係各国間の良好な関係を作ることが、ひいては沿岸アジア地域の安定化につながる。大陸アジアと沿岸アジアの問題は互いにつながっている。中印関係や中露関係を大陸アジアにおいてうまくマネージすることは、沿岸アジアの安全保障問題のためにも重要である。

以 上