はじめに 本日はこの場をお借りして、3つの主題について申し上げたいと思う。まずアフガニスタン情勢について、次にパキスタンの動向について、そして日本の対アフガニスタン政策についてである。発表者なりの若干の政策提言が、それらには含まれている。
1.現在のアフガニスタン情勢 近年、アフガニスタンにおけるタリバンの勢力拡大は著しく、全34州のうち30州で「隠然たる政府」とでもいうべき独自の権力機関を形成している。特にタリバンがこの地域のイスラム原理主義組織の活動を刺激し、中央アジアやインドでも類似のテロ行為が続発するに及んでいる点が、1990年代の状況との大きな違いである。
ただし、このようなタリバン勢力の伸張は、国民の支持によるものというよりは、圧力と恐怖、テロに依拠したものであり、これに対処すべきカルザイ政権の政策執行能力不足と外国からの援助の減少を反映したものであった。つまり、西側諸国の戦略次第でタリバンの活発化は十分に阻止しえたのである。今日の状況は、イラク戦争にともなう援助の減少と経済復興の停滞、ブッシュ政権がタリバンよりもアルカイダ打倒に注力したこと、パキスタンがタリバンを庇護したこと、和平プロセスの性急な実行が国内・国際的な信任に悪影響を及ぼしたことなど、戦略的な蹉跌の累積の結果といえる。
オバマ政権の発足以降、このような状況は改善されつつある。兵力の増派に加え、民生安定を通じて民心掌握を目指す新たな対テロ戦略の採用、国内経済の発展(特に農業関連のインフラ整備)への関心の向上などの注目すべき施策が採られ、成果を挙げつつある。ただし、オバマ政権が早期の撤退開始(2011年7月)を明言したことで、内部に根深い民族対立を抱えるアフガニスタンの情勢が悪化し、また周辺国の間でアフガニスタンへの影響力をめぐる角逐が惹起される懸念が生じている。撤退に際しては、アフガニスタン内政への非介入という地域のコンセンサスの形成が最低限の条件となろう。その他にもアメリカとタリバンとの交渉、タリバンのアルカイダからの訣別など困難な課題が山積しているが、いずれにしても、アフガニスタン政府が主要なアクターとしてそれらのプロセスに参加することが肝要である。
2.現在のパキスタンの情勢 現在のパキスタンが直面する危機的状況は複合的なものである。まず政治的側面においては、2008年9月に成立したザルダリ政権(「文民政権」)は軍部との緊張関係を抱えるだけでなく、自身のガバナンス能力においても問題を内包している。また、経済的にはムシャラフ政権下で軽視されてきたインフラ投資・輸出産業育成・消費者保護の問題に世界同時不況とエネルギー危機が加わり、深刻な状態にある。そして「パキスタン・タリバン運動」によるテロ行為の全国的拡大、バルチスタン問題をはじめとする民族・地域問題の存在が政権をさらに不安定なものとしているだけでなく、対外的にもインドとの関係が悪化(カシミール地方の領有権、水資源、アフガニスタンへの影響力とテロ組織をめぐる対立)しているのである。
これらの問題の解法を探るにあたり、鍵を握るのは2つの「戦略的観点」であろう。
まず第一が、パキスタンが自らのナショナル・アイデンティティを何処に求めるのか、である。イスラム、民主主義、民族、あるいは反インドなどに分裂し、一貫した形をとらなかった「われわれをパキスタン人たらしめるもの」について、議論が必要である。
そして第二が、パキスタンの安全保障のパラダイムをいかなるものとするか、である。インドとの対抗関係を念頭において戦時体制の構築を図る「軍部的パラダイム」、そして開発・教育・通商・善隣・軍縮を重視する「市民社会的パラダイム」という相反する概念が、パキスタンにおいては混在しているためである。
このような観点をふまえるならば、軍部と文民の協調関係の構築、アフガニスタン問題で和平プロセスの(ブローカーではなく)促進者としての役割を果たすこと、そして経済開発と市民社会の成長に寄与する形で西側諸国の援助が実施されることが、パキスタンにとって特に重要といえる。
3.日本の対アフガニスタン政策 日本はアメリカに次ぐ第二位のアフガニスタン援助国であり、麻薬栽培を代替する農業インフラの構築、市民社会の形成、雇用の創出など、その内容の幅広さにも特筆すべきものがある。特にJICA(国際協力機構)の分析・立案・実行能力の高さ、緒方貞子氏(現JICA理事長)のアフガニスタンに対する関心の深さは、日本の対アフガニスタン政策を特徴付けるものということができる。
もちろんそこにも若干の問題点は存在する。ここでは3点を挙げ、結論にかえたい。
まず、投入された資金の使途や評価に対するモニタリングに改善の余地がある。腐敗と横領の実態把握、資金浪費や他国の援助との重複などを加味した、より緻密なコーディネートをお願いしたい。
また、日本はアフガニスタンの周辺国に対して大きな影響力を持ち、なおかつ相対的に良好な関係を維持している。そのような立場を活かし、上に述べた周辺諸国間のコンセンサスが円滑に形成されるよう貢献してほしい。
そして、日本がアフガニスタンと周辺地域において果たしている役割の大きさを認識し、その影響力をいかに発揮するかについて、幅広い関心が惹起されることが何より重要である。特に、自らが投じた資金が有効に利用されることが何よりも日本の国益に適うという点は、日本国民の間で広く認識される必要があろう。
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