報告者は一昨年からブラッセルで政治・安全保障を担当する次席として活動しており、本日は昨年12月のリスボン条約の発効による変化を中心にお話しする。
1. 欧州統合60年の現在
リスボン条約は、欧州憲法条約の批准に失敗した後、それを部分的に再編してつくったもので、発効までに長い年月を要した。今年は欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)の発足につながる「シューマン宣言」から60年目に当たるが、この間に欧州統合体への加盟国は6か国から27か国に拡大し、主権を統合体に委ねる政策領域も拡大した。また、全加盟国が参加しているわけではないが、共通通貨も持つに至っている。外交・安全保障においては、EU軍というものが存在せず、加盟各国に100%主権が残っているが、EUの中で共通化可能な部分は共通化するという状況である。しかし、英仏独のような主要国であっても、一国としての国際社会での影響力が低下しているため、EUとして行動することが必要になってきている。EUが27か国の共通ポジションや戦略を採択して活動している分野には、NPT運用検討会議やアフガニスタン復興支援などが含まれ、こうした分野では二国間協力を呼びかけても難しい状態である。
EUが所掌している分野は非常に広いため、ブラッセルにある加盟国の代表部は規模も大きく、常駐代表には各国とも有力な人材を派遣している。
2.リスボン条約による対外関係の変容
リスボン条約の発効により、機構上新たなポストが形成されている。1つはベルギー前首相のファン=ロンパイ氏が就任した欧州理事会常任議長である。EUの大統領と言われるが、コーディネーター的な性格が強い。もう1つはアシュトン氏が務める外務・安全保障上級代表兼欧州委員会副委員長で、これは軍隊・警察を管轄していた上級代表と、開発援助を担当していた欧州委員会対外関係総局委員という2つのポストを統合したものである。さらに、アシュトン氏は加盟国の外務大臣が集まる外務理事会の議事も担わなくてはならず、1人で大変な責務を負っている。
アシュトン上級代表を支えるために創設されたのが、EUの外務省に相当する欧州対外活動庁(External Action Service)である。欧州対外活動庁のスタッフは、欧州委員会の対外関係総局、理事会事務局の対外関係部門、加盟国の外務省という3つのソースから送り込まれている。アシュトン氏は5年の任期中にこの組織を立ち上げる予定で、作業はゆっくりしたペースで進んでいる。高級官僚のポストは加盟国間の権力闘争の対象になっている。在外代表部の大使はこれまで政治任命が中心であったが、ここに加盟国からの公募制が加わった。この「外務省」の形成においては、加盟国国民によって直接選挙で選ばれる欧州議会の立法権限が強化されている。全体として外交・安全保障の現状は過渡期である。ファン=ロンパイ氏とアシュトン氏の関係はリスボン条約には明記されていないが、基本的には独立していて主従関係ではない。
リスボン条約の恒常的構造協力・連帯条項・相互援助条項には、EUの軍事能力の強化について書かれているが、現時点でEUは領域防衛にはまだ踏み込んでいない。他方、EUの危機管理(PKO)については、軍事的・非軍事的なものを合わせて約20が実施されている。ソマリア沖の海賊対策「アタランタ」作戦、グルジアへのEU監視団の派遣、ボスニア=ヘルツェゴビナやコソボ、コンゴ民主共和国への支援などが挙げられる。国連安保理決議が難航した場合やNATOが介入できない場合など、EUが何らかの役割を演じられる可能性がある。
3.EUの対外関係
EUの世界情勢に対する認識としては、グローバルな規模で北から南へ、西から東へのパワーシフトが起こっている。経済的なグローバリゼーションによって中国やインドなどの新興国が台頭する中、EUは相対的に地盤沈下し、政治的影響力も弱まっている。その中で影響力を維持するために、1つの声で一致して発言し、経済外交や対主要国外交を強化することが課題とされている。
主要国の中ではアメリカは別格として認識されている。EUではブッシュ政権の外交に対する反発は強かったが、オバマ政権は本国以上に歓迎されている。従来、米欧関係はNATO一辺倒の議論が多かったが、オバマ政権はEUを1つのアクターとして使おうとしている。
EUは近隣諸国との関係も重視している。ベラルーシ、ロシアなどの東方から中東、マグレブ諸国にかけての三日月形の地域の安定が重視されている。さらに、ロシア、中国、日本、カナダ、ブラジルといったEUが特定する戦略パートナーとの関係も重視されている。対ロシア政策ではEUの結集度は高く、メドベージェフ政権を支援していく方針であるのに対して、EUと親和性がない中国に対しては、EUの政策はパートナーシップ&エンゲージメントである。しかし、昨年のCOP15でEUの対中政策が機能していないことが明らかになり、失望している。EUはG2の下で自らがマージナル化することを非常に嫌がっている。
対NATO関係では、EUと加盟国が異なるためにスムーズに協力できないという問題が存在する。また、EUは“effective multilateralism”という、効果的に国連が機能することが重要という立場を取っている。対OSCE関係ではEUはポジションを共通化し、一大勢力になっている。
4.日EU関係
日EU関係においては、1980年代から90年代初めの貿易摩擦の時代は終わり、定期首脳会議や外相級会議のほか、政務局長、局長、審議官などのレベルでワーキング・グループという活動を行っている。このワーキング・グループは広範な分野に渡り、EUの政策決定の基礎となっている。ファン=ロンパイ常任議長は日EU協議を官僚間のものではなく、政治的な重みのあるものにしたいと強く希望している。日EU関係はこれまで経済に偏ってきたが、現在はグローバルなパワーシフト、中国の台頭を受けて、EUが防御的な体勢をとらざるを得ない中で、中国の向こうに日本が再発見されたという状態であり、ファン=ロンパイ議長も日本と政治的な関係を築き、中国について議論することを希望している。EUと具体的な協力を行うことは日本にとっても利益になり、日EUの政治的な協力の重要性が双方から認識される時代になってきている。
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