JIIAフォーラム講演要旨

2010年5月26日
於:日本国際問題研究所

モートン・ハルペリン オープン・ソサエティ
 /元米国大統領特別顧問
ウォルター・スローコム アトランティック・カウンシル
 /元米国国防次官
リントン・ブルックス 米国戦略国際問題研究所(CSIS)
 /元米国国家核安全保障局(NNSA)長官

「オバマ政権の外交・安全保障戦略」


(1)L・ブルックス(Linton F. Brooks)報告「米国の核政策の現状」
〔要旨〕

2009年4月、オバマ大統領が行なったいわゆる「プラハ演説」は、核政策をめぐる大統領自身のビジョンを明確に示すものであった。その要点は、①核なき世界に向けた米国の取り組みの推進、②しかし同時に、核兵器の脅威が現存する以上、米国による十分な抑止力の維持とこれに基づく同盟国への保証の提供、の2点である。
 2010年4月に発表された「核戦略体制の見直し(NPR、以下「見直し」とも略記)」は、これら2つの――以下にみるように、それらは部分的には矛盾した緊張関係にある――目標を同時追求する試みといえる。

今回のNPRは、大統領はもとより、米国政府の多くの部門がその作成過程に参加する中で、今後5〜10年間の核政策の基本方針を確立した。それは、冷戦の終結以来、今日に至るまでの約20年間に及ぶ核のありかたをめぐる様々な議論に対して、大統領が導き出した1つの解答として位置づけられる。同時に、ブッシュ前政権が明確な核政策を提出しないままに、様々な憶測や誤った見方が、巷間流布したことへの一種の反省的見地にも立っている。この点、オバマの「見直し」は、秘密・非公開の補足規定のない唯一のNPRである。

「見直し」は、①核拡散と核テロの防止、②米国の安全保障体系における核兵器の役割の軽減、③核戦力の削減プロセスにおける抑止と安定の維持、④地域レベルでの抑止力の強化と同盟国への十分な保証、⑤確実かつ効果的な兵器体系の維持、の5つを強調している。そこでは、従前の政策からの継続的なありかたとして、ロシアとの均衡を前提とした小規模な戦力削減、弾道ミサイルや爆撃機などの兵器構成、同盟国に対する拡大抑止の重視、などが挙げられている。このうち、拡大抑止については、欧州とアジアの同盟国との緊密な協議を経て決定されたものであり、この結果、例えば、欧州からの核兵器の撤去は打ち出されなかった。また、兵器構成の面で、トマホーク巡航ミサイルの撤廃が確定したが、米国の軍事的能力の高さからすれば、このことは個人的にも妥当な判断であると思う。

他方、核政策における変化の側面に目を向ければ、第一に注目すべきは、核拡散と核テロを政策上の最優先事項として位置づけたことである。今後、米国は、核不拡散条約(NPT)の第6条(締約国による核軍縮交渉義務を規定)の重要性を再確認すると共に、拡散防止体制の強化と核関連物質の管理をより積極的に推進するであろう。

第二の変化は、核戦力行使の「宣言政策(declaratory policy)」である。すなわち、冷戦以来の「あいまい戦略」から転換して、核兵器を保有せずNPTを遵守している国に対して、甚だしきはそうでない場合でさえも、極端な状況を除いて、米国は核兵器を使用しないであろう、と。これを換言すれば、核兵器の基本的な役割は、敵からの核攻撃の抑止に限定されるということである。

以上の事柄は、冒頭に述べたように、大統領の描く核戦略に内在するある種の矛盾を反映している。すなわち、一方においては、核兵器のさらなる削減と廃絶の声を背景として、NPRは、新たな核弾頭開発や核実験の停止、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准と早期発効を目指すことを謳っている。しかし他方では、核戦力の相対的低下とこれに起因する同盟国の不安を払拭するため、核兵器の生産・研究施設の近代化やその予算の増額を規定している。また、長期目標として、すべての核保有国による核兵器廃絶への努力を掲げつつ、地域安全保障の強化、非核戦力による抑止能力の向上、ロシアとの新たな削減交渉の取り組みなど、様々な具体的任務を列挙している。

要するに、オバマ大統領の「見直し」は妥協の産物であり、それは、大統領が考慮すべきこの問題の本質的な複雑さに由来しているのである。こうした複雑性に対して、すべての人々を満足させうる回答は得られないであろう。しかし最後に付け加えておくべきは、米国の核戦略の専門家がほとんど異口同音にいうように、今回のNPRは、米国自身と同盟国に対する抑止力の維持・提供、および核弾頭の数量削減という異なる目標を合理的にバランスづけることに成功しており、少なくとも今後数年間は、これが米国の核政策の核心として位置づけられるであろう。


(2)M・ハルペリン(Morton H. Halperin)報告「日米関係と拡大抑止」
〔要旨〕

私の報告テーマは、「核戦略体制の見直し(NPR、以下「見直し」とも略記)」を事例とした日米関係の変化と展望である。

総じていえば、今回のNPRの内容は、2009年に提出された『米国の戦略体制(America's Strategic Posture)』の答申の多くを踏襲したものといえる。後者の報告書は、私もそのメンバーの1人を務めた、核戦略をめぐる米議会の諮問委員会(通称「Perry-Schlesinger Commission」、委員長William J. Perry、副委員長James R. Schlesinger)が作成したものである。このレポートの中で最も誇るべきは、これまで約40年以上にわたってアメリカがNATOの同盟国と実施してきた核政策をめぐる密度の濃い深みのある協議を、日本とも行なうべきである、という提言であろう。こうした協議が、これまで日米間で実施されなかった要因としては、①日本政府の関心の希薄さ、②米国の核政策が基本的に欧州でのソ連のプレゼンスを中心としていたこと、および、③米国の核専門家の多くがNATO志向の人々であったこと、など様々な理由が挙げられようが、21世紀の今日、核問題をめぐる日米協議の必要性は日増しに高まっているといえる。とりわけ、「見直し」が強調しているように、核拡散と核テロリズムの危険性への認識が高まっている中、日本との十分な協議とこれによる緊密な意思疎通は、米国にとっても急務である。

こうした背景に鑑みて、私が喜びと共に驚いたことは、今次のNPR策定に際して、日米両政府が、上述したNATOの同盟国と同様に、広範かつ細部にわたって率直な意見交換を行なったということである。この結果、NPRには日本側の多くの見解が反映されたが、私のみるところ、今回の日米間での協議の推移では、とくに以下の3つのポイントが重要である。

第一に、トマホーク巡航ミサイルの退役問題である。協議当初、日本政府の内部には、この問題をめぐって様々な意見が存在したが、しかし最終的には、緊密な意思疎通と米国の抑止力の維持を前提とした日本側の同意により、このいくぶん時代遅れの兵器の廃止が決定された。同時に、米国もまた、核抑止を目的とする爆撃機などの様々な兵器構成の維持を明確に打ち出すことで、これに応答したのである。

第二は、「宣言政策(declaratory policy)」の変化である。この点に関しては、むろん米国政府が日本の意向を必ずしも全面的に受け入れたというわけではないが、しかし日本側の問題関心が、以下に述べるがごとき、米国の政策上の変化に一定の影響力を持ったことは事実である。すなわち、「見直し」は、①同盟国に対する十分な抑止力の提供を前提とした、核兵器への依存の軽減、②核なき世界に向けた米国の取り組みの促進、③他国による核攻撃の抑止を「唯一の目的」とする米国の核保有、などを謳っている。さらに、より重要な変化として、ブルックス氏が指摘したように、「核不使用保証(negative security assurance)」――核拡散防止条約に加盟し、遵守する国に対しては核兵器を使用しない――と呼ばれる政策を初めて明確に提起したのである。

三番目の論点は、今回のNPRでも部分的に言及されたが、将来における日米間でのより緊密かつ広範な議論の必要な問題、すなわち、中国への対応という問題である。この点、「見直し」は、中国との「戦略的な安定を強化する」と規定しているが、しかしその具体的な中身については、現時点ではアメリカ国内でも十分に明確ではない。ただし、ほぼ確実なことは、①将来に向けて米国は中国との関係を重視し、向こう1〜2年の間、米国政府の内部でそうしたテーマが集中的に議論されるであろうこと、②このような議論に基づき、おそらく数年以内に、米中両国は核問題をめぐる対話を開始するであろう、ということである。こうした動きに対しては、上述のような米中間での核戦略対話について、日本政府が米国との間にしっかりとした話し合いをもち、日米両国の間で相互理解と共通認識を深めておくことは、きわめて重要である。

最後に、繰り返しになるが、核をテーマとする中国への対応は、今後、数ヶ月から数年間のスパンにおける米国の核戦略の主要なイッシューとなるであろう。そして、この問題について、日米両国は必ずや真剣な協議を実施するはずである。過去数ヶ月にわたって繰り広げられた「見直し」をめぐる一連の議論は、そうした新しい日米関係にとっての試金石であったともいえよう。


(3)W・スローコム(Walter B. Slocombe)報告「弾道ミサイル防衛」
〔要旨〕

これからお話しする弾道ミサイル防衛は、米国の安全保障戦略の重要な一部を構成すると共に、拡大抑止に対しても大きな意味合いを有するという点できわめて重要な問題である。

今日、弾道ミサイルの脅威が高まっている中で、弾道ミサイル防衛の重要性はますます大きなものになりつつある。多くの国々は、なかでもとくに北朝鮮とイランは、遠方の国々に到達可能な核兵器の運搬能力を向上させている。さらに、あまり十分に認識されていないが、通常弾頭の弾道ミサイルの脅威も同様に増している。この点、中国は、自らのいわゆる「拒否戦略システム(anti-access system)」の向上に努め、米中両国が衝突する可能性のある枢要な地域において、空・海軍を中心とする米軍の軍事作戦行動を阻止するため、弾道ミサイルを含む自軍の戦力向上に邁進している。拒否戦略は、しばしばいわれるように、航空母艦に対する直接的な攻撃のほかに、航空基地、港湾施設、通信・情報施設などを攻撃目標とすることにより、空母への間接的な攻撃を実施するうえでも有効な戦略である。

ところで、弾道ミサイル防衛には、①米国本土の防衛、②米国の同盟国と友好国の防衛、③上記に展開する米軍の防衛、という相互に関連した――しかし異なる――3つの目標がある。これらは、それぞれの任務に応じて技術的要求と軍事的目標が異なる。例えば、③に比べて、①と②はさらに高い防衛能力を要求される。また、①は高空を非常な速度で飛来する長距離ミサイルを迎撃対象とするのに対し、②は短・中距離のミサイルに対応しなければならない。

そうした点を踏まえた上で、アメリカにとって何が自らの弾道ミサイル防衛の任務でないかを確認しておくことはきわめて重要である。これを端的にいえば、ロシアまたは中国による戦略兵器を使用した本格的な攻撃に対する防衛は、その任務ではない。なぜなら、これらの核大国による戦略核への防衛は、技術的にも財政的にもきわめて困難である。仮に、ロシアと中国が自国の第二撃能力のいっそうの強化を志向すれば、両国はこれを達成しうるであろうし、事実、ミサイルの潜水艦への搭載や実戦配備の数を増やすなどして、第二撃能力の確保に注力している。したがって、それらを含む総合的な防衛のありかたは、弾道ミサイル防衛の目的とはならない。もし米国が、中ロの戦略核を防衛対象に含めるとすれば、それは有効な防衛ではなくて、ロシアと中国のさらなる核戦力の増強を生み出すだけであろう。

ハルペリン氏とブルックス氏は、より広い核問題の文脈から、今次の「核戦略体制の見直し(NPR、以下「見直し」とも略記)」に言及した。これに対して私は、弾道ミサイル防衛の観点からNPRを論じる。
まず、関連する議論において、人々はしばしば、弾道ミサイル防衛の技術的側面に目を向けがちである。しかしこれに対して私は、われわれは必ずそれをやり遂げる、と答えよう。日米両国は、緊密な協力態勢の下、ミサイル防衛計画の第一段階を運用しており、イージス艦やアメリカ軍のレーダーがすでに稼動している。現在では、スタンダード・ミサイルを主体とする次のステージに入りつつある。

次に、拡大抑止に対する弾道ミサイル防衛の貢献に目を向ければ、そこでは少なくとも次の3つの利点が指摘できる。第一に、いうまでもないことだが、弾道ミサイル防衛は、米国の同盟国と友好国に対し、有力な防衛能力を提供する。それは、敵の攻撃による重大な損害を減少させるのと同時に、報復の手段によらない防衛という点で優れている。第二には、私がより重要だと主張したいのは、真に有効な防衛能力は、核兵器を用いた攻撃が懸念される北朝鮮のような国々が、米国や同盟国に対して、政治的脅迫や軍事的威圧を行なう可能性を軽減できるという点である。最後に、弾道ミサイル防衛は、攻撃力の強化による抑止でないため、相手方の脅威とはならずに、拡大抑止を遂行できる。

以 上