JIIAフォーラム講演要旨

2010年6月18日
於:ホテルオークラ

ハーミド・カルザイ

アフガニスタン・イスラム共和国大統領

「第2期カルザイ大統領政権〜これまでの取り組みと課題〜」


アフガニスタンには一つの誤解がある。それは、日本とアフガニスタンは、1919年の同じ日に独立したというものである。もちろん、日本が常に独立国であったことは周知の事実であるし、アフガニスタンも大英帝国の影響下に置かれた一時期をのぞいて、常に独立を保ってきた。しかし、両国が同年同日に独立したという誤解からは、世界屈指の先進国となった日本と、発展を阻害されてきたアフガニスタンの差違に、一層の感慨を抱くことになる。私は、日本を訪れるたびに、アフガニスタンが、日本の成功の一部なりとも達成できないものかと願うのである。

日本は、アメリカなどとともに、最も早くからアフガニスタンの支援に乗り出した国であり、今日では二番目に大きな支援国となっている。日本は、2002年1月のアフガニスタン復興支援国際会議以来、民兵の武装解除、教育、保健衛生など、アフガニスタンの重要問題に関する国際会議を東京で主催し、また、カーブル空港のターミナルビル建設に関する会議は、アフガニスタンの国内航空網の整備に重要な貢献をなした。そして、このたび、日本政府が今後5年間に最大50億ドルの支援を表明したことに対して、私は、アフガニスタン国民を代表して日本国民に大きな感謝の意を表する。日本の援助は、いつでも無私に、アフガニスタン国民の生活向上を第一に考えて行われている。アフガニスタンは、そうした日本の援助に心より感謝している。

アフガニスタンは、世界で最も古い歴史を持つ国の一つであり、日本との関係も、奈良の寺院に収蔵されたアフガニスタン産のラピスラズリに見られるように、千年以上を遡る。近代の外交関係は80年前に始まり、アフガニスタンは日本との外交関係から大きな利益を得てきた。昨日、菅首相がアフガニスタンとの友好関係の、千年、二千年にわたる持続・発展を希望したことを大変嬉しく思っている。

ここ30年の間、アフガニスタンは悲劇的で困難な時代を経験した。この30年の間に、アフガニスタンは250万人以上の国民を失い、数十万人もの高度な教育を受けた人々が海外へ流出した。2001年までに、アフガニスタンは、国家制度や軍、警察、医療、交通など、近代国家としての基盤を全て破壊されていたのである。

2002年以来、我々は、日本など各国の支援を受けて、国家の再建にあらゆる努力を傾注してきた。現在、主要な幹線道路や医療制度など、社会基盤のかなりの部分を再建するに至り、大学の数も16校に増えた。メディアも22の民間テレビ局と100近くの新聞、ラジオ局が報道を行うまでになった。2001年当時、70万人の大学生のほとんど全てが男子であったが、今日では、700万人以上の学生のうち、少なくとも、30から45パーセントを女子が占めている。また、日本を含む海外の大学で修士や博士とった専門家も、アフガニスタンに戻ってきている。経済の面でも劇的な改善が見られた。たった150ドルだった国民一人あたりの所得は、現在では550から600ドルにまで上昇し、GDPも約10億ドルから130億ドル、ないしは、150億ドルまで増加した。外貨準備も、2002年には1億8千万ドルに過ぎなかったが、今日、我々は45億ドルの外貨準備を持っている。また、外交面でも復興を遂げた。2001年のカーブルには3つの大使館しかなかったが、今日のカーブルには60カ国近くの大使館が置かれている。同時に、60カ国以上にアフガニスタンの大使館が開かれ、我々は、皆様の援助のおかげで、誇りを持ち、将来を展望できる国として、世界に復帰したのである。

アフガニスタン復興の最大の成功は、民主主義を回復したことである。女性の就業や教育も回復された。憲法は、議会において、女性議員が議席の最低25パーセントを占めるように定めているが、現状で27パーセントを女性議員が占めている。10日ほど前に開催された和平ジルガでも女性の活躍が目立った。アフガニスタン全土から集まった1600名以上の参加者の21パーセントが女性で、28の小委員会のうち、2つの小委員会で女性が議長に選出され、21の小委員会で女性が事務局長を務めた。

このように、アフガニスタンは着実に復興を遂げ、援助の対象国から自立した国家へと変わりつつある。2002年の国家予算は80パーセントを援助に頼っていたが、現在では、70パーセントをアフガニスタン自身の資金でまかなっており、地方への統治も浸透しつつある。

その一方で、統治能力や公共サービスの不足など、まだまだ解決すべき課題は多い。なかでも、テロ対策と治安の確立は最も重要な課題である。ターリバーンとの戦闘やアル=カーイダなどのテロ組織の攻撃はなお続いており、こうした状況に対して、アフガニスタン政府は二つの方策で臨んでいる。一つは、警察と軍の治安維持能力の向上を図ることである。二つ目は、地元出身のターリバーン兵士の帰参を促すことである。彼らは、アル=カーイダのメンバーでも、テロリストでもない。状況によってやむを得ずターリバーンに加わったアフガニスタンの若者たちであり、アメリカやパキスタンとの協力のもと、彼らに憲法を守らせ、アフガニスタン国家に受け入れることで、国民の和解と国家の再統合を進めている。和平ジルガにおいて、証拠のないままテロリスト容疑で拘束されているターリバーン兵士の釈放を決定したことも、国民和解と国家の再統合に向けた大きな一歩である。

アフガニスタンは、地政学的に重要な位置を占める。19世紀以来、大英帝国、ソビエト連邦、アメリカといった超大国がアフガニスタンと密接に関係してきたのも、中央アジア、南アジア、西アジアをつなぐハブであるという、アフガニスタンの地政学的な重要性の故である。今後は、このハブとしての位置を活かして自由貿易体勢をとり、各地域間の交流を促進することに貢献していきたい。

また、アフガニスタンは、鉱物資源に恵まれてもいる。アメリカの地質調査によって、1兆ドルから3兆ドル規模の地下資源が確認された。これは、今後に明るい展望をもたらす要素である。特に、電気自動車の電池の材料となるリチウムの大規模な鉱脈が発見され、『ニューヨーク・タイムズ』紙は、アフガニスタンを「リチウムのサウジ」と呼んだ。この豊富な鉱物資源を、平和なアフガニスタンの資源として活用していきたい。

周辺諸国との関係拡大にも努めてきた。パキスタンとの関係は大きく改善され、イランとは良好な関係を結んでいる。インドはアフガニスタンの教育に大きな援助を行い、10万ドルの奨学金を支出してくれた。中国はアフガニスタンの鉱物資源に大きな関心を寄せ、銅鉱山の開発に45億ドル規模の投資を行った。鉱物資源の開発には、日本も是非参加してほしい。

アフガニスタンは、すばらしい歴史を持つ国であり、ここ30年ほどは、大きな困難に直面してきたが、復興を遂げつつある。そして、今後の工業の発展に不可欠な鉱物資源にも恵まれている。アフガニスタンの復興に日本が多大な援助を行ってくれたことに対して、日本の皆様に深く感謝し、日本がアフガニスタンの鉱物資源に投資し、その資源を活用することを歓迎することによって、これまでの援助のお礼としたい。

以 上