JIIAフォーラム講演要旨

2010年8月5日
於:日本国際問題研究所

長嶺 義宣

赤十字国際委員会駐日事務所所長

「国際社会の課題について:ICRCの活動から」


本講演では第一に赤十字国際委員会の説明を行ない、続けて今日の紛争の変貌、人道アクターの多様化、人道支援の政治利用の危険性について述べ、そして最後にセキュリティについて、あるいは日本と赤十字委員会の関わりについて触れたいと思う。

赤十字国際委員会とは
赤十字国際委員会は世界最古の人道支援を行う国際機関であり、ジュネーブ条約に基づき紛争地域で公平・独立・中立の原則を掲げて紛争被害者の救済支援を行なっている。いまや1000億円の予算をもち、世界約80カ国に拠点を有し13000人に及ぶスタッフが活動を展開している(邦人の国際正規職員3名含む)。活動の内容は紛争当事者に国際人道法の遵守を求める保護活動、紛争被害者に対する救援活動、そして平時において武器を持つものに国際人道法の概念を普及徹底する予防活動に分かれる。

今日の紛争の変貌
今日の紛争においては紛争当事者が多様化している。このような状況下において以前に増して誰がどのように、何の目的で、紛争を繰り広げているのか正確な理解が必要とされる。複雑な状況でどのようにして人道法を遵守させるか、多様化する紛争当事者とどのように対話や交渉を行なうか、それが今後の大きな課題である。
また一国の問題であるはずの紛争が隣国の介入により国際問題化することもありうる(国内紛争の国際化)。このような状況下では紛争当事国の周辺の国々に関する理解を深めることが必要となってくることはいうまでもない。

人道アクターの多様化
紛争当事者だけではなく援助や救援を行なうNGO側も多様化している。ハイチでは地震発生以前から既に3000人から10000人ともいわれる極めて多くのNGOが活動を展開していた。このような多様化するNGOの活動をどうやって調整するかも重要な課題である。


人道支援の政治利用の危険性
NGOはForce Multiplierとして捉えるべきであるという意見もある。これはNGOを軍の活力を増すような形で取り込み利用するという意味であるが、人道支援を行なうNGOと軍の境界が見えにくくなることは大きな問題ではないか。これはNGOへの攻撃の可能性を高めるし、独立公正であるはずのNGOの存在を危うくするのではないか。
また、ポスト911の世界においてNGOの側にも中立性や公平性をあえて無視するような動きがみられた。その結果、赤十字国際委員会の職員が意図的にテロの標的にされるという事件すら発生した。
自然災害からの復興に軍のロジを活用することにも慎重であるべきではないか。しばしば津波の被災地であったスマトラのように自然災害被災地と紛争地域は重複している。軍が中立を自認していても、現地の人々の目には紛争の当事者のように映ることも有り得る。

セキュリティについて、日本と赤十字委員会の関わりについて
赤十字国際委員会は中立公正であるが、中立公正であるからこそ可能な仕事というものがある。たとえば人道的侵害を行なっている当事者に対し、そのような行為を阻止するための説得活動である。ほかにも人道的侵害を行なっている当事者に影響力を及ぼす他のアクターに働きかける動員活動や、極めて稀であるが、紛争当事国を公然に批判することで状況の改善を図る活動などがある。
人道支援に当たる国際機関やNGOの職員が危害を加えられるケースは長期的に見ると増加傾向にあると言ってよいであろう。赤十字国際委員会の職員でも殺害されたり誘拐されたりするケースも発生している。どのようにして職員をそのような危険から守るのかということは大きな課題であるが、重要なことは現地で受け入れられる(acceptance)努力を行なうことではないだろうか。
最後に日本との関わりであるが、戦前戦後ともに赤十字国際委員会は様々な人道支援活動を日本で行なってきた。駐日事務所は昨年開設したばかりであるが、日本における人道支援アクターがより効率的に活動できるよう後援し、また日本から赤十字国際委員会への支持の調達や日本人職員を増やすこと、また日本の政情分析などを目的として活発に活動を行なっている。

以 上