JIIAフォーラム講演要旨

2010年8月25日
於:日本国際問題研究所

宮本 雄二

前駐中華人民共和国日本国大使

「最近の中国情勢と日中関係」

  本報告は、大きく、中国の政治社会の現状と日中関係の2つの部分からなる。

1.中国の社会的変化と政治を捉える視角、および国家をめぐる自己認識
まず、中国の現状をみれば、現場感覚として最も強く印象に残るのは、中国の変化が速いということである。経済・社会発展の状況から、人々のモノの考え方に至るまで、変化のスピードはきわめて速い。それ故、中国を論じる多くの文章や発言が、いつの時点の「中国」を描写したものかを十分に考慮する必要がある。例えば、近年、話題にのぼることの多い中国農村の社会的安定の問題も、中国政府はすでに部分的に対策を講じ始めている。この点、中国のある地方政府の指導者は、当地の行政運営について半年ごとにレビューを実施し、政策調整を行なっているという。そうした変化のありようは、2000年からの約十年間で、国内総生産(GDP)が名目値で約3倍、財政収入は約6倍、毎年新たに敷設される高速道路が約5,000km(これは、日本の現有の高速道路の合計距離にほぼ等しい)に達することからも窺い知れよう。

かくして経済インフラの拡充は、統一された国内市場の完成と共に、国内のすみずみにまで変化の波をもたらす。経済活動の拡大は、新たな生活空間の拡大を意味し、それはまた、既存の社会経済システムとは別の、新しい「自由」な空間が付加されることを意味する。この結果、党と国家を中心とする政治の基本構造は変化していないにもかかわらず、そこに住む人々の自意識の中では、ある種の「自由」が感得され、これが情報化の進展とも相俟って、社会には「解放」された変革のエネルギーが横溢している。

他方、当局が認識する中国の最優先課題は、いうまでもなく成長(発展)と安定であり、これが、現今の中国政治を読み解く最も重要なキーワードといってよい。両者は相互依存関係にあり、成長を通じて安定を維持し、成長のために安定を確保するという姿勢を堅持している。こうした政治的スタンスの下、現状において中国共産党の統治能力(「目標設定→組織化・動員→一応の問題解決」の基本サイクル)は高い。しかもそれは年々強化されている。むろん、政治・経済・社会の各方面において、中国は多くの困難に直面しており、とくに格差の拡大と政治的腐敗の深刻化、およびそれらに起因する社会的不満の高まりは軽視できないものがある。しかし、そうした側面だけに焦点を当てるだけでは不十分である。中国政治の将来を捉えるためのポイントは、そうした種々の問題状況の拡大・深化の速さと、上述した共産党の問題対応能力の向上の双方に目配りし、いわば「統治のバランス・シート」を適切に評価することであろう。

それでは、こうした政治・社会状況に対して、中国の統治者集団の内部では、どのような自己認識のイメージが持たれているのであろうか。率直にいえば、為政者たちは、巷間いわれるような自信を深める一方、しかし、依然として多くの問題と改善の余地を認め、しかもそれらに投入すべき資源とエネルギーの大きさを考慮して、本音の部分では、ある種の恐怖心と不安心理を抱えつつ、国内的なマネジメントに必死になって努めている。確かに多くの指導者は、中国が将来、世界をリードする大国になるであろうとの期待と願望を持っているが、しかしそれは、5年や10年の短・中期のスパンの話ではない。

実際、発展の中で生起する様々な国内問題に対処しつつ、世界情勢の変化にも追いついていくのは容易なことではない。とくに後者の点に関して、中国外交のスタイルとしてしばしば観察されるのは、自分たちの理解がさほど深くない問題群に対して、まずは「No」と言うのである。例えば、米国と中国の「G2」時代の到来が言われたとき、中国はノーといい、国際社会がその経済規模に相応しい責任を負うように中国に迫ったときでさえも、中国はノーと答えるのである。これは、必ずしも利己意識に基づくのではなく、世界の中で自らがどのような責任を負い、何をすべきか明瞭に識別できない状況での本能的な防御的態度ともいえよう。国内における発展と安定の明確な目標とは異なり、国際場裏でのあるべき共通の目標設定やそこでの責任のありかたをめぐって、中国国内の議論は十分な深まりをみせていない。中国自身のナショナル・アイデンティティと、これに基づく国際社会での立ち位置や役割について、彼らは依然として模索中なのである。

他面、このことは、日本を含む諸外国による間接的な影響力行使の余地が比較的に大きいことを示している。すなわち、「ひとまず拒否→外界の反応観察→応答変化」という中国外交の基本的な図式において、われわれは、粘り強い協議と交渉を通じて、相手方の政治・外交的スタンスを変えさせることも十分に可能である。

2.「戦略的互恵関係」をめぐる日中関係の諸課題
 次に、日中関係について述べたい。日中双方の間には、両国関係のさらなる発展可能性を秘めた枠組みがすでに形成されている。すなわち、2007年以降明確化された「戦略的互恵関係」がそれである。問題は、そこで謳われている関係の枠組みを今後いかに活用していくか、にかかっている。
ここで、戦略的互恵関係が提起された政治的背景を簡単に振り返れば、それはグローバル化した今日の世界経済の中で、日中両国がいかなる関係を構築し、どのような役割を発揮し得るか、との問題意識に基づくものであった。これを換言すれば、戦略的互恵関係は、経済中心の世界観と経済合理性の観念に強く裏打ちされているのであり、それ故、次の2つの脆弱性が内在している。その第一は、安全保障の問題である。いうまでもなく、経済と安全保障のロジックは異なる。戦略的互恵関係の枠組みの中で安全保障の課題にいかに対応していくかが、そこでの重要なカギである。第二は、両国民の感情融和の問題である。

これらの課題を説明する前に、以下ではまず、戦略的互恵関係の構築と深化に向けた中国側の一連の準備作業をみておきたい。その核心は、歴史問題の整理と、未来志向の日中関係の再確認である。近年、中国政府はこれに関する重要な突破を図っている。それは、「謝罪の評価+戦後日本の評価=日本の軍国主義の復活を否定」として定式化できる。2007年4月、来日した温家宝総理は、その国会演説の中で、歴代の「日本政府と指導者の歴史問題に対する態度表明を中国政府と人民は積極的に評価する」旨の発言を行なった。その実質的意味は、日本側のさらなる謝罪は不要ということである。さらに、翌2008年に発表された「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」では、戦後日本が「平和国家としての歩みを堅持し、平和的手段により世界の平和と安定に貢献してきていること」を、中国側は「積極的に評価した」。この結果、わたくしの理解では、中国は、日本側のいわゆる「軍国主義の復活」を基本的に否定したといってよい。

以上を約言すれば、現在の中国指導部は、自国の側から歴史問題を自発的に拡大提起する意図を持っていない。むろん、日本国内の関連する動きには、自国の国民感情に配慮してなんらかの対応をせざるを得ないであろう。しかし、反日運動は反政府のそれと実態的に紙一重であり、この意味において、歴史問題を含む「日本問題」は、結局のところ、中国にとっては国内問題である。そうである以上、上述した安定確保の観点から、反政府に転化しやすい反日運動は、当局による取締りの重要対象の1つである。むしろ、最近の中国国内における日本関連の報道は、総じてバランスの取れた論調を示している。同時に、世代交代と時間の推移に伴って、政権の正統性に対する愛国主義教育の政治的有用性が低下している事実も指摘しておきたい。この点、共産党指導部は、そうしたイデオロギー的側面よりも、生活の向上や腐敗の取締りなど、人々の日常的な問題解決を通じた正統性認識の確保に努めている。

そうした前提を踏まえつつ、戦略的互恵関係における安全保障の課題に目を向ければ、近年、海軍力や宇宙空間での中国軍の台頭が著しい。また、一般国民の信条においても、大国はそれに相応しい軍隊を持つべき、との考えが優勢である。この点、人民解放軍の軍備増強の背後には国民世論の素朴な支持が存在する。こうした軍事力の強化に関して、共産党指導部は、少なくとも現時点においては、米国に対抗して世界に覇を唱えるといった無謀な考えは持っていない。上述のように、今日、国内の社会矛盾が激化しており、国民の間の様々な不満や要求を緩和するため、中国政府は今後、社会保障を中心とする国内運営の充実に注力せざるを得ない。そして、日本とほぼ同程度になった財政規模を以ってしても、そうした諸施策には膨大な資金コストが必要である。現在の中国の政治指導者にとって最大の懸案は民政であり、軍拡に邁進するシナリオだけに注目するのは、あまり現実的ではない。

それでは、何故に中国は、長年にわたって二桁以上の国防予算の伸びを実行してきたのか。今日、中国軍の関係者が軍事費の増大を要求しうる説明論理は、おそらく2つしかない。すなわち、海洋権益の確保と台湾問題である。前者は、1980年代に故・訒小平によって新たに指定された任務であり、これが今日まで発展的に継承されている。後者の台湾問題に関しては、台湾を軍事的に制圧できない全ての可能性を排除するため、中国の軍関係者は、米軍の介入シナリオを念頭に置いた自国軍隊の近代化を目指している。従ってそれは、必ずしも米軍との全面対決を直接に志向したものではなく、その関与の拒否能力の担保にある。ただし、その軍事力の矛先が、尖閣列島を含む領土問題に方向転換する可能性はむろん否定できず、中国軍の動向は今後も注視していく必要があろう。この点、わたくしは、経済と軍事の異なるロジックを適切に区別した「対中二重アプローチ」を主張したい。軍には軍の論理で対処すべきであり、両者の混同は厳に戒められるべきである。

戦略的互恵関係の2つ目の脆弱性としては、国民感情の問題が挙げられる。率直にいって、そうした心情レベルでの両国民の融和には、依然として相当な時間が必要である。しかし、大きな歴史の流れとして
、楽観的な方向に進んでいることは疑いない。

ただし、そこで強調されるべきは、日中間のパワー・バランスの変化に対する、とくに日本国民の理解の重要性である。現在および将来における中国の発展は、両国の国力を相対的に接近せしめ、あるいは、物理的なパワーの面で、部分的には中国が日本を凌駕する可能性も否定できない。元来、戦略的互恵関係は、両国の対等な力の配分を想定して提起されたものであり、上述のごとき新たな歴史的局面に際して、日本がいかに自らの国力を維持し向上させるかは、きわめて大きな課題である。その際、重要なのは、ソフト・パワーを主体とする日本の再生と強化であろう。中国の目からみて、日本がこれまで以上に存在感をもつ国としてあり続けるためには、自らのソフト・パワーの強さに着目すべきであろうと思われる。ごく身近な例を挙げれば、来日経験を有する多くの中国人は、日本に積極的な印象を抱いている。それは、日本社会の「質」の高さに対して、彼らが敬意を払うからであり、われわれ日本人は、そうした良質な社会を、将来にわたって国民の全員参加で作り上げていく努力を維持しなければならない。

要するに、安定的かつ予測可能性の高い日中関係の構築のためには、中国側の様々な努力と共に、日本社会の健全な発展にもその「秘訣」の一端があるといえよう。それはまた、個々の問題処理に追われる「モグラ叩き」のごとき外交ではなく、建設的な関係構築のための新たな試みを盛り込んだ、いわば「攻めの対中外交」にも十分に資するのである。

以 上