JIIAフォーラム講演要旨

2010年10月26日
於:日本国際問題研究所

バレンティン・インツコ

ボスニア・ヘルツェゴビナ和平履行評議会上級代表兼EU特別代表

「2010年選挙後のボスニア・ヘルツェゴビナ
―日本と広域国際社会の役割と展望―」


昨年の8月に続き2度目のJIIA訪問を大変にうれしく思う。日本はボスニア・ヘルツェゴビナの和平履行において重要な役割を担い続けており、そのことは、国際社会のみならずボスニアの市民にも認識されている。ボスニア・ヘルツェゴビナ復興のための有意義な援助を行ってきている日本の寛大さを評価しない人はいないだろう。日本政府から寄贈されたバスは、現在もサラエボの輸送交通手段として、多くの人たちに利用されており、また、日本の援助として頂いたスタジオ機材は、ボスニア・ヘルツェゴビナの公共放送サービスのために有益に利用されている。日本は紛争終結以来、約25万ユーロに上る資金援助を提供しており、また、上級代表事務所の運営費の約10%が日本からの援助でまかなわれている。日本は復興の建設的パートナーであり、ボスニア・ヘルツェゴビナにも多くの友人をもつに至った。

戦争終結後15年が経つが、その紛争の傷は今も深く残されている。本年スレブレニツァの虐殺で犠牲になった730人の遺体が埋葬された。22人の親族を戦火で失ったスレブレニツァのある女性は、今なお父や息子の遺体を捜し続けている。今年の10月3日には、戦争終結以降第6回目の総選挙が行われた。この選挙は自由かつ公平に行われ、投票率も約56%という高い数字を記録した。民主主義的な参加という側面はうまく機能したが、一方で選挙戦の政治情勢はとても満足のいくものではなかった。選挙運動では極端な差別主義に後戻りするかのような批判的で敵対的な論争ばかりが目立った。選挙後の新しい体制のもとで、どのような改革がなされていくのかが注目されるが、その見通しは必ずしも明るいものではない。政党間の協力がうまくいっていないし、相変わらずの中傷合戦を繰り返しているのが現状である。デイトン合意や国家への挑戦もいまだ存在していることから、我々の平和履行への役割は今後も継続されるであろう。ボスニア・ヘルツェゴビナ和平履行評議会の最大の仕事は、自らの役割やポストを消滅させることにあるわけで、それが未だ実現できないことは残念である。その一方で、ビザ発給の自由化、国際機関による資金援助の継続、周辺地域情勢の改善、市民レベルでの国家主義の減退など楽観的な見通しも出てきている。

経済発展に焦点を当てることで、国家をまとめていくという選択肢もあるだろう。戦後の政治的復興の紆余曲折を越えて、ボスニア・ヘルツェゴビナは経済的な構造改革を成し遂げた。世界同時不況が始まるまでは、南東ヨーロッパで最も高い経済成長率を維持してきたし、通貨も1999年以降地域で最も安定的であった。2006年1月に導入された付加価値税は財政収入を増加させ、目立った腐敗は減少した。税関サービスの導入、政府調達システムの改善、会計監査基準の国際化、市場ルールの強化、ビジネス登録手続きの整合化と簡素化など、様々な改革を行ってきた。今後は、平和履行に対する役割だけでなく、商業的な側面での日本の関与も期待される。5,500万の消費者を有する南東ヨーロッパ市場の中心にあるボスニア・ヘルツェゴビナは、日本の良きビジネスパートナーとなるであろう。経済関係の深化は両者に利益をもたらすだけでなく、ボスニア・ヘルツェゴビナの政治状況を改善させるような経済改革にも貢献するであろう。

以 上