JIIAフォーラム講演要旨

2010年11月24日
於:日本国際問題研究所

アナトリー・トルクノフ

ロシア国立モスクワ国際関係大学学長

「世界の発展の新段階:ロシアの近代化の国際的文脈」


昨夜ソウルから東京に飛んで来たのだが、その時にちょうど朝鮮半島で北朝鮮による韓国延坪島砲撃事件が起こり、北東アジアの不安定性について再認識させられた。

今後20年の各国の安全保障は、ヒエラルキーと多極性をベースにした新しい世界秩序への構造変化に直面するだろう。ヒエラルキーの中での各国の地位は経済や文化・学術、資源などの総体によって規定される。アメリカの主導的立場は当分維持されるだろうが、その下に第2層としてEUや中国が、第3層として日本、インド、ブラジル、韓国が(将来的には南アフリカやトルコも)位置し、第2、第3層の国々の世界への影響力は徐々に強まっていくだろう。ロシアは天然資源や核兵器などいくつかの指標では第2層に相当するが、科学技術の遅れ、人口減少、未発達なインフラなどの理由により、第3層あるいはそれより下に転落する危険性もあり、近代化が国家的な課題とされている。

現代の世界ではグローバル化が進み、その影響は経済・金融はもとより、政治、科学技術、文化、イデオロギー、安全保障など多くの分野に及んでいる。軍事的脅威は国家や同盟レベルのものから局地的なものに変化し、ロシアとアメリカの間では核抑止力の役割が低下すると同時に、核不拡散問題などにおける戦略的提携が重要になっている。また、アメリカのイラク侵攻が示したようにハードパワーの限界が見られる中で、ソフトパワーの重要性が高まっている。国際テロ、麻薬の密輸などの国際犯罪、サイバー・テロ、海賊、食糧・水問題、環境汚染、伝染病といった新たな脅威は、一国のみならず地域全体をリスクに晒している。

我々は新たな国際関係の発展の段階に入っている。それを特徴づけるのはアメリカでのオバマ政権の登場、EUのリスボン条約、新たな欧州・大西洋安全保障に関するメドベージェフ大統領のイニシアティブ、グルジア−南オセチア紛争などである。新たなグローバル化の段階の本質となるのは地域形成のプロセスである。新たな段階のスタートはもちろん1980−90年代の国際政治や経済発展のトレンドを全て塗り替えるものではないが、それらの相互関係や地域的な重点などを修正する。国際紛争や大量破壊兵器の拡散、宗教的テロリズムが多くの地域に広まる。逆説的だが、情報伝達や技術開発のスピードが飛躍的に高まった世界で、イランや朝鮮半島、アフガニスタン、スーダン、ソマリア沖などにおける脅威の解決は遅れている。また、問題解決の遅れは軍事面だけでなく、環境・気候変動問題と関連したエネルギー分野、不法移民、人身売買、原子力の平和利用など多くの分野で見られる。政治的意志のないところに解決はない。

他方で楽観的傾向もある。重要な契機はオバマ政権の登場であり、イスラム世界における反米感情が弱まった。またロシアとアメリカ、さらにアメリカを中心とする西側諸国との連携のチャンスが拡大した。もっとも米露の新START条約は、その後アメリカ議会での批准が遅れているが。NATO諸国が欧州およびアジア地域におけるNATO中心的な安全保障の非現実性に気づいたことも良いことだ。アジア太平洋地域においてAPECやASEAN、ロシアとアメリカが来年から参加することになった東アジア・サミットなど、多くの国際的な枠組みが発達していること、またG20が世界経済危機からの脱却や通貨戦争の回避などにおいてますます機能的なメカニズムとなっていることもポジティブな傾向と言える。

ロシアの近代化計画は、アジア太平洋地域における国々との関係においても重要な位置を占めている。日本、中国、韓国は明らかに今日の世界の発展のリーダーであり、伝統と現代的な要素を上手く組み合わせ、新しいガバナンスのスキームを提示している。日本とロシアの二国間関係については、相互利益をもたらす知的な交流のレベルに引き上げられなければならず、そのための条件も整っている。ロシアは東アジア・サミットやASEM、APEC、ARFなどの枠組みに積極的に関わっていく意向である。日露間の貿易や投資は、危機による落ち込みはあったものの、近年活発化している。ハイテク分野での日露協力も原子力、ガス化学、ICT、省エネ、宇宙空間の平和利用などの分野で可能性があると考えている。日本におけるロシア文化フェスティバルに代表されるような日露の文化的交流も重要だ。

最後に、日露の非常に繊細な問題(平和条約)についての対話も続いている。この問題について私は何も新しいことをお話しすることはできないが、重要なのは我々が感情的になったり焦ったりせず、冷静な雰囲気の中で対話を行うことである。北東アジアにおける地政学的な利益や変化していくパワー・バランスを考えても、またロシアの優先的課題である経済や政治の近代化を実現するためにも、ロシアの世論も指導部も素晴らしい隣国日本との生産的なパートナーシップを発展させる必要性を確信している。

以 上