JIIAフォーラム講演要旨

2011年2月3日
於:日本国際問題研究所

シーラ・スミス

米国・外交問題評議会(CFR)上級研究員

「中間選挙後の米国政治の展望
―内政および外交政策の動向とその相互作用― 」


はじめに
かつてフェローとして在籍した日本国際問題研究所において、今日再び講演の機会を得たことを幸いに思う。この「里帰り」の席を利用し、今回は昨年11月の中間選挙を経た米国の内外政策の動向―日本でことに関心が高い米中関係・日米関係も含めてーについてお話してみたい。ただし、発表者の基本認識は「国内政治が外交に及ぼす影響の過小評価が時として重大な危機を惹起する」というものである。よって、本発表も一般的な語り口とは若干毛色を異にした「国内政治のレンズを通して見た外交政策・日米関係」とでもいうべきものとなろう。

2010年中間選挙―何が起きたのか
さて、周知のごとく中間選挙は時の権力に対する一種の懲罰投票として作用する傾向の強いものであるが、オバマ大統領をして「完敗(shellacking)」と言わしめた今回の選挙の結果、民主党は下院で64議席を失って過半数割れ(民193:共242)に陥り、また6議席を失った上院においても共和党との議席数の差はわずか4となるなど(民51:共47:無所属1:民主党系無所属1)、オバマ政権は安定的な議会運営を行う上で大きな制約を蒙ることとなった。オバマ政権と民主党は下院において議事日程・協議事項(アジェンダ)を共和党が主導する状況、そして外交政策の策定に特に影響を及ぼす上院においてより細心の野党対策が求められる状況を常に考慮せざるを得なくなったのである。議席数の激変についてはもはや言い古された感もあるが、政策決定過程への影響を考えるならば、この点はやはり重要であろう。

そして、同選挙のいまひとつの側面をなしたのが、この過程に与って大いに耳目を引いた「茶会党(ティーパーティ)」運動であった。同運動はもとより統一されたものとは言いがたく、茶会党系とされる共和党議員の顔ぶれ(出自・信条・政策的関心分野)からもこのことは明らかである。したがって同運動の意味・意義の正確な評価―はたしてそれは厳密な意味での政治運動(ムーブメント)なのか、との問いもそこに包含されよう―は時期尚早であるが、少なくともそれが「草の根運動」というべき形態をとってあらゆる選挙区で展開されたこと、そして「反オバマ/反現政権」以上に「反連邦政府/反ワシントン」の志向性に貫かれていた点は留意する必要がある。すなわち、中間選挙においてオバマ政権の医療保険改革・財政政策を糾弾した彼らの存在は、同時に伝統的な共和党のリーダーシップに対しても潜在的脅威となっているのである。ちなみに、茶会党の選挙キャンペーンとして注目された強硬な「反中国」の言説については、あくまで中国の経済的台頭がアメリカの雇用情勢に及ぼす影響を批判的に捉えたものにとどまり、加えて中国の脅威を過度に強調するその戦術には共和党主流派からも疑念が呈されていたこと、さらには彼らの外交政策へのスタンスがなお判然としないことを付言しておきたい。

他方、上院・下院の選挙と同時に行われた州知事選挙・州議会選挙の結果も、今後の政治の動向を占う上で重要な意味を内包している。改選37知事職のうち民主党が6を失って均衡が大きく崩れた(民13:共23:無1/全体では民20:共29:無1)のみならず、2010年に10年ごとの国勢調査が行われ、その結果(人口分布)に基づいて下院の議席配分調整・各州議会の選挙区再設定が行われるため、顕著な人口増加が見られたフロリダ・アリゾナ・ネヴァダ・ジョージア・テキサスなどの各州を制した共和党がいっそう有利な地位を得たためである。今後一年間は続くであろうゲリマンダー(一名「Bug Splats」)において共和党が主導権を握り、さらにその地歩を強固なものとするであろうことは必定であり、中間選挙を経て本格的にスタートした次期大統領選挙のキャンペーンで共和党陣営にとりわけ活発な動きが見られる点にも、かくのごとき状況が影響を及ぼしているのである。

オバマ大統領の政策的蹉跌
では、斯様な様相は実際の政策決定過程にいかに作用しつつあるのか。中間選挙における争点と議論がほぼ「アメリカ経済(なかんずく雇用)」と「政府支出の役割」に集約されていたことを念頭に置くとき、選挙後のオバマ大統領の行動、つまり「財政支出による失業率改善と社会福祉」から「財政収支改善を通じた経済回復」への語調の修正はこの点を端的に示している。わけても12月6日、共和党指導部との間で「ブッシュ減税」と失業保険給付の延長(それぞれ2年・13ヶ月間)の「バーター」が合意されたことは典型的な事例といえよう。これは百万人以上が受給する失業保険がクリスマス休暇を目前に期限切れを迎える事態に逢着した大統領に対し、最大の争点であったブッシュ減税廃止の棚上げを共和党指導部が迫るという、きわめて「ワシントン的な感覚」に即した現象の所産であるが、選挙前には想像も困難であったオバマ大統領の「変心」をもたらしたものこそ、上述の構造変化だったのである。同様の妥協は今後もたびたび現出することとなろう。

その一方、1月25日に行われた一般教書演説と、それに対する共和党の反応からは、両党の間の、斯様な状況にあってなお越えがたい懸隔の存在が浮き彫りとなった。裁量支出凍結の5年間延長と、アメリカの競争力向上の要諦となる重点分野(インフラ・クリーンエネルギー・教育)への投資を主張した同演説に対し、下院予算委員会ポール・ライアン委員長は「介入的・浪費型の大きな政府」への反発を旗幟に掲げ、裁量支出の削減(2008年水準)を強く求めたのである。すなわち、伝統的な「大きな政府」と「小さな政府」の対立が、予算と財政健全化をめぐる論戦の形をとって再び表面化したのであった。当面は2010年規模で実施されている暫定予算が期限切れを迎える3月4日、そして14兆3千億ドルに設定された債務上限の崩壊が予想される3月末から5月がこの議論の分水嶺であり、その時期までに民主党・共和党・議会・ホワイトハウスがいかなる妥協点に至るのかが注目される。

ただし、債務拡大は増加の一途をたどる社会保障・メディケア・メディケイドの関連支出という構造的問題によるところが大であり、財政健全化はより長期にわたって取り組むべき課題であり続けよう。この点についても、特に医療保険改革(オバマ・ケア)をめぐって攻防―連邦地裁で相次ぐ違憲判定、拒否権発動を視野に入れた神経戦―が展開されていることは周知の通りであるが、外国人の目には「地味」と映じるであろうこの医療制度の問題がアメリカ政治に与えるインパクトの大きさ、そしてオバマ・ケア批判の急先鋒となっている茶会党と、彼らを登壇させた志向性の広範な拡散という要素を捨象しないことが、アメリカ内政・外交を分析する上での欠くべからざる要件である。

ともあれ、大多数のアメリカ国民の関心が雇用と経済回復、オバマ政権の経済政策に集中し、民主・共和党がこの点で(予算・財政健全化を軸に)いかに対話と妥協を進めるかが次期大統領選挙の焦点となっていること、まさにこの点が現今のアメリカ政治を特徴付けているのである。

外交政策全般への影響
しからば外交政策についてはどうか。
実質的に2つの戦争を戦っている中で選挙が行われながら、それがほとんど議論の対象とならなかったことを奇異と捉える向きは多いが、これはイラク・アフガニスタンからの撤収についての実質的なコンセンサスがすでに形成されていたことから説明が可能である。このような二大政党間・大統領−議会間の協力関係は新START(戦略兵器削減条約)の批准過程でも―強硬派の共和党カイル上院議員らの反対と懐柔といった紆余曲折はあれど―見られたものであり、共和党内にも軍縮に対する意識が高まっていることを考慮すれば、今後この分野で上院共和党がより協力的になる可能性も考えられよう。

また、貿易協定をめぐる議論も、下院を共和党が主導する状況と景気浮揚への期待感から、大きく進展するものと予想される。特に米韓FTAに加え、停滞していた対コロンビア・対パナマFTA・TPP・WTOドーハラウンドまでも見据えた動きが活発化するというのが、発表者の見立てである(2月9日に予定されている下院予算委員会の公聴会はその嚆矢となろう)。

他方、後退を余儀なくされる課題としては、気候変動にかかわる政策が第一に挙げられる。一般教書演説においてエネルギー消費の削減と代替エネルギーの開発が政策目標に掲げられたこと、あるいは試験的に導入されてきたキャップアンドトレード(排出量取引)の終了(1月31日)が端的に示すごとく、中間選挙の敗北は、民主党から立法措置によって能動的に温室効果ガス排出削減を「後押し」する能力を削いだのであった。

そして、中東政策についても、特に下院においてイスラエル支持派の影響力が強いことから、オバマ大統領のスタンスが消極化することは避けがたい。エジプトで進行中の事態はワシントンにおいても日々注視されており、その流動性ゆえに予測はきわめて困難であるが、少なくともこのような構造は念頭に置く必要がありそうである。

米中関係―胡錦濤訪米を題材に―
中間選挙の期間中、有権者の外交政策に対する関心がきわめて低調であったこと、そして中国に対する言及も経済的側面に関するものにとどまっていたことについてはすでに触れた。2010年9月に下院で「人民元切り上げ要求」案が可決された事例が示すごとく―もとよりこれは実効性を伴うものではないが―多くの米国人にとって、中国は第一に「アメリカの雇用を奪うもの」として捉えられたのである。

その一方で、1月に行われた胡錦濤国家主席の訪米と米中首脳会談は、政権当局者レベル、そして議会レベルでの中国に対する関心事(いわば政策的プライオリティ)を析出する上で格好の事例となった。特に注目すべきは北朝鮮のウラン濃縮計画と安保理制裁決議への中国の対応について、「舞台裏」で踏み込んだ討論がなされた点であり、このことは両首脳の共同声明に同計画への「懸念」が盛り込まれたことからも明確に推察される。首脳会談に先立って行われたゲーツ国防長官の訪中で確認された軍事交流の再開も、朝鮮半島情勢の安定への中国の関与を促進させることを主眼とするものであったとの見方がワシントンでは広がっており、政府・軍レベルでの中国への関心が那辺に存するかが看取されよう。

また、共同声明において人権対話の推進が明言された点も目を引く。中国の人権状況は―上述の通貨の問題とともに―議会レベルでたびたび取り上げられるトピックであり、下院外交委員会・下院軍事委員会を中心としてオバマ大統領に人権対話を要求する動きは今後さらに活発化しよう。中国に関する目下の話題は先頃辞意を表明したハンツマン駐中大使の次期大統領選挙における対中スタンスに集中しがちであるが、それよりは、ここに挙げた各レベルにおける関心事の差異、それらの相関関係が中長期的にいかなる様相を呈するのか、そしてそこから表出する対中政策がいかなるものとなるかにこそ、米中関係の分析の鍵が存すると考える。

日米関係への含意
最後に、今後の日米関係―くしくも両国は立法機関の「ねじれ」を共有することとなったわけだが―について述べ、掉尾としよう。

発表者は、日米関係は全般的には良好に推移し、ゆるやかながらも着実に進展しつつあると考えている。昨年末から今年初頭にかけての前原外務大臣の訪米過程で首相の訪米に向けた合意もすでに交わされており、安全保障分野での協力の指針となる新「共通戦略目標」の策定も、今春の外務・防衛相会談(2+2会談)を経て完了することとなろう。また、11月のAPEC(於ホノルル)で日本のTPP参加表明がなされることを期待する声も米政府内には存在しており、日本政治の今後の動向に関心が高まっている。ともあれ、北東アジアにおける両国の戦略的方針が両国間の議論の中心となっている点、そして斯様なグローバルな課題が持つ重要性については、政府当局者のみならず、この場に集った全員が等しく認識するところであろう。ただし、ここで問題となるのは彼我の認識の相違、すなわち日本においては中国の存在感、朝鮮半島の情勢、あるいはASEANへの関心が広く共有される一方、ここまで述べてきた「アメリカ国内の文脈」「ワシントン的感覚」への認識は必ずしも十分ではないという点―そして米国の場合はその逆―である。それらをも包摂した、アジア太平洋をめぐる幅広い動向を知る姿勢こそが、日米の同盟関係を発展させる上での、基本的ながらも必須の要素なのである。

以上をふまえて結論を述べるならば、外交政策がそれぞれの内政、とりわけ経済政策と結合している点、また一方で日米両国が多くの外交的懸案を抱えている事実も厳然として存在している点が認識され、その上で共通の戦略的指針が形成―今後一年間が特に重要な時期となる―されることが肝要である、ということになろう。

以 上