JIIAフォーラム講演要旨

2011年3月1日
於:日本国際問題研究所

パスカル・ボニファス

仏国際関係戦略研究所(IRIS)所長

「ヨーロッパからみたパワーシフト」


近年の世界の秩序は複雑である。19世紀のような複数の大国が世界の動きを決めるかのような、単純化された世界ではない。G8の存在の影が薄くなり、G20が注目を浴びるようになってきたのも、多極化の動きが顕著となったあらわれであろう。このように世界が大きく変わってきたとはいえ、それは決して歴史的に断絶した変化ではない。それは連続性のある変化の一つであり、言わば日常の変化の積み重ねの中で起きてくる現象である。一つの大きな動きとトレンドを見極めて、世界の動きを捉えていくことが重要である。たとえば、冷戦という東西対立の世界は、ベルリンの壁の崩壊という出来事によって終焉したわけではあるが、その壁の崩壊が体制の変化のすべてを物語っているわけではない。たしかに壁の崩壊は象徴的な出来事ではあるが、それ以前から体制の変化の動きはあったわけである。

二極化から多極化へと変化したというのが現在の世界秩序の傾向ではあるが、一極化とは言えないまでも、米国の影響力は現在も極めて大きいと言わざるを得ない。軍事支出については世界全体の約半分を米国が占めており、もはや冷戦時のようなバランスはない。GDPもアメリカがトップであり、2位との格差は大きい。米国の技術力は優れており、文化面においても米国は多大な影響力を及ぼしている。中国やブラジル、ロシア、インドなどの新興国も現時点においては、米国と対等な力を持っているとは言いがたい。日本やEUもソ連がいなくなったからといって、戦略的なアクターとはなっていない。どの国も米国の選挙を見守っており、米国との二国間関係を重要視する。これほどまでに一つの国が突出して影響力を保持したことがあるであろうか。

このように米国に匹敵するようなパワーは他には存在しておらず、世界の重要なアクターとしてその影響力は極めて大きい。しかし、米国が世界のルールを単独で決めて他国に強要することはできない。米国は人民元や中東に対する介入を深めているが、それらは未だ解決していない。もし、世界は米国の一極化であると言うのなら、これらの米国の要求はすべて受け入れられているであろう。米国なしでは世界の問題は解決しないし、米国抜きの国際協定や条約も機能しない。だからと言って米国が単独で行動することもできないのだ。メディアやNGOなどの様々なアクターが影響力を持っており、今や国家が単独で世界の動きを決定づけることは不可能となっている。その意味で、世界は決して一極ではないのである。

西洋社会は過去長期にわたって世界を席巻してきたが、第2次大戦後にその力を失った。ヨーロッパはこれを認識し対応していくべきである。しかし欧州は決して衰退しているのではない。欧州以外の他国が貧困から脱出して成長し力をつけてきているのであり、これを恐れる必要はない。他国の生活レベルが向上してこれば、これらの国々も国際秩序への貢献ができるようになるからである。ヨーロッパはかつては分裂していたが今は融合している。欧州はソフトパワーによってマルチ化され、今や侵略戦争のない平和な社会へと変貌している。現在、世界には核やテロなど一国だけは対応できない諸問題が横たわっており、これらは世界が一緒になって国連などの組織を利用しながら解決していく以外にない。強国によるハードパーではなく、マルチ化されたソフトパワーこそが世界の諸問題を解決していく鍵となっているのである。

以 上