JIIAフォーラム講演要旨

2011年4月26日
於:日本国際問題研究所

ジョン・ウォーカー

オックスフォード・エコノミックス会長

「東日本大震災がアジアの発展と世界経済の
回復に与える影響」


 まず始めに、最近の米国ならびに世界の経済動向を見る。米国の国内金融部門や消費部門は、金融危機以降大きな負債を抱えるようになったが、他の民間セクターは比較的健全である。消費の低迷が景気の悪化をもたらしたという現象も起きていない。金融機関における雇用悪化の影響は恐れるほどではなく、米国内の雇用情勢は回復傾向にある。一方で、米国内への投資は急激に減少し、住宅市場は未だ低迷している。

2010年の世界のGDP成長率の予測はプラス3%程度となっており、経済の回復は予想よりも堅調である。もっとも、その成長の牽引役となっているのは新興国であり、アジア諸国の貿易は着実に伸びてきている。アジア新興国の旺盛な家計需要が、景気の回復に貢献したことは言うまでもない。今や2010年以降の世界的な需要は、金融危機以前のレベルまで戻ってきている。

今回の東日本大震災は、世界経済にどのような影響をもたらすであろうか。損害額は神戸の震災時よりも大きく、2011年の日本のGDP成長率はマイナスに転じるであろう。しかし、巨額の復興資金が投入されることで、2012年にはプラスに回復すると予想される。月別の鉱工業生産額は-10%に落ち込むが、下半期ごろには回復をみせると考えられる。日本国内へのインパクトは非常に大きいが、世界に与える影響は限定的であると考えられる。

今後、電力供給の手段を原子力から他の資源へ転換することにより、大きな需要の変化が起き、それが当該財のインフレを起こすことも懸念される。食料を筆頭に資材や原油の価格は上昇傾向にある。しかし、今回の世界的な原材料のインフレは投機的な要因によるところもあり、かつ、これまでも技術革新によって価格上昇の危機を乗り越えてきたことを考えると、それほど悲観的になる必要はない。新たなガス田の開発が進行していることも、代替エネルギー需要増大による化石燃料の価格高騰の抑制に貢献するであろう。今回の災害によって原子力の役割がすべて否定されることは現実的ではなく、インフレをもたらすような急激なエネルギーシフトが起きるとは想定しにくい。

新興国における家計需要の増加と生産の能力の限界は、インフレ圧力を高めることとなる。不動産価格の急上昇もバブルの様相を呈している。これらの要因によって引き締め政策が遂行されるとなると、経済の回復を遅らせる可能性もある。また、欧州の債務危機が引き金となって、欧州圏のみならず欧州経済と密接な関係にある米国やその他の地域の経済を悪化させるリスクも存在している。さらに、最近の中東情勢も世界経済の不安定要素として加味していく必要がある。

高齢化社会や科学技術の発展は、今後の経済システムのあり方に大きな変革をもたらすと考えられる。また、新興国市場の行く末にも注視していかなければならないし、食料や資源などの生活物資の需給状況も、今後の経済展望に大きな影響を与えると考えられる。これらの社会経済事情の変化に対応した、経済構造の転換と社会システムの構築がこれからは重要な課題となっていくであろう。

以 上