JIIAフォーラム講演要旨

2011年6月17日
於:日本国際問題研究所


山内 昌之

東京大学大学院総合文化研究科教授

「中東民主化の現状と行方」


「アラブの春」、「民主化のドミノ」と、さまざまに呼ばれる中東のうねりを分析する手法として、中東個々の国について見ていくものと、幅広く見ていくものがある。今回は後者の分析・観察の手法を用いながら、今現在生まれつつある新しい中東を見ていこう。さらに中東の変動は2つの観点から考察できる。第1に中東、アラブの文脈から、第2に、特殊性に帰さず、人間として希求する自由、法の支配、豊かさを求める市民固有の衝動とも捉えられるのではなかろうか。これまでのアラブ対イスラエルによる衝突でもなく、キリスト教対アラブなどの宗教的な衝突でもない。シリアやリビアのような反米政権に反米市民が立ち上がるということはありえないので、反米による変動でもない。

中東の変動にはさまざまな様相が見出される。1950年代からのアラブの統一、ナセル主義という古典的呪縛からの解放とも言える。それと同時に、たとえば軍部とムスリム同胞団が接近している地域もあり、静かなクーデターとも言える。また、第三の波―中南米、東欧の民主化の波―から20年、30年遅れてやってきた第三の波とも言えよう。さらに若年層の失業率が高く、人々は生きる糧や報奨金を与えてくれるテロリズムに流れたが、民主化要求を通して国内政治に回帰しているとも言えよう。

1)介入と民主化運動の類型
エジプトからシリアにおける変動に共通するものとして、先の「自由」、「法の支配」、「豊かさ」という3つに、「介入」というキーワードを加えられるだろう。第1段階として、3月前のチュニジアやエジプトで見られたような外国メディアなどのソフトパワーによる干渉、第2段階として4月5月のリビアやバーレーンに見られたようなNATO軍やGCC(湾岸協力機構軍)などの外国のハードパワーによる干渉、第3段階として、4月以降から6月までに起こっているシリアやイエメンにみられる調停という名の干渉がみられる。

5月にオバマ大統領が表明した中東和平は3つに分類される。第1に、中東民主化のある種の「アメリカモデル」に忠実であるエジプトとチュニジアには経済援助を与える。第2に、市民に対して抑圧を強めているイランやシリア政府は名指しで批判。第3にバーレーン政府のデモ対応を批判している。しかしながら、米国と関連が深い一方で特に民主化されるべきともいえるサウジアラビアについては言及していない。このようにアメリカやNATOが干渉する理由をひとつに纏めることも難しい。ガザを攻撃したイスラエルに対しても、このたびのイエメンに対しても、まだ武力介入していないが、リビアに対しては間髪を入れずに介入しており、介入の理由は人道的要因だけとは言えない。各国において状況は異なり、干渉に関して国際政治的な手法からの分析は難しく、各国を分析したうえでの比較政治的な視点が必要であろう。

2)エジプト
エジプトのタハリール広場における抗議活動とは何であったのか。新聞論説によると、とある人権団体は重要な政治現象として3つ挙げている。第1に孤立無援であったアラブの個人たちが集団として発言した。第2に市民が主権を持つことが実体化されようとしている。第3に市民に対して政治的権利と公民権をあたえる社会契約的考え方、格差のない平等社会主義的な発展への期待がみられる。もちろんこれらの観察が当を得ているかは今後も見ていかないといけない。しかしこうして、おとなしかったアラブの人々が「恐怖の壁」を越えたのである。

3)シリア
シリアでは全人口の12%という少数派のアラウィー派アサド政権が、多数派スンナ派市民を、軍と治安維持機構によって統制しているため、エジプトと同様にはなりにくい。通常の民主化を受け入れた場合、少数派政権による独裁の崩壊が早まり、多数派によって報復される「恐怖の壁」が今度は公権力側に立ちはだかっているのである。シリアのアサド体制を望んでいるのは実はイスラエルである。シリアはイスラエルとの戦いの可能性を盾に「塹壕体制」とも呼ばれる独裁を続けてきた。一方で、現在シリアで民主化運動を支援しているムスリム同胞団は、過去に2万から3万を虐殺したことのある集団でもあり、イスラエルは同胞団に対して恐怖を感じている。なお、シリアのアサド政権も一度民主化を押し進めようとしたことがある。しかしながら、その民主化は前主からの支持層に反対されてしまった。また経済自由化も進めようとしたが、逆にエジプトのように貧富の差が広がってしまったのである。

4)バーレーン
バーレーンでも、少数派スンナ派政権に対して、多数派シーア派市民が対立するという、宗派対立につながる構造が不幸な点であった。確かに政権側は、シリア、パキスタンなどのスンナ派の国々からの移民と政治的帰化を促し、相対的にシーア派を少なくし、軍や警察に雇用されていることが問題とされていた。下院選挙区が、スンナ派に有利に作られたゲリマンダではないかとも言われている。しかしながら、選挙によってシーア派リファークが第一党になっていた。そのため、立憲君主政を達成できるチャンスとも言えたが、リファーク党は王制廃止と革命まで求めたのだった。リファーク党の要求に対して、サルマン皇太子は1)完全な権限を持つ下院議員を認める、2)議院内閣制に歩み寄る、3)ゲリマンダをやめる、4)政治的帰化の見直しをすると妥協案を出し、さらに巧妙なことに皇太子はリファーク党に即時回答を13日に求めて、回答が14日に出なかったということで、サウジ軍とUSE警察軍からなるGCC合同軍を進駐させ、非常事態宣言に至ったのだった。

5)GCC(湾岸協力機構軍)
サウジアラビアのアブドラ国王を始めとして、GCCは様々な仕掛けを行っている。第1にリビアの弾圧を非難し、NATOと共に干渉し、NATOやアメリカに貸しを作り、民主化運動を支援するというGCCのイメージを高めた。第2にバーレーンにはアメリカ艦隊が置かれているので、アメリカに対して安全保障を守ると説得した。第3にバーレーンやオーマーンに対して数十億ドルを与え、国民に対する福祉のばらまきを行わせた。最後にアラブの報道が、シーア派主導の運動として注目しなかった。バーレーンで王政打倒が叫ばれた結果、GCCの介入を招いた。GCCの加盟国はすべてスンナ派の王国であり、GCC加盟国は王政打倒のドミノを心配し、コンセンサスを取った。バーレーンの立憲君主制への取り組みが失敗したことは、ほかのGCC湾岸王政諸国に対して、モデルを示すことができず不幸なことである。自由や法の支配が、体制の安定と引き換えにできるものではない、ということを示している。最後に、民主化運動の激化するエリアに隣接するトルコとイランを取り上げたい。

6)トルコ
トルコはシリアがトルコの民主化と安全保障政策を見習うことを期待している。最近選挙も行ったトルコは、戦略的に全方位外交「新オスマン外交」を行っている。安全保障政策の外交「赤書」では、1番危険とされていたイランも友好的と評価されるようになった一方で、イスラエルとも友好関係を結び援助し、諸国間の調停も行ってきている。特にトルコはシリアと700キロもの国境線を持ち、難民問題を心配しており、アサド政権を支持しつつ、改革へ圧力もかけている。

7)イラン
イランはシリアの政権を支えてきていた。たとえばイランは二年前の大統領選挙結果で抗議が起こったが市民を抑圧した実績を持ち、シリアに市民の抑え方を供与してきている。しかしながら、イランの友好国はすべて民主化運動に巻き込まれている。

アラブと民主化の要であるシリアはトルコの手法を取るのだろうか、イランの手法を取るのだろか。シリアは東と西の接点であり、十字軍の通過地点であり、遺伝子的生物学的にも両者の要素を持っており、ウマイヤ朝をつくったアラブを代表する国でもあり、民主化運動の要でもある。このシリアで民主化運動が止まれば、アラブ全体で止まる可能性がある。そして、中東での大きな変動は我が国にも影響を与えうるのである。

以 上