JIIAフォーラム講演要旨

2011年6月23日
於:霞が関プラザホール


藤原 帰一

東京大学大学院法学政治学研究科教授

沈 丁立

復旦大学国際問題研究院常務副院長


「国際秩序の変動と中国の台頭」



(1)藤原 帰一 東京大学大学院法学政治学研究科教授
「中国の台頭をどのように受け入れるか―相互依存・権力移行・紛争管理」

はじめに
今回このJIIA-復旦大学研究交流会に参加させていただいたことを非常に幸せに思う。また、この公開フォーラムにおいて講演させていただくことを非常に光栄に思っている。
中国は現在、アジア地域およびグローバルな範囲において大国として台頭している。このことが日本に様々な不安感や挫折感を与えている。ここ数年の間に、とくにこの1年の間で中国に対する不安感や懸念は増大したように見える。

問題は本来非常に明確である。中国の台頭によってもたらされるチャレンジとフラストレーションをいかに管理し、そして不必要な紛争をいかに回避するかということである。これがアジア地域、そして世界におけるもっとも緊要な課題である。だが対外的に敵対的、攻撃的な国内世論が問題を複雑にしている側面がある。

中国の台頭をどのようにみるかを論ずるにあたって、二つの仮説を提示してみたい。一つはいわゆる「コマーシャル・ピース」である。これはつまり、貿易の拡大によって国家間の相互依存が高まり、戦争のコストが上昇するため、平和と安定の可能性が増大するというものである。もう一つはまったく逆の観点からの議論で、いわゆる「パワー・トランジション」である。ここでいう「パワー・トランジション」とは、一つの国の台頭と同時に他の国々のパワーが相対的に弱まり、バランス・オブ・パワーが大きく変容するという状況を指す。A・F・K・オーガンスキーらは、パワー・トランジションが起こっている局面においてはグローバルな戦争が生じる危険性が高まると論じている。

相互依存と平和
まず相互依存の話から始めたい。貿易の拡大によって国家同士の経済的依存度が高まり、そのため戦争をすることが難しくなるというのが、その古典的な議論である。現在中国、日本、アメリカ、韓国などは、相互の貿易量が非常に大きく、経済的に依存し合っている状況にある。中国にとって対外貿易は経済成長のための重要な要素であり、それを不能にするような戦争を起こすことは国益に反している。日本、アメリカ、韓国などにとっても同様で、もし戦争を起こし、中国との貿易ができなくなれば、国内経済が立ち行かなくなるだろう。

だがもう少し具体的な面を見る必要がある。我々が行ってきたリサーチによって興味深い発見が得られている。それは、相互依存関係の深化は確かに戦争のコストを増大させるが、一方で「脅威」のパーセプションを低下させるものではないというものである。この事は、貿易が増えてもその自動的な帰結として平和がもたらされるわけではないということを示している。相互依存が地域の安定化に結び付くためには、その間になにか媒介変数が必要になるということである。

権力移行の政治
二つめのパワー・トランジションの方に話を移したい。新興国は、台頭のプロセスの中でより多くの機会を享受し、自らのシェアを拡大することに関心をもつと考えられる。一方で支配的なパワーを持つ国家は、新興国の台頭を脅威に感じ、その影響力の拡大を抑制することに主な関心を払うことになる。オーガンスキーの議論は、ここに覇権をめぐる戦争が勃発する必然性が存在するというものである。その議論に基づけば、ドイツとイギリスとの間の戦争は、イギリスが支配的なパワーを誇っていた当時のヨーロッパにおいてドイツが台頭したことの不可避的な帰結として生じたのだということになる。

現在の中国の台頭は、経済・軍事両面における台頭であるという点において、支配的国家(=アメリカ)の同盟国でない国の台頭であるという点において、戦後の日本やドイツの経済的台頭とは大きく異なっている。こうした中で、パワー・トランジションの理論に再度注目が集まっている。このJIIAと復旦大学との研究交流における大きなトピックの一つにそれが挙げられていることは、非常にタイムリーであると思う。

ドイツなどを事例にとったオーガンスキーの主張は、新興国はその影響力を拡大する過程で現状の支配的勢力に対してチャレンジすることがどうしても必要になるため、新興国の方がより攻撃的で、戦争を起こす可能性が高いというものであった。だがその後スティーブ・チャンによって明らかにされたことは、新興国のパワーが支配的国家に対しまだ相対的に弱い場合、新興国は支配的なパワーに対し敵対行為をとることに必ずしも関心を持たないということであった。おそらく実際には、新興国よりはむしろ支配的国家の方が、敵対的行動に積極的になる可能性が高い。それは、新興国が冒険的な戦争を仕掛けることよりも、支配的国家が、新興国がまだ弱い時分に戦争を起こしてその台頭を制止することの方が、戦略的な合理性を持っているからである。

私がここで主張したいのは、パワー・トランジションによって紛争が増大するわけでは必ずしもないということである。パワー・トランジションの議論は、支配的な国家と新興国の地政学的な関係のみに焦点を当てている。主権国家を独立した一個の単位として見なし、相互に依存関係が存在する可能性を一切排除している。だが相互依存性というものが実際には戦略的な意思決定に大きな影響を及ぼしている。覇権主義的な戦争は、支配的国家と新興国の双方に同じくらい高いコストを要求するものであるからである。

紛争は回避できるのか?
ここまで抽象的な理論の話をしてきたが、これを現在のアジア地域の現状に置きかえてみたい。私の主張は二つである。一つは、相互依存性は自動的に平和をもたらすものではないということであり、もう一つは、パワー・トランジションが自動的に戦争を引き起こすものではないということである。ではこうした理論的なギャップを、現実の紛争管理にいかにして繋げていくことができるだろうか。

現在アジア地域においては二つのシナリオが作動中である。一つは日中韓の連携が強化されているということである。三ヵ国の首脳は現在定期的に首脳会談を開いている。三ヵ国の間には地政学的な利害関係において大きな差異があるにもかかわらず、こうした政治的交渉が機能していることによって、紛争を防ぐことができているといえる。

もう一つ、現在進行しているのは、アジア地域において西側の同盟関係が強化されているということである。日本、韓国、アメリカ、ASEAN、オーストラリアの間で、二国間同盟を超えた関係強化が現在進められている。これは、中国が敵対的な行動を起こそうとすることに対する牽制として作用しうる。ただしこうした考え方は、中国の反発を招き、不必要な紛争を引き起こすかもしれない。

今のところ、アメリカ、日本、韓国、中国すべての政治リーダー間で、現状維持が紛争よりもより大きな利益をもたらすことについてある程度コンセンサスがあるといえる。 ただし、「現状」とは何かということについて各国間で定義の相違がある。たとえば台湾の現状をどのようにとらえるかについて、中国とアメリカでは大きな差異があるだろう。こうしたことが紛争の潜在的な発火点となりうる。
政治的リーダーが現状維持の方により大きな利益を見出していたとしても、国内政治の介在によって国際政治は複雑になる。とりわけ来年は、中国、韓国、台湾、アメリカなどで選挙ないしトップの交代が行われる。このような各国内政治の情勢が、国際政治にネガティブな作用をもたらすことになるかもしれない。
パワー・トランジションは確かに自動的に紛争を引き起こすものではないが、相互依存関係の存在にもかかわらず潜在する紛争要因を封じ込めるためには、多くの努力が必要であるということである。


(2)沈 丁立 復旦大学国際問題研究院常務副院長
「国際秩序の変動と中国の台頭」

はじめに
今回この第一回目のJIIA−復旦会議にお招きいただいたことを大変光栄に感じている。数か月前、日本は未曾有の複合的な災害に見舞われた。被害にあわれた方々に対し、心からのお見舞いを申し上げるとともに、日本の方々が落ち着いた、規律のとれた相互協力、支援を行われていることに対し、深い尊敬の念を示したい。

今回の対話の目的は、日中の既存の協力関係を強化・拡大し、意見交換を通してお互いの不信感を払しょくすることにある。この公開フォーラムにおける私の主張は三点である。第一に中国の開放と台頭について、第二に国際秩序の変動について、そして第三に確固とした相互尊重の精神に基づいた中国と日本とのパートナーシップについてである。

中国の明らかな台頭
改革・開放の開始から30年の間に、中国は数百万の国民を極端な貧困状況から救ってきた。大半の中国人がより良い教育、医療を享受し、生活の改善を感じられるようになった。政治的な自由はまだ不十分な面もあるが、現在中国人は過去に比べてより多くの情報を得られる機会、政治的なケアを受けられる機会を享受している。また政府は、社会の様々な方面からチェックアンドバランスを受けるようになっており、それによってよりアカウンタブルなガバナンスが形成されている。

中国の台頭によって、国民はより多く発展するための機会を得ている。高速鉄道の整備は、国内の時間的なギャップを縮小している。政府は世界でもトップクラスの公的財政資源を有するようになり、より多くの歳出を教育、医療、福祉の方面に割り振ることができるようになっている。またこれによって中国の軍も、この過去10年の間に支出を顕著に拡大することができている。

中国のGDPが世界第二位の規模になったことによって、中国は世界により多く貢献することができるようになった。ただし、中国は人口が極めて大きいために、国民一人あたりの発展度合はまだ小さい。それにもかかわらず、いくつかの途上国や新興国に対して積極的な支援を行っている。中国は時にそれによって有形の収益を得ることができている。中国の資源を相互に便益のある形で利用できているわけである。中国は時間の経過とともに、国際貿易に関してもバランスを取るようになっている。一方で巨大な対内直接投資を享受しているが、これは海外における雇用機会の創出にも貢献している。

国際秩序の変動
中国やインドなどの台頭により、世界の重心は西太平洋に移りつつある。しかしながら我々は、中国の「二重性」を慎重に扱っていく必要がある。中国の全体的なキャパシティは確かに増大している。だが、一人当たりの生産力で見れば決して大きくはない。国民一人あたりのGDPは日本の10%に過ぎないのである。これは短期間のうちに改善されうる問題ではない。極めて大きい人口を支えていくための資源を有していないからである。また政府はこの先長い期間、貧困の根絶、制度的革新、持続的発展などの様々な問題に対処していかなければならい。

中国はこの数10年間、平和的な国際環境から利益を享受し、またそれに貢献をしてきた。2001年に締結された中露善隣友好協力条約は、地域的な紛争を解決し、極東の関係をより良好で安定的なものにした。中国は数年間にわたって六者会合を主催し、朝鮮半島における緊張を緩和させてきた。中国はまたこの10年間、上海協力機構(SCO)のメンバー国と、またアメリカとも協力をして、中央アジアおよび南アジアにおけるテロの脅威に対処してきた。

もちろん中国は、こうした平和的な環境を将来においても必要としており、そのためにこれからも貢献していくだろう。確かに中国の台頭は、ある程度国際的な秩序に影響を与えるだろう。国際的な政治、経済、金融制度において中国の影響力が高まるだろうし、また地域における存在感も、以前にもまして目に見えるものになるだろう。しかし同時に明確であることは、中国の台頭にはある種の限界があるということである。制度改革、技術革新、資源供給の問題を改善できず、中国の成長様式が適切なバランスを欠いたままであれば、中国の台頭は国際秩序に対し限定的な影響しか及ぼしえないだろう。中国もその他の国々もこのことを十分に理解し、互いに協力し合って、リスクを回避しつつ進んでいくための道を模索していくことが肝要である。

中日関係
1970年代後半からの中国の成長は、「開放」していこうという強い意志と国民の努力によってもたらされたものである。だが一方で、諸外国の協力の姿勢がなければ、中国はこれほどの成果を達成できてはいなかっただろう。ぜひこの場を借りて、中国全体を代表して、日本政府に対し過去いただいた支援、協力についてお礼を申し上げたい。

現在、中国が今後も平和的な成長を続けていくのかどうかに対する不安が存在していることは事実であろう。たとえば、なぜ去年中国は天安号事件に際して、延坪島砲撃事件に際してあのような対応をしたのか、なぜ中国は南シナ海においてあのように声を大きくしているのか、なぜ尖閣諸島沖の衝突事件においてあのような強硬姿勢をとったのか、人民解放軍はなぜ装備の近代化を急いでいるのか等について懸念を持たれている。確かにすべての海洋の問題について中国は自分の身を振り返る必要があるだろう。主権は中国の利益の中核をなすものであるが、これから数世紀にわたる中日の友好関係も、中国の国益にとって何にも代えがたいものである。

中日両国は、お互いの主張を維持しつつも、一方でお互いの主張を尊重し合うべきである。また領土紛争を武力によって解決しないことについて合意することも重要である。朝鮮半島の安定化の問題については、すべてのステークホルダーが新しい協力手段を考案し、類似の事件を発生させないための地域的な抑止力を強化することが必要である。南シナ海の海洋紛争については、すべての主張者がお互いの主張を尊重しつつ、非平和的な手段ではなく交渉を通じてお互いの差異を解消していくことが必要である。中国の国防力の近代化については、中日両国の軍がコミュニケーションと交流を増やすことで疑惑の根源を断ち、不要なヘッジングを解除することが必要である。

おわりに
30年前、中国が革命から発展へと方向を大きく転換して以降、中国と日本は連携を深め、経済的にも協調体制をとってきた。このことが、アジア太平洋地域の発展と安定に貢献してきた。その一方、中国が近代化を進め、日本が独立と主権を強化する中で、両国は互いに牽制し合ってきた。中国と日本は、お互いの制度、ライフスタイル、考え方について互いにさらに深く理解し合い、尊重し合うことが必要である。互いにヘッジングをし合うのではなく、不信感が存在している領域においてこそ協調関係を拡大するべきである。例えば両国にとって極めて重要なシー・レーンを守るために、両国の海軍が共同で捜索・救助およびパトロール活動を行うということも可能であるだろう。

我々の今回の訪日の目的は、中日二国間の協力を深め、グローバル・ガバナンスを高めることにあった。むろんたった一日の会議ですべての困難に対処し、解決できるわけではない。しかし我々のこの対話は次回に続くことになる。JIIA皆様が来年、日中国交正常化40周年の折に上海を訪問されることを歓迎する。

以 上