JIIAフォーラム講演要旨

2011年7月25日
於:日本国際問題研究所

ジェームス・アクトン

米カーネギー国際平和財団上級研究員

「軍縮と抑止」


米国とロシアは新たなSTART条約を発効させ、両国は核戦力のさらなる削減を図ることとしている。同条約に基づいた両国による核兵器の削減は、核抑止力ならびに国際安全保障にどのような影響を与えるのか。まず、議論の前提として3点指摘したい。第一は、米国はユニラテラルな軍縮はしないということである。核戦力の削減は二国間、そしていずれは中国を含む多国間で行われることを条件に米国は削減を行う。第二は、削減には配備・未配備の戦略・戦術核が対象となっていること、そして第三は、特にアジアの安全保障という観点から、中国の脅威は今後、増幅するであろうということである。

なぜ拡大抑止は困難であるのか。拡大抑止の問題は、抑止を提供する側(例えば米国)が、自らの安全保障を犠牲にしてまで同盟国の安全保障を確保することはしないだろうと、抑止を提供される側(例えば日本)が不安に思うことにある。より具体的に言えば、「北朝鮮や中国が米国本土を攻撃する能力を得た場合、米国は自国の安全保障を犠牲にしてまで同盟国の安全を確保しようとはしないだろう」といった不安である。拡大抑止の信頼性を高めるうえで、大規模戦力の重要性がしばしば指摘されるが、これは損害限定(damage limitation)と密接に関連している。つまり、米国が敵国の全てもしくはほとんどの核戦力を破壊すれば、核戦争における同盟国への被害は最小限にとどまる。したがって、大規模な核戦力は、同盟国への抑止力(拡大抑止)の信頼性・有効性を高める、という考えである。米政府は、損害限定という語はもはや使用していないが、損害限定を重視する同盟国は、強大な核戦力を保持することを米国に期待する。では、損害限定という観点から、米国の今日の核戦力は効果的であるのか。中国と核戦争に陥ってしまった場合、米国は先制攻撃によってどれだけ中国の核戦力を破壊できるのか。

一つの見方は、中国のミサイルサイロは極めて脆弱であり、米国はサイロを殲滅できるとするものである。これが真実であるかは不明であるが、たとえこの説が信頼できるものであるとしても、中国は100〜120もの移動式短距離ミサイルを保持していることを忘れてはならない。移動式ミサイルを全て破壊することは極めて難しい。90〜91年の湾岸戦争時、イラクの移動式ミサイルに対し米国は1500弱発のミサイル攻撃を行ったが、破壊が確認された数はゼロであった。その後、技術は進化し、2006年にはイスラエルはレバノン・ヒズボラの移動式ミサイルの80〜90%を破壊した。しかし、米国が中国に対しイスラエルと同様のことをなし得、中国のミサイルの80~90%破壊したとしても、中国には少なくとも25発の移動式ミサイルは残ることとなる。

さらに、米国はイスラエルが得たほどの成果を得ることは困難であろうと考えられる。それは、中国領土は広大で、ミサイルを隠すことが容易であること、また、イスラエルが成功を収めた重要な要因の一つに制空権を支配していたことがあるが、米国が中国領空を支配することは事実上無理であること等を考えれば、米国が中国の核ミサイルを破壊することは非常に困難であることがわかる。さらに、中国のSSBM能力を考慮に入れると、米国の損害限定能力の有効性はさらに低下する。こうしたことを考えると、米国は効果的な損害限定能力を有しているとはいえない。

しかし、損害限定能力が高くないからといって、拡大抑止の有効性が低下することには必ずしもならない。例えば、ベルリン危機の際、米国の損害限定能力は高いものではなかったが、ソ連に対する抑止は保たれた。それは、ソ連による西ベルリン併合の可否は、米国にとって利害が非常に大きかったからである。このことは、現在の東アジア安全保障に幾つかの政策的インプリケーションを与える。第一は、米国の更なる核兵器削減である。損害限定の観点から言えば、米国が更に核兵器を削減したとしても、ロシアや中国も共に軍縮を行う限り、日本を含む米国の同盟国に対する拡大抑止の有効性は低下しない。第二は、米中関係である。中国の核戦力に対する米国の先制攻撃を中国政府が恐れているとすれば、中国は米国やその同盟国に対する攻撃を考えるであろう。そうした事態が起こらないことを米国の同盟国は望んでいることから、米中の信頼醸成は米国にとっても同盟国にとっても重要である。第三は、日米同盟に与える影響である。先述したように、米国にとっての利害が大きい場合、拡大核抑止の信頼性及び有効性は高いものとなる。中国もしくは北朝鮮による日本に対する核・通常攻撃は、米国にとって非常に大きな意味を持つため、拡大核抑止の信頼性・有効性は非常に高いものとなる。他方、日中の領有権問題については、米国の利害はそれほど大きくないため、拡大核抑止の信頼性・有効性も高くはならない。このことは、米国が高い核戦力(多数の核兵器)を維持していたとしても、拡大核抑止の有効性に変化はない。

最後に、日本の安全保障の観点から考えたい。中国との有事が最も高いと考えられる問題に対して最も効果的な抑止は、日本自身の通常抑止の強化である。米国の日本の安全保障に対するコミットメントに今後も変化はなく、米軍が撤退することはない。しかし、米国の拡大抑止の信頼性・有効性は、米国にとって利害が大きいか否かにかかっていることから、日本は独自の通常抑止を強化する必要がある。この点、日米外交・防衛閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)における抑止に関する議論は、非常に重要である。2プラス2では核抑止のみならず、通常抑止についても議論を深めていく必要がある。

以 上