JIIAフォーラム講演要旨

2011年8月10日
於:日本国際問題研究所

長谷川 晋

駐イラク共和国特命全権大使

「イラク情勢」


最近のイラク情勢について、①政治・治安、②経済、③日・イラク関係の3点を柱にお話をしたい。

まず、政治情勢については、昨年12月にマーリキー第2次内閣が発足した。これは昨年3月に行われた国会選挙後、9ヶ月を経てようやく政権が発足したものである。主要政党各派が参加する国民パートナーシップ政権となったが、各派が参加するために調整が困難になったという側面も有している。このことは大臣の任命等に見られる。電力相等の8閣僚が任命されたのは今年2月であり、計画相の任命も4月に入ってからであった。副大統領3名が任命されたのも5月である(うち1名は7月に辞任した)。治安にとって重要な内務および国防大臣のポストは、マーリキー首相が兼任してきている。

6月下旬以降、タラバーニー大統領の主催により政治指導者間会合が開催され、国内問題および米軍駐留問題について話し合いが行われてきた。その結果、8月2日に、内政については国家戦略政策委員会の設立に係る法案を国会での議決に付すべく大統領が国会に送付すること、大臣の任命についても国防相候補についてはイラーキーヤが、内務相候補については国民同盟(NA)が、NA、イラーキーヤおよびクルドブロックの3者が合意しうる候補者の推薦を2週間以内に行うことなどが合意された。国家戦略政策委員会については、イラーキーヤのアッラーウィー元暫定政府首相を同委員会のトップに据えることが想定されていた経緯がある。マーリキー首相は政府のスリム化(大臣ポストの削減等)も進めている。

米軍駐留問題は治安にも係る問題だが、米・イラク地位協定では、駐留米軍は、本年末までにすべて撤退するとされている。米軍は昨年8月の段階で戦闘任務は終了し、約5万人規模まで縮小されていた(現時点では4万6千人規模になっている)。駐留米軍の撤退はイラク国内においてセンシティブな問題であるが、8月2日の合意では、米国との戦略的枠組み合意の下で行われる訓練の問題のみについて政府に米側と協議を開始する権限が付与された。しかし、サドル派は、留保を付している。現時点では、本件が最終的にどう決着するかは不透明である。

このように、イラクの政情は昨年12月の新政権発足後もなかなか安定しないが、他方でイラクが着実に民主化を進めてきているのも事実である。

第2の経済情勢については、全般的な治安の改善傾向と原油生産の増加から、マクロ経済が好調なことが指摘できる。シティバンクの予想では 、イラクの2010〜2015年の平均GDP成長率は11.7%と世界第2位である。IMFの予測でも、今後2年間の経済成長率は中国よりも高いとされている。国家開発計画における目標成長率は、年平均9.4%となっている。世界第3位あるいは第4位といわれる豊富な石油埋蔵量を背景に、石油開発の国際入札も進んでいる。石油、電力、水等の分野におけるインフラ整備も急務である。これらのことからイラクには中長期的に膨大なビジネスチャンスがあるといえよう。

第3の日・イラク関係については、ビジネス関係促進のために、イラク経済フォーラムの開催等を行ってきている。昨年12月にマーリキー第2次政権が発足してからは、今年1月に経済産業大臣がイラクを訪問し、エネルギー対話を開催している。また、官民経済ミッションが2月にバグダッド、6月にバスラを訪問し、いずれも市内にまで入っている。8月にはJICAがバグダッド事務所を開設している。

このほか、投資協定や貿易保険枠組協定の締結にも取り組んでいる。今後の課題としては、ODAの継続、閣僚レベルでの日イラク経済合同委員会の開催、民間レベルでの日イラクビジネスグループを活用した交流拡大、バグダッド見本市への参加などがある。


以 上